廣野秀樹\さらば弁護士鉄道・泥棒神社の物語(金沢地方検察庁御中)

 殺人未遂事件として木梨松嗣弁護士、長谷川紘之弁護士を金沢地方検察庁に刑事告訴手続き中 (さらば弁護士鉄道\泥棒神社の物語)

 市場急配センター(石川県金沢市)の組織犯罪と加担、隠蔽をした弁護士らの物語(事実)。


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 あまり気が乗らず、なかなか書く気になれなかったのですが、読んでくれる人もいるみたいなので、少しだけ書いておきます。

 岡田進弁護士の話の続きですが、とにかく話したのは一回の接見だけで、法廷でも顔は会わせていましたが、裁判に関する打ち合わせのようなものゼロでした。手紙なども一度も送っていません。

 初公判があったのは、たぶん平成4年6月18日のことで、次回の6月30日の公判で結審しました。判決は8月3日。とにかく信じられないぐらい、問題にならない刑事弁護でした。国選弁護などそんなものかと思いますが、裁判官が3人いる合議制の公判だったので、もう少しまともなことはできなかったものかと、未だに不思議でなりません。

 その年の、秋頃でしょうか。拘置所で新聞を購読していたのですが、北國銀行の社員が500万円だったかの横領で捕まったという事件が出ていました。その中で、岡田進弁護士が北國銀行の顧問弁護士だということを知りました。なにか短いコメントのようなものが書いてあったかもしれません。

 その後、いつ頃であったかは記憶にないのですが、平成6年2月20日頃に判決が確定するよりは前だったと思います。同じく北国新聞に、週一ぐらいで弁護士の法律相談のコラムのような連載があり、それに岡田進弁護士が出ていたのですが、顔写真入りで、それもにやついたような顔で写っていたので、とても不愉快に思ったことを今でも印象深く憶えています。

 判決が確定し、福井刑務所に移送されたのは平成6年の3月17日だったと思います。求刑通りの懲役4年の実刑を終え、福井刑務所を出所したのは平成9年1月18日のことです。出てから10日ほども経った頃でしょうか、ある日の昼間に、宇出津の自宅から裁判に関与した3人の弁護士の事務所に電話をしました。

 岡田進弁護士、木梨松嗣弁護士、長谷川紘之弁護士の3人です。いずれも弁護士本人が出ることはありませんでした。

 ところが、そのうちの一件で、弁護士は不在だが、たまたま事情があってあなたの事件のことは知っているなどと言われました。応対に出た人物でしたが、その場の雰囲気で、半ば以上弁護士本人ではないかと思えました。

 木梨松嗣弁護士は控訴審の私選弁護人だったこともあり、接見の数も比較的多く、声やしゃべり方にも特徴があったので、よく憶えていたはずです。一方、長谷川紘之弁護士は一度もあったことがなく声を聞いたこともありません。岡田進弁護士と同じく北国新聞のコラムで、顔写真はみていたので、だいたいの顔立ちは分かっていましたが、声までは見当もつきませんでした。

 とにかく異様に感じられたのは、その応対に出た人物の声、態度でした。私に対して敵意とも思えるような不快感を言外ににじませていたのです。妙に緊張感を持った雰囲気は、接見時の岡田進弁護士とも共通していました。

 ただ、岡田進弁護士と接見したのは短い時間の一度だけで、声や話し方はなんとなく憶えていたものの、電話での声となると見分けがつかないと思いました。

 私は過去の記述の中で、これを長谷川紘之弁護士の事務所であるような可能性を示唆していたようです。何ヶ月か前に、過去のデータに目を通していて気がついたのですが、どのデータで、パソコンのどこにおいてあるファイルなのかも忘れてしまったので、現在特定することはできません。

 しかし、改めて考えてみると、長谷川紘之弁護士の事務所である可能性はやや低いような気もするのです。なぜなら、長谷川紘之弁護士は3600万円の賠償判決が確定した民事裁判の訴訟代理人であり、事務所の事務員が事件のことを知っているのも、当然に近いと思われたからです。

 問題の会話の時の相手方の態度ですが、なにか仕事以外に事件のことをしっているような言い回しがあり、個人的に私に対して特別な感情、それもかなり事情に精通しているような態度を押し出していたのです。
 残念ながら、現在は記憶の方がはっきりしないのですが、古い資料に目を通すことが出来れば、もっとはっきりしたことが分かると思います。


 いわば攻撃を受けたような応対だったのですが、当時の自分は事件に対する理解も今より乏しく、大きな負い目もあったので、反発心を抱くようなこともありませんでした。

 また、同じ頃のことですが、まったく似たような応対を別の電話でも受けたことがありました。それは宇出津の被告訴人OKNの妻の母親です。OKN本人の指示で、そちらの家に電話をすることになったのですが、誠に不快そうというか、それ以上に敵意のようなものが伝わるものでした。これは事件の真相を知る上でも、重要なポイントの一つだと思っています。

 ただ、そういう母親の態度にも、理解できる点があったので、当時はそれほど深く事情を穿つことはありませんでした。理解できる点というのは、その母親からすれば、娘の夫の父親が、石川県内で二人の少年の殺人事件を起こし、控訴審が始まったばかりという時期であったことです。少年と言いましても19才なので成人に近い年齢であり、OKNの兄であり同じく被告訴人のOKSが社長をする会社の社員が被害者の事件でもありました。


 この殺人事件が、自分のその後の裁判や生活に与えた影響も大きいです。はっきり言って、二つの事件に繋がりのある可能性も低くはないと思っています。実際、平成11年の1月、OKSから「いうこときかんやつは、殺してしまえばいい」と言われ、同時にその場でOKSは、私が再審請求など自分の過去の裁判にこだわり続けていることを、執拗に、断念するように迫っていたのです。


 被告訴人OKN、被告訴人OKS,被告訴人KYNの三人は、その頃長期間にわたり、画策を弄して私に再審請求の断念を迫り、実生活にも大きな影響を及ぼしていました。


 具体的なことは今年(2010年)の5月の連休前後のTwitterのツイートにも書いてあります。こちらのアメブロにも既に転載してあると思いますが、転載から漏れている部分もあるかもしれません。http://twilog.org/hirono_hidekiをつかっていただければ、より確実に情報を読んでいただけると思います。

 また、O兄弟の父親の殺人事件は、自分の事件と同じく金沢地方検察庁の扱いとなり、捜査や取り調べをした金沢中警察署には、その事件が発生したのと同じ頃、殺人未遂事件での告訴か告発も行っていたので、警察や検察の二つの事件に対する関心も高かったと思われます。


 ちょうど金沢中警察署が犯人について目星をつけ逮捕直前の頃、福井刑務所にいた私に会いに来て、調書を作成してくれたという経緯もありました。雑談の中で、もうじき逮捕されるだろうというような話を聞いていました。また、事件のことは刑務所内で新聞で見て知っていましたが、その後、新聞が墨塗りになっていたので、逮捕されたと言うことは知りませんでした。


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