せめて正月くらいはめでたい夢や初笑いにも似た愚かしい希望のたぐいで飾りたいと思うのですが、しかし、残念ながら国際情勢も経済状況も、はたまた地球環境も昨年以上に深刻な予兆をたっぷりと孕んでおり、少なくともみんなで力を合わせ、ひとつにまとまれば乗り切れるというような甘い考えではとても通用しないような不吉な気配が蔓延しています。
つまり、これからは自分自身の判断と力にのみ頼って生きてゆかなければならないということになるでしょう。国家も企業も社会も宗教も民族意識も頼るに値しない時代の到来がしきりに予感されるのです。一個人としての潜在能力の何たるかをつくづく思い知らされる、孤軍奮闘の未来の幕開けです。
否応なしに自立を迫られているのに、それを拒んで、在るはずもない逃避の道を探しつづけた者には悲惨な破滅が待っているだけでしょう。しっかりと腹を括らなければならない、サバイバル元年として受け止めておくべきでしょう。尤もそれが生き物として本来在るべき姿なのです。
自分のような人間にはそんなことは到底無理な相談だという弱音や、まだどこかの誰かがどうにかしてくれるはずだという依頼心にしがみついている者は、非人間的で冷酷な原理に従って情け容赦なく淘汰されることになります。
この世を生きる意味がひとつあるとするならば、それは生き抜くことです。自分の能力のありったけを発揮して、もしくはそれ以上の力を振り絞ってなんとか命を紡いでゆくことです。幸か不幸か、人間もまた動物の仲間である限りは、そこに真の生きる喜びが秘められているのです。
つまり、これからは自分自身の判断と力にのみ頼って生きてゆかなければならないということになるでしょう。国家も企業も社会も宗教も民族意識も頼るに値しない時代の到来がしきりに予感されるのです。一個人としての潜在能力の何たるかをつくづく思い知らされる、孤軍奮闘の未来の幕開けです。
否応なしに自立を迫られているのに、それを拒んで、在るはずもない逃避の道を探しつづけた者には悲惨な破滅が待っているだけでしょう。しっかりと腹を括らなければならない、サバイバル元年として受け止めておくべきでしょう。尤もそれが生き物として本来在るべき姿なのです。
自分のような人間にはそんなことは到底無理な相談だという弱音や、まだどこかの誰かがどうにかしてくれるはずだという依頼心にしがみついている者は、非人間的で冷酷な原理に従って情け容赦なく淘汰されることになります。
この世を生きる意味がひとつあるとするならば、それは生き抜くことです。自分の能力のありったけを発揮して、もしくはそれ以上の力を振り絞ってなんとか命を紡いでゆくことです。幸か不幸か、人間もまた動物の仲間である限りは、そこに真の生きる喜びが秘められているのです。