Interlude♯11. 有名作家と怪談話 | 不思議なできごと

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できるだけオリジナルな、或いはそれに近い怪異譚を公開してゆきたいです。

 昔の雑誌に怪談話を見つけた。内容としては平凡で、表現も今に比べると柔すぎて、怪談話としては余り楽しめないが、有名作家の証言による実話怪談は今でも珍しいものなので、転載してみることにした。
 遠藤周作氏は幽霊の存在を否定するカトリック信者であるため、かえって話の真実性を高めているようだ。

ユウレイとインテリ作家たち [週刊娯楽よみうり 昭和33年8月1日号]

$不思議なできごと-ユウレイとインテリ作家
 戦時中、九州大学で行われた生体解剖事件を扱った小説「海と毒薬」という力作を書いて、話題を生んだ作家遠藤周作氏はさる日、同じ作家グループの一人で、彼に劣らぬ悪童の三浦朱門氏を誘って、南伊豆方面を気の向くままに歩いてみようと出かけた。

静かな族館の離れ
 その第一夜を、まず熱海に泊まって大いに英気を養おうというので熱海駅へ降り立ったご両人。竹の植込みに囲まれた静かそうな旅館を見つけて、泊まることにきめた。
 夕食をすますと、二人連れだってにぎやかな海岸通りに出かけ、大いに英気を養って帰館したのは十二時近く。離れの静かな部屋で、寝込んでからどのくらい時間がたったかしらないが、胸の上へ重石でものせられたような胸苦しさを感じて、ふと目をさました遠藤周作さんは自分の耳へ、ぴったりと口をくっつけて「私はつい先ごろ、ここで自殺しました」といっている声に気がついた。ハッと思って目をこすり、ヤミの中へ目をすえ、耳のあたりを手さぐりしてみたが、だれもきた様子もないので、夢でもみたのだろうと、一生懸命目をつぶってねむってしまった。

耳へ冷たい口づけ
ところが、またしばらくすると、耳にだれか口をぴったりくっつけて「私はここで自殺しました」といっている細い声に呼び起された。しかし彼もなかなか強気の男だかち「えいッ、気のせいだろう」とばかり自分をしかりづけ、ガバッとふとんをかぶると、もう一度寝込んでしまったという。ところがしばらくすると、またぞろ胸苦しくなって、耳のはたでささやく低い声に起された。さすがの遠藤さんもたまりかね、隣りにねている三浦朱門氏をたたき起した。
 かくかくとさっきからの異様な有様をきかされた朱門さん「あっ、実は僕も、しめっぽくて、冷たい手でホッペタをなぜられて目をさますと、セルの着物をきた若い男が君の上へのしかかっているのをみたんだ。ハッと思って、目をこすって見返すと、だれもいる様子がないので、幻覚かなと思ってねてしまった。ところがまた、しばらくすると、ゾッとするような冷たい手でホッペタをなぜられて目がさめた。さっきから、君を起そうと考えていたところだよ」という。

腰が抜け、助けを呼ぶ
 話し合って「さては、これが幽霊か?」とフッと気がついたトタンに、二人とも冷水を頭からぶっかけられたようにゾッとして、にわかに体がふるえだし、ガチガチガチ歯の根が合わず、これが全く腰がヌケたというのか、ヒザががくがくして真っすぐ歩けず、はうようにしてようやく母屋にたどりついた。物音にびっくりして起き出した女中に、床をしいてもらってやっと横になり、朝になるのを待ちかねるようにして宿を出た。日ごろの強気もどこへやら、口もろくろくきかず、そのまま真っすぐわが家にころがり込むと遠藤周作氏は、医者にもわからない熱が八度も続いたまま、一週間も寝込んでしまったという。
 片や田園調布のわが家に帰りついた三浦朱門氏は、女房の曾野綾子さん(女流作家)に、早速、ことの次第をこと細かに語ってきかせるのだが「まさか今の時代にそんなバカなことが--」と一笑に付して、真にうけてくれない。ことに相手が悪かった、というのは遠藤周作氏は友人仲間(梅崎春生吉行淳之介安岡章太郎などの諸氏)では「電話魔」と恐れられているほど、友人のところヘニセ電話をかけ、相手がそれにひっかかるとうれしくて食欲が出る、という奇妙なクセの持主だからだ。

コワイものみたさで
 しかし、日ごろから探偵小説や怪奇小説の愛読者であり、自分も一度は推理小説を書きたいと念願している綾子女史、夫君の言を頭から否定しながらも、恐いものみたさから、七月に入ってまもなく若い友人二、三人と誘い合わせて、内証でくだんの宿屋へ泊まりに出かけた。宵のうちは豪語していた一同も、深更になって、床にもぐり、しばらくするとやっぱり出た。早速東京へ逃げ帰ったが、以来、すっかり幽霊づいてしまい「ウソだと思うなら一度行ってごらんなさい」と夫婦そろって真剣な顔をする。暑気ばらいにわれと思わん方は一ついかがです?

$不思議なできごと-週刊娯楽よみうり表紙
表紙は南田洋子さん。綺麗な方でしたね。当時は。


 上記のお話の詳細版を遠藤周作氏の“狐狸庵”シリーズで読んだ覚えがあります。話に登場した三氏に、梅崎、吉行、安岡各氏に北杜夫氏を加えてこの後一時代を築いたという感じがします。すべての人が一過性の流行作家ではなかったというのもすごいですね。