市場の男 | 不思議なできごと

不思議なできごと

できるだけオリジナルな、或いはそれに近い怪異譚を公開してゆきたいです。

すっかりご無沙汰してしまいました。
今後もマイペース更新となってしまいますが、時々お立ちより頂けたら幸いです。


 お盆に旧友と会い、一杯飲んだ。彼は市場の魚屋でアルバイトしているのだが、青果棟が気持ち悪くて近寄りたくない。と言った。

 思い出した事がある。15年ほど前、青果棟に入っている店舗の維持管理を任されていた時の話だ。
 ある日現場担当の女性から電話が来た。出るといきなり
「あそこには、もう行けない。」
 と言う。訳を訊いても埒があかない。
翌日の作業であり、急な代務も立てることができなかったので、自分が行くことにした。
$不思議なできごと-市場の光
 当日警備室に申し出、同行してもらって鍵を開け、通電してもらって中へ入った。休市日なので広い棟内は裸電球が灯っているだけで薄暗く、がらんとしている。契約している店舗へ行き、2階の事務室へ入る。蛍光灯を点けると、作業するには十分な明るさとなった。90分程度の軽い作業を黙々とこなす。
 と、途中で窓から見える場内に人が居ることに気付いた。30メートルは先だろうか、白っぽいポロシャツに紺のズボン、それに特長(とくなが:市場などでよく履かれる、たけの長いゴム長靴)を履いて遠巻きにこちらを見ている。管理係の人が休日返上で来ているのかと思い、下りて挨拶しようと向かうと、誰も居ない。首を傾げながら事務室へ戻ると、また同じ場所に男が居る。こちらはだんだんムカムカして来た。
「なんだよ、監視かよ。はいはい、きちんとやってますよ。商品に手も出しません。安心してお休みしてなさいっての!」とぶつぶつ愚痴をこぼしながらの作業となった。
 ひととおり作業を終え、その方向を見ると、もう男の姿はなかった。作業報告書用に写真を室内から1枚、下に下りて2枚撮影して棟を出た。
 警備室へ戻って作業終了を通告。書類にサインし、頭を下げた。
「おつかれさまでした」警備員も応じ、その後また別の書類の作成を始めた。私は管理係に連絡しないことを訝しく思い尋ねた。
「あの、管理の人は?」
「ああ、管理係の人は来ていませんよ。このままお帰りになって結構ですから。」
「そうですか・・・」
 それでは、先ほどの男は別の関係の人だったんだな。と思い直して帰路についた。

$不思議なできごと-窓外の闇 数日後、出来上がってきた写真を見て驚いた。3枚とも奇妙な写真だったからだ。下から写した写真には、手ブレで踊っている裸電球の手前を青白い光と赤い光が数本、奇妙に交錯していた。事務所で写した写真には、窓から外の場内の景色が、まるでガラスに黒い墨が塗りたくられているかのように漆黒の闇だけになっており、窓枠以外何も写ってはいなかった。(注:自分は当時すでに写真をやってン十年で、ありえる写真、ありえない写真の区別は間違いなくできるのです。また、心霊写真といわれるものはまず疑ってかかるタイプの人間でもあるのですが、それでも、これは間違いなくありえない写真と言えるものでした。)
 報告写真としては失敗作だが仕方がない。その3枚を添付して報告書を作成した。こんなブログを書いている今から思えば、この写真を焼き増しして残しておけばよかったなと思うのだが、今となってはあとの祭。仕方がないので、へたくそだが、私が再現した写真を掲載してお茶を濁してしまったことをお許し願いたい(出来具合は60パーセント位かな)。

 後日、作業を拒否した女性に会い、理由を伺ったが
「行ったらわかる筈。」の一点張りだった。
奇妙な写真が撮れた現場ではあるが、ほかに問題がある場所とは思っていなかったので、必死に説得したが彼女は首を縦には振らず、結局別の現場で働いてもらうことにした。

 さて、市場で働く友人の話には続きがあった。
 青果棟に働く知人に奇妙な経験をした人が居るという。
 その日は残業で、人がほとんど居なくなった棟内で荷捌きをしている時、遠くからこちらを見つめている男に気付いた。手を止めて眺めても、知り合いではない。また作業に戻る。ふと気になって見ると、まだその男が見詰めている。気にはなるが、仕事が大量に残っているので作業をやめるわけにはいかない。せっせと汗をかく。10分位経った頃、背中に雰囲気を感じて振り返った。顔の前、息がかかりそうな位近い所に青白く無表情な男の顔があり、数秒ですっと消えた。
 白っぽいポロシャツ、紺のズボンに特長を履いた男だったという。