蝶々は欲しいが毛虫は困る式のこの発想、埃や虫を毛嫌いし
て自然から自己に都合のよいものだけを引き出そうとする

中公新書 富山和子『水と緑と土』57ページ

この本は1974年1月にはこうされている。あとがきにもある
通り書かれたのはオイルショック前である。中央公論新社は
この本を復刻するにあたり、あえて加筆することをせず、ほ
ぼオリジナルのまま発刊した。

つい先日このブログで大熊孝さんの本を紹介したが、この本
は治水と自然破壊に現状について警鐘を鳴らす内容になって
いる。書かれたのが70年代前半だから、使われている資料も
昭和40年代前半のものがほとんどである。

現在、多くの科学者によって指摘されている「森林は自然の
ダムである」という指摘が、すでにこの本ではなされている。
森林の保水力を急速な都市化によって生じた水不足を解消す
るために破壊し、都市開発そのものが自然を破壊する。

その結果、本来森林が水をキープして川の水量を調整する機
能を著しく歪めてしまい、川の氾濫を深刻化させた。昭和40
年代以降深刻化した大都市部の水害は天災ではなく人災であ
ると。

水を最も嫌う都市が水を最も欲しがるという矛盾をかかえて、
水資源開発はより遠くへより上流へと進められた。治水事業
の進捗に伴う中上流部への開発の拡大は、水資源のより上流
への指向を、相乗的に強めることにもなった。地域的な水資
源の供給と需要のバランスは、ここに大きく崩れはじめた。
(36ページ)


この本を読んで私は3つの驚きを得た。

ひとつはこの本によってすでに70年代前半に今日の森林保護
の指摘がなされていたこと。それは反対にこの警告が無視さ
れてきたことにほかならない。この「ネグレクト」も驚きの
対象である。

ふたつ目は1960年代前半の渇水状況の深刻さをはじめって知
ったことである。東京都奥多摩町にある小河内ダムは、年中
干上がっているように見えるが、かつては完全に干上がって
いたそうである。この時期には東京の人口は「毎年広島市を
ひとつずつ作るような」ペースで膨れあがっていた。

人間はそのツケを自然に強いたのである。いや、そうせざる
を得なかったのである。これは今も変わっていない。人間は
自然をコントロールすることができない。

アメリカのダムの耐用年数が平均50年であるのに対し、日本
では平均20年、長くて50年で完全に埋没するといわれ、建設
されてから10年を経ずに埋没するものも珍しくない。
(48~49ページ)


ダムの技術革新によって寿命は延びているはずである。しかし、
ダムはいずれは運ばれた土砂で埋まる運命にあることは、変
わることのない自然の摂理である。

多目的ダムのアロケーション(費用分担割当)方式が、結局
のところ発電部門に有利に働き、一番損をしているのが国庫
補助や自治体の負担として不特定多数の住民から知らぬまに
徴収される治水部門であり、その金額がどのようなプロセス
で決定されるかは、裁判所でさえ明らかにできなかった極秘
事項であることを、佐藤武夫氏は『水の経済学』で詳細に論
じている。
(67~68ページ)


国民は費用負担だけ求められ必要な情報は一切与えられない。
この状況は今も昔も変わることがない。

最後に、三つ目であるが、これは本当に驚いたし、今も「本
当だろうか」という気持ちが残っている。事実を知りたい。

有史以来地震というものを経験したことのなかったインド西
部では、コイナ・ダム(貯水量27億8000立方メートル)に約
三分の一の水がたたえられた1962年、第一回の地震が発生し、
三年後にはさらに強い地震が起こった。(中略)また、ロー
デシアのカリバ・ダム(1750億立方メートル)は1960年に水
を入れはじめ1962年に第一回の地震が発生、多い時には5日間
に30回も多発したうえ、翌年にはマグニチュード5~6.1規模の
連続発生となった。同じような例は、フランスやギリシャ、
アメリカでも報告されている。
(70ページ)


富山さんはダムが地震を引き起こすメカニズムを「地下にしみ
込んだ水の圧力が固い岩盤を動かしている」(71ページ)

説明している。黒部第四ダムでも同様の群発地震が報告されて
いるという。

著者の富山さんは今回の改版のあたって205ページ以下で数ペ
ージを最後に添えている。この中で、

「水と緑と土は同義語である」
(208ページ)


を強調している。水のないところに緑はなく、砂はあっても土
はない。同様に緑がないところに水はない。まさしく名言だと
思う。

このような昔の名著を復刻させて欲しい。その当時は問題だっ
たことが今は忘れられたり、過去のことで片づけられているこ
とが多いと感ずる。それを知ることがとても重要である。資料
が古い。確かにその通りだが、古い資料はその当時の事実を示
す貴重なものではないか。富山さんのはもちろんのこと、今回
復刻版を発刊してくれた中央公論新社に感謝したい気持ちで一
杯だ。

水と緑と土―伝統を捨てた社会の行方 (中公新書)/富山 和子

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