日記からのつづき2 | 紫源二の啓示版

日記からのつづき2


 
  
 ひととおり、自己紹介が終った。話す内容のみではなく、話す言葉の抑揚、声の質、語るセンテンスの長さ短さ、何を話題として取り上げるか、受けをねらっているのか、真面目に話しているのか、照れているのか、自己に陶酔しているか、自己嫌悪しているか、語っている人たちを尊敬しているか、軽蔑しているか、なにを経験し、どんな魂の持主なのか、立ち上がって1分でもなにかしゃべれば、その人の全てがだいたいわかってしまう。総勢50人もいるから、一度始まったこの自己紹介が、この会合のほとんどメインイベントとなってしまい、それが終る頃には、もう何時間も経過して夜中になってしまっていた。当然みんなアーティストだから皆個性的で、自己紹介をするだけで飽きないのだが、そして、その間に、テーブルの真ん中に置かれた様々な飲み物の瓶(赤、白、ロゼ、スパークリングのワイン、シャンペン、ウイスキーやらバーボン、ジンやテキーラやらラム、高級そうな瓶入りのオレンジジュースやパッションフルーツの生ジュース、ミネラルウォーターも何種類もあり、ソーダだっていろんな瓶があって、もちろん氷も大量に用意され、その他、食べ物としては、スパゲッティだの肉団子だの、シーザーサラダやフルーツ各種、一見したところイタリアンぽく、全体として、「ここはバーか、それともイタリアンレストランか?」というくらい飲み物も食べ物も充実していて、大きなテーブルの中央に置かれたそれらの飲み物食べ物は、それぞれのスピーチが始まってしばらくすると、誰彼ともなく食べたり飲んだりされ始め、だんだん、自己紹介のスピーチは、それら飲み食いの肴の一部となり、それに近くの人たちとの談笑が加わって、いつの間にか音楽が会場に流れ(軽いダンスミュージックぽいものから始まり、ときにインドのシタールとタブラの音楽がかかったり、なつかしいマドンナ、ニルヴァーナだったり、だんだん席順に回っているスピーチを誰も聞いていなくなり、逆に面白いと急に突拍子もなく大うけしたりして、支離滅裂状態になり、僕は時計周りの6の位置、ちょうど半分の所に座っていたのだが、その頃になると盛り上がりも最大になっていて、幸いだれも自己紹介など聞いていない状態になっていたので、僕の番が回ってきたときは、ただ立ち上がって「○○です。よろしく」と言っただけで終わらせることができた。それを聞いていたのはAKIRAと田中満知子だけくらいで、AKIRAは、まあ、あいつらしい自己紹介だと鼻で笑っているのが見え、田中満知子は一人で手を叩いて笑っていた。そういうわけで、自己紹介が終る頃にはテーブルの上もカオス状態で、あんなにあった飲み物も食べ物もさんざんな食べカス飲みカス状態となり、整然とテーブルの周りに座っていた人たちも立ち上がったり歩き周ったり、中には床に座り込み(さすがにテーブルの上に上る奴はいなかったが)人も飲み物食べ物も動ける者と動かせる物はさんざんなカオス状態となり、このビルの最上階の中は、大きなテーブルと壁、そこに掛けられた様々な絵、写真、オブジェなど動かせない物、動かしてはいけないと感じる物を除くと、その他の物は全てエントロピーの法則の通りに撹拌され、あと、なんとか経済学の理論の通りに人の活動は飲み食いの消費にエネルギーを消費し、なんとかダイナミック理論の通りにエントロピーの逆のインフォメーションが人間によって生成されてあふれ、なんとかコミュニケーション理論のとおりに各自が各自と情報をやり取りし、なんとかコロニー理論のとおりにあっちこっちで話の輪ができ、いろんな計画が持ちあがり(じゃあ今度一緒に飲みに行きましょうか、というプライベートなものから、こんどわたし個展やるんで見にきてください、こんどライブやるんで・・というようなフライヤーが何10種類何100枚も交換され飛び散ったり床に落ちて踏まれたりしながら、中には、じゃあこんど一緒にイベントをやりましょう、あなたと彼と彼女と君とあなたと・・という公共の約束まで話しが持ちあがって、さらに、じゃあ、それだったら、いっそ街に出てイベントやらない? 例えば、川あるじゃん、川、水が流れてる川、東京のさ、あれって護岸の下に川が流れてて周りコンクリートの壁じゃん、あれって、永遠に何mも続いているカベじゃん、あれって、ギャラリーの白い壁面なんかよりずっとよくない? つまり、あそこに展示するの。われわれでさ。われわれの作品をさ。もちろん、晴れてるときだけど。雨降ったら水かさが増して作品みんな流されちゃうでしょ。だからもちろん晴れてる時だけどさ。そういうのどう? どうって?って、みんな笑ってるけど、あのコンクリートの川の下に降りてさ、舞踏やったり、ところどころで、橋の下なんかでさ、今はやりの橋下じゃなくってさ、橋の下なんかでさ、ところどころバンド演奏なんかやったり、舞踏やったり、白塗りの舞踏家が橋の欄干からロープでぶら下がったりしてさ、ところどころ壁に大きな丸い穴があいてるじゃん、川のコンクリートの垂直の壁にさ、そんなか入って、中からポエトリーリーディングしたりさ。どう? いいね、それ。やろうやろう。)なんて、具体的にイベントの内容まで話されるようになって、まあ、アーティストが50人集まれば、もう収集のつかないことになるのは決まっていて、誰が何を企画したなんていうんじゃなくて、自然発生的にいろんな話が持ち上がって、それもみんな田中満知子は既によく知っていて(計算ずくで)、それで超近代的ビルを建てたものだから、その最上階にめぼしいアーティスト集めて飲み食いさせるだけで何か始まると思っていた。その予感は的中して、それが、盛り上がりの発端になって、あとから評論家みたいのがなんとか雑誌だのブログとかに書いて、現代アートのひとつのエポックメーキングになるのだが、はたして、本当にすごい(すごいというのは立派というのではくて、とっても型破りなという意味だけど)企画が既にその場で人知れず出来上がっていた。自己紹介が終る頃には既に・・。そして、パーティー(と今は呼んでもいいような)は、もう夜中なので終電がないという人もいて、お開きとなったのだが、当然そこは、オーナー所有のビルだから、階下に寝るところはたくさんある、泊っていってと声を掛けられて、僕はそこに泊ることになった。
 
つづく。