2015年02月26日

Freedom is having time to live.

テーマ:上京後

引っ越しをしたいのですが、部屋の荷物のことを考えると絶望的な気持ちになり、しかしこのまま物に埋もれて死ぬわけにもいかないのでなんとかせねばなあとちまちま片付けてはいるものの、賽の河原の子どものように途方に暮れて日々が過ぎています。
とっくの昔に期間が終わった電化製品の保証書や説明書などがあることにもウンザリしますが、そんなものは古紙の日に捨てればいい話です。経年劣化によって黄ばんだポーチやいつ買ったのか思い出せない化粧品なんかもまあ、捨ててもよいでしょう。
問題は、本、そして服です。
わたしの部屋の大部分は本と服(服飾品)で占められており、まるで倉庫の中に住んでいるような有様です。近年は開き直って「物にすぐ手が届くコックピット的便利さ」と解釈していましたが、いざ引っ越しを考えているいまは、とてもそう前向きには考えられません。
わたしはこれまで、自分にとって大切な本と服を売ることは、魂を売ること…とまでは云いませんが、かなりハードルの高い行為だと思い込んでいました(それでも服は一度、旅行資金に困って売り、本は二度、一箱古本市に出たときに売っているのですがね)。その心の枷を取り除くのもひと苦労ですが、いざ踏み出そうとすると、売るための選別、梱包、引き取りの予約を入れる…といったステップが途方もなく面倒に思われ、そして買い叩かれたときの精神的疲労は如何ばかりか、などと考えているうちに、「今日はもう寝よう」という結論に達してしまうのでした。
本についてはkindleのおかげで、増殖のスピードは緩やかになったものの、また、服についても職場が原宿から離れたことで少しはマシになったような気はするものの(こっちは気のせいかも…)、“増えている”という事実は変わりません。ということは、売るか捨てるかしない限り、減ることはまずないわけです。こんなの、幼児でもわかる算数です。
『封印されたアダルトビデオ』の隣に『気楽なさとり方 般若心経の巻』が並んでいる様を見ただけでも、己の頭の中の混乱ぶりがうかがえます。さらに、最近は仕事上、凄まじい勢いで増殖している第3のジャンルもあり、もはや止まらない列車に乗っているかのようです。

 

最近、遅まきながらソローの『森の生活』を読みまして、いわゆる“片付け本”よりも片付けのモチベーションを刺激されました(最も、下巻は森の描写が大半を占めており、哲学的なことは上巻に集中していますが)。
物にときめき、欲しくなる気持ちはなかなか抑えがたい一方で、常々この、増殖するだけして収拾がつかなくなる物との付き合い方、どうせ永遠には持てない物を後生大事にすることの虚しさ、物の管理とメンテナンスによって人生の大部分を支配されていること…などに疑問を感じてはおり、それは絶えず、心の片隅でアラートとして鳴り続けてはいるのです。そのために貯金ができていないことよりも、いまは、物に縛られ支配されていること自体が問題だと思い始めています。
単に引っ越しの足かせになるというだけでなく、物を持ちすぎていることは人生の自由を少なからず奪っており、物の多さはそのまま人生を無駄に複雑にこんがらがらせている要因でもある。
ただ、いまある物は、それなりの理由があってわたしの手元にあるものですから、ブルドーザーのような馬力で捨て去るのはあまりに忍びない。それらを使い果たすまで何も買わないという方法がほんとうはいちばんいいのです。ただ、これまでのところ物欲のスピードが消化のピードをはるかに上回っているため、無間地獄のように物が増え続けているというわけさ。
物を減らしたいということもそうですが、物だけでなく、あらゆることをもっと選別し、単純化したいというのが切なる願いであり、いまの自分にとって最も必要なことのように思います。体のダイエットの経験がほとんどないため、その苦しみをほんとうには理解できていませんが、きっと、生活や精神のダイエットも、かなりの忍耐と刻苦を伴うことでしょう。悪習慣に苦しめられていても、それを断ち切る苦しみを乗り越える方がたぶん苦しいのです。それでも、克服できれば人生に新しい光が射すはず。
インプットしたい物や情報はいろいろあるけれど、どこかでセーブしないと、腹がはち切れてもまだ食べなければいけない罰ゲームのような苦しみから逃れられません。そして、このままでは、人生が消費と労働と雑事に食い荒らされかねません。消費と労働と雑事以外にやるべきことがあるかどうかはともかく、それを考えるためだけでも、立ち止まりたい。
例えばぜんぜん更新できないブログや、いつまでたっても完結しない旅行記を書くということは、世の中的には何の役にも立たないし生活の糧になるわけでもないけれど、それができていないことが、わたしの心に少なからず暗い影を落としていて、他のことをやめて、そこに集中できればもっと気分が楽になるのに…と思います。“他のこと”には労働もしっかり含まれていて、むしろ、労働が人生の邪魔をしているのではないかと、わりと本末転倒?なことをよく思います。いま、ドラマ『デート』で高等遊民を名乗るニートが主人公になっていますが、わたしの理想もつまるところは高等遊民…というかニートなのかもしれません。労働も遊びも両方フル回転!なんていうのは、わたしのような低スペックの人間には所詮無理。だったら、もうどちらかに絞った方がいいのではないか、そうするとどう考えても遊びの方を選ぶよね…って、そりゃ危険思想ですか(苦笑)。いや、労働をそこまで憎んでいるわけじゃないんですけどね。労働が週4日くらいになったらたぶん、もうちょっと積極的に愛せる気がします。それに、例えば遊びやイベントに誘われたり、頼みごとをされたり、電話がかかってきたりしたとき、労働が暮らしの大半を占めているとそういうのを一瞬「めんどくさいな…」って思ってしまう自分がいるわけです。そんなふうに、ほんとうは思いたくない。心情的には、労働よりそっちの方が大事なのに、極端なときは「もう誰もわたしに構わないでくれたらいいのに…」とまで思い詰める。そんな人生って、何なの?それこそ本末転倒ですよね。まあ、すべての付き合いに全力投球する必要もないんだけどさ…。
「生活を単純化するにつれて、宇宙の法則は以前ほど複雑には思われなくなり、孤独は孤独でなく、貧乏は貧乏でなく、弱点は弱点でなくなるだろう」(ソロー)
わたしが欲しいものは結局、ひと言で集約すると「自由」であり、自由とは、単純さによって生み出されるものなのではないかと、今さらながら思う次第です。なんだかいつにもまして支離滅裂な内容ですが、久々に書いたブログということでお許しを…。

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