土方歳三資料館日記 (Toshizo Hijikata Museum Blog)

土方歳三の生家跡に設けられた資料館にて運営に携わる子孫の綴る日記。

「土方歳三資料館図録」発売中!
図録表紙

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昨夜7日夜に放映されました『英雄たちの選択〜土方歳三「明治」に死す』。

 

 

新選組を歴史の中での大きな流れで捉えてくださっていて、

とても意義ある内容だったと思います。

 

 

今まで歴史番組などで取り上げられてきた新選組は、

「池田屋事件に斬り込んだ時の隊編成は?」とか

「この攻撃がされた時の銃の種類は?」とか

「◯◯を粛清した実行犯は誰だ?」とか

確かに一つ一つ検証することは大切だけれど、

ともすれば、重箱の隅をつつくような論争ばかりになってしまっていて、

全体像があまり見えてこないことが多かったように思います。

 

 

それは、

新選組が単なる会津藩という藩に仕える一組織でしかなく、

新選組自体が歴史を大きく変えようと働きかけた組織ではないこと、

 

敗者の歴史なので、残されている史料は、個人の日記・手紙などの私文書が多く、

史実と確定するには決定的でなく、どうしても推察を加える余地が出てしまうこと、

 

昭和に入り、小説、聞き書き、映画など多くの作品にモチーフとして取り上げられてきたために、

創作部分があたかも史実のように定着している部分もあり、

その創作と史実のごちゃごちゃを区別して語るのが難しいこと。

 

そんな理由から、長いこと新選組は「剣豪集団」とか「青春の〜」とか

歴史の中のファンタジー的に語られるのみで、

アカデミックに捉えられることは少なかった。

 

事実、史学科の先生は、学生さんが卒論で「新選組」を選ぼうとすると、

あまり良い顔をしないそうです。

(採点基準が曖昧になってしまうため)

ですから、ご来館される史学科の学生さんから、

 

「「新選組」だけだとOKもらえないので、

「多摩の農村のつながりと新選組」とか他のテーマも絡めて教授にOKいただきました!」

 

「多摩の俳諧事情と歳三さんの豊玉発句集を絡めてテーマにしました!」

 

なんて伺うこともしばしばあります。

(みなさん、どうしても新選組に絡めた何かを卒論に選びたいんですね^^)

 

 

 

で、前置き長くなりましたが、以下感想です。

 

 

この番組では、新選組という組織や土方歳三という人物像を、

歴史学、脳科学、経営学など多角的な視点で分析していて、とても新鮮に感じました。

歴史が専門の先生ばかりではないからこそ、細かいことはさておき、

それぞれのご専門からの視点でのご意見が伺えました。

 

 

特に、武家の内部事情を知り尽くしている磯田先生の

「新選組は目的集団、いわば警備保障会社だから、

上司に仕えて家だけを守ろうとする武士より、強い。実践で役に立つ」

「新選組は典型的な農民的組織」

のお考えには納得しました。

 

 

また、中野先生の

「歳三は愛情深き人物。愛情が深い人ほど罰を与える。(局中法度のこと)」

「近藤を大切に思っていたからこそ流山で近藤を投降させた」

は鋭いと思いました。

歳三さんが大家族、結びつきの強い親戚に見守られ育った環境のこと、

井上、沖田のみならず松本捨助(お前は長男だから家を継げと、隊に入れなかった)、

市村鉄之助や渡辺市造(歳三付きであった少年2人は箱館総攻撃の直前に、

歳三が命じて箱館から船に乗せ、それぞれ日野と川越に落ちのびて命を長らえています)

など多摩出身の仲間、自分の身の回りの人物を最後まで大切にしたことなどを

見透かしているようで、脳科学の視点で歴史を捉えるって斬新だと感じ入りました。

 

 

江上先生の経営学の視点は、新選組を会社組織になぞらえていて、

おもしろいなあと思いました。

そしてジョブズや本田宗一郎など神格化された経営者にも、

歳三さん的なナンバー2の存在があるんだと初めて知りました。

 

 

そして、大石先生。

歴史の大先生ですから、

「新選組なぞ…」と一歩引いた立場からご意見なさるのかと思いきや…。

すごく生き生きと、新選組について語ってくださっていました。

ご意見は的確だし素晴らしかったけれど、何より嬉しかったのは、

そんなアカデミックな立場の先生が、難しい学者の顔ではなく満面の笑顔で、

「あー、新選組について話すの楽しい!」

って感じで語ってくださっていたことでした。

 

 

ただ、最後の箱館での歳三の境地に関しては、わたしは諸先生方とは、

少し違う意見ですアセアセ

 

確かに「無実の罪に死んでいった仲間たちの冤を雪ぐ(えんをすすぐ)」

といった気持ちは根底にあったと思います。

冷静に「わたしは死神に取り憑かれていて、死ぬときに死ぬだけだ」

と自分を客観視していたのも本当だと思います。

 

