凝固術 | 新宿 鼠通り

新宿 鼠通り

逃れよ…強壮な風の吹くところへ…






左目が…よく見えなくなって…



あれよ…あれよという間に…



生まれてはじめて…手術を…受けることになった…



実施される医療行為は…網膜光凝固術…



裂孔が発生してしまった…網膜の周辺に…



レーザーを…撃ち込み…焼き固める…らしい…



目玉に…レーザーなんて撃ち込んでいいのかよ?



網膜の標的を外したら…一瞬で失明しちゃいそう…



出逢ったばかりの…医師の腕は…確かなんだろうか…



熱くないの?痛くないの?怖くないの?



考えるほど…腰がひけるけれど…



息子と約束したのだから…



仕方なく…午後3時…ひとの少ない…待合室へ戻る…



看護婦さんが…



瞳孔を開く目薬と…麻酔の目薬を…差してくれる…



いよいよ…はじまる…



「入ってる?」



「わ…わかんない…たくさん…入れてください…」



「もう…十分入ってるはずです!」



「ホント…効いてるの?痛くない?…怖いの…」



「大丈夫!すぐ終わります…」



治療室へゆくと…医師が待っていた…



医師は…静かに…高揚している…



これから…神の手で…僕の目を…施さなければならないのだから…



多少…興奮してくれているほうが…人間らしくて…信頼できる…



先生…素敵な…佇まいです…



僕の目玉…お預けいたします…



「10分くらいで…終わりますよ…」



「…よ…よろしくお願いします!」



「まずは…レンズの装着…これが最初のヤマ…」



「ひぃっ…せ…先生…コンタクトレンズとか…怖くて…つけたことないんですぅ!!」



「ぶっ…大丈夫ww…痛くないから…上を見て……そうじゃなくて…目玉だけ上に!」



僕は…あせってる…緊張してる…パニクってる…



治療室は…照明がおとされているうえ…



次の展開が…一切読めないから…身構えて…全身硬直してしまう…



「……ここに…両手で…持つところあるから…」



「は…はい…」



まるで親の仇のように…しっかり握る…



絶対に…動くもんか!



どうか…痛くありませんように…



医師の手で固定され…



閉じることができない…瞳の中に…



黄緑色の…レーザー光が生き物のように…蠢いている…



医師の指先が…躊躇なく…発射ボタンを押す…



バシュッ…



グワンと…目玉の奥に…重い…鈍痛…



痛み…というより…衝撃波…



これが…網膜が焼かれる…痛みか…



自然界にある…痛みではない…



初体験の…デジタルの痛みだ…




「痛い?」




「い…痛いです…なんか重い…衝撃…」




「我慢して…」




この無情さこそ…医師の強さ…



怯えようが…



バシュッ…バシュッ…バシュッ…



肩をすくめようが…



バシュッ…バシュッ…バシュッ…



まるでゴルゴ13のように…



左目網膜の裂孔へ…レーザーを…正確に撃ち込んでゆく…



バシュッ…バシュッ…バシュッ…



撃たれ…衝撃波に備え…強張り…



動くな…と怒られ…



バシュッ…バシュッ…バシュッ…



50発…いや…もっと撃たれたか…



だんだん…気持ち悪くなってきて…



心が…折れそうになって…



先生…ちょっと無理…休憩したい…と口から出かかったとき…



「はい…おしまい…これだけ撃てば…大丈夫…」



10分ほどの…手術は…終わった…







1








ぐったり疲れ…放心状態のまま…




診察室へ戻る…




医師は…じっくり…僕の左目を…視診して…




術後の状態に…大変満足そう…




「問題なく…終わりました…では…1週間後に…来てください…」




僕は…絞り出すように…ひと言だけ…




「せ…先生……このあと…さ……酒…飲んで…いいですか?」




名医は…




「ほどほに…」





カルテに目を落としたまま…言い捨てた…









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