でも、番組でも流れた二股口始め、

各地の陣地跡や歳三の会津以降の足取りを追って

実際に訪ねてきたわたしには、

歳三さんが投げやりになって死に場所求めてさまよって蝦夷にたどり着いて、

最後は自分から銃弾にあたりに行くような無茶をして…

っていう見方は絶対できません。

各地で非常に前向きに戦っているし、

周囲の仲間たちともどんどん新しい関係・絆を作っていっている。

やりきってやるぞってパワーを感じます。

 

だから、史料で本人がこういったから、こう書いてあるからというのも

一つの真実だとは思うのですが、

 

歳三さんは、彼なりに最後まで、

淡々と自分がやるべきこと、どうあるべきかと信じること

に向かって進んでいたのかなと思います。

 

その意味では、誰に仕えることなく、とても自由に生ききった人だと思います。

 

以上は、わたしの個人的な感想ですアセアセ

 

 

 

また、今回は、歳三さんの鎖帷子を展示ケースから出して撮影していただきました。

 

通常史料は、動かすことで傷む可能性のあるものは、

展示ケースから出したり絶対しないです。

「安全に保存する」のを第一に考えています。

 

今回も最初打ち合わせの時に、

その旨お話したところ、

撮影スタッフさんも

「もちろんです。差し支えない範囲で展示ケースの外側から撮影させてください。」

とご理解くださっていました。

 

でも、池田屋事件、そして翌月の蛤御門の変で使用されたと伝わる鎖帷子…。

京での歳三さんの命を削る様子が一番伺えるのは、

右後ろの鎖地の穴や、内側の補修され使い込まれたあとなんです。

 

 

そして、その鎖帷子の様子は、

図録刊行の際に一度デジタルで撮影した画像データがあるのみで、

一度もテレビ映像(動画)で残されてはいません。

 

NHKさんの歴史番組の撮影スタッフさんは、いつも本当に優秀な方達が担当されているので、

「そういう番組に撮影して映像に残して頂いたら、それがNHKのアーカイブスに残る。

そうしたら、50年後の戊辰戦争から200年のときにだって、

この記録を振り返ってもらえるかもしれない」

と思いました。

 

そして、いくら大切にするからといって、

「門外不出」みたいにしてしまったら、

だんだんと語られなくなってしまいます。

 

「歴史は語られなければ、忘れられてしまう。」

 

わたしが、土方家に育って資料館運営に携わり、

たくさんの出来事を通して感じてきたことです。

 

刀剣界でも、

ひと昔前は、若い刀鍛冶さんが本歌を手にとってバランスや重みをしっかりと手に感じて、

写しを鍛えることができた。

でも最近は、特に国宝や重文などは、

「何かあってはいけない」と絶対に触らせてもらえない。

すると、形、刃文、長さはそっくり同じでもうわべだけで、

その刀の武器としての本質、重量バランスや特徴が反映されていない

イマイチな写ししかできずに、

職人さんも学びが少なくなってしまうんだそうです。

何事にも時と場合があって、守るばかりに徹してただ怖がっているだけでは、

その世界は衰退してしまうと思います。

 

 

 

 

そんなことを考え、

当方の気持ちを汲んでいただき、

今回は展示ケースの外にセットして撮影していただきました。

当日は、事故の起きないよう史料へご配慮いただきながら、

とても丁寧に撮影してくださいましたし、

何より唯一無二の映像を残してくださり、

「英雄たちの選択」のスタッフの皆様には心より感謝申し上げます。

 

 

 

今年で歳三さんが亡くなって148年。

京での歳三さんの様子が、皆様に少しでも伝わったらうれしく存じます。

 

ありのままの歳三さんのことを伝えるお手伝いをするのが、わたしの役目だと思うので、

今後も身の丈にあった範囲でできることをしていきたいと思います。

 

 

感想、脱線しながらも、長文になり、ごめんなさい。

最後まで読んでくださりありがとうございました。

 

皆さんは、どんなことをお感じになりましたかウインク

 

 

 

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9月に仲間うちで江戸城の史跡巡りをして、

四谷御門や市ヶ谷御門、外桜田門、坂下門などを巡りましたが、

現代の街に溶け込んでいる江戸城のお堀や石垣の名残を改めて見つめ直すと、

新しい発見やオドロキがたくさんありキラキラ

 

「ええ?あの市ヶ谷駅釣堀入り口あたりの壁って、当時の石垣だったの!?」

「大学のときにお花見してた土手って四谷御門からつながる外堀土手だった!」

「虎ノ門の霞が関ビル、すごーく目立つ場所によく見れば当時の石垣がどーんと!!びっくり

 

 

楽しくて、まだまだ巡りきれていないので、

先日またまた史跡巡りしてきました流れ星

 

題して

「江戸城史跡巡り〜大名気分で登城編」キラキラ

 

 

大手門から堂々の江戸城入りチョキ

当時だったら諸大名など一部の者にしか許されない行為ニヤリ

大名気分で登城ですキラキラ

 

門も桝型構造で、万が一敵に侵入されても四方八方から狙い撃ちできるような構造ですが、

門を抜けても本丸にたどり着くまでに、二重三重の警備網が敷かれています。

 

同心番所〜「同心」と呼ばれる武士が登城者の監視に当たった警備の詰所

 

 

 

百人番所〜4組の鉄砲百人組が昼夜交代で勤務した警備の詰所。

 

 

 

御苑内は紅葉が始まり、散策も楽しい

 

 

松の大廊下跡。

「忠臣蔵」でよく知る刃傷事件。

物語ではなく、本当にあったことなんだなあと。

その場に立つと実感できて、感慨深くキラキラ

 

そして、近くにあった「ムラサキシキブ」。

実の紫色も素敵だけれど、葉も特徴的で気品を感じます。

美しい花木がたくさんで、歩いていても癒されますキラキラ

 

 

そして、本丸跡。

最近、本丸を復元しようという運動があるそうです。

五稜郭の箱館奉行所のように、

いつの日か忠実に復元されたら、嬉しいですねキラキラ

 

 

井戸は遺っています。

石の継ぎ方、面白い。

石を切ったり、石垣を積んだり、からはじまり、

築城って最新技術と労力の結晶ですよね。

お城巡りが好きな方たちはこういう建築技術の素晴らしさに

惹かれていくのかなあと思います。

 

本丸は明暦の大火で焼失しましたが、残っている土台の石垣も

その火事の凄まじさをつぶさに伝えています。

 

焼けた石垣。

 

明暦の大火以降、焼失した本丸の機能を果たしたのがこちらの富士見櫓。

 

上野戦争の際は、大村益次郎がこの富士見櫓から戦況を見ていたとか。

当時は高層ビルなどないから、ここから寛永寺の方まで見渡せたのですね。

 

 

最後は平川門からお城を出ました。平川門は横に小さな不浄門が付いていて、

亡くなった方はこの門から出て行ったそうです。

入口出口、立ち入ったり座ったりする場所ひとつとっても、

身分によって作法や形式が細かく定められていたんですね。

現代の私たちは、そうした江戸時代では当たり前だった価値観に寄り添って

史実を理解しなければなりませんね。

 

 

平川門の橋の欄干

 

 

 

 

目の前はオフィスビルずらり〜で、最先端のビジネスが行われていますが、

この擬宝珠(ぎぼし)は寛永年間から変わらずキラキラ

東京って、少し前は江戸なんですよねキラキラそんなことが実感として感じられます。

 

 

他にも江戸城散策の前に、赤坂見附にて紀尾井町近辺の堀や遺構を訪ねました。

紀 右矢印 紀州徳川家中屋敷

尾 右矢印 尾張徳川家中屋敷

井 右矢印 彦根井伊家中屋敷

町。なので、史跡巡りスポットがたくさんあり、楽しかったです。

「いつも高速から見ていたお堀の石垣、

実はよく見たらこんなに高く強固に設計されてた!?

 

とか驚きがたくさんありました。

 

(ここには書ききれなくて残念アセアセ

iosアップデートしてから写真保存がイマイチになり、消えた写真がたくさん…ガーン

江戸城鬼門の石垣に「南無阿弥陀」と彫られて鬼門よけにしてある

石の写真も載せようと思っていたのに…ないえーん

 

普段意識していなかったけれど、

歴史って本やテレビの中で知る別次元の出来事ではなくて、

私たちの生活の中にも歴史を感じられる足跡がたくさんあって、

それに日々気づかず過ごしているだけなんだと改めて感じる1日でしたキラキラ

 

新選組には直接関係ないようでいて、

実は歴史の出来事は相互に繋がってきますから、

新選組ゆかりの地以外の史跡散策も、

とても勉強になります照れ

 

 

地下鉄も駆使しながら、おしゃべりしながら、たくさん歩きましたキラキラ

 

 

御苑内では、各所ポイントを解説してくれる親切なアプリがあるから、

一人で訪ねても、スマホ片手に楽しく散策できますよ。

 

 

いつも皇居の周りを通勤通学されている方、

たまにはこんな灯台下暗しの史跡巡りも楽しいですね星ウインク星

 

 

 

 

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土方歳三佩刀・和泉守兼定の秋の特別公開が終了いたしました。

 

先ほどお仏壇に無事終了の報告を済ませました。

 

毎年行っている5月11日の命日前後の刀身展示だけではなく、展示をよりゆっくりご覧いただけるようにと、昨年から試験的に始めた秋の公開ですが、ご来館くださいました皆様には感謝申しあげます。

 

新選組の隊士たち、歳三の多くの同志たちがその命を懸けた戊辰戦争勃発年から今年で149年。150回忌の年です。

 

一人でも沢山の方々に、新選組や先祖・土方歳三について振り返って頂くきっかけになればと思います。

 

歴史は語られなければ、風化して忘れられてしまいます。

 

今回ご来館くださいました方々の心の中に芽生えたお気持ちが、50年先の200年の節目まで歴史を繋いでくださるよう、願いを込めてキラキラ

 

 

 

 

 

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