「貧困という監獄」 | 女子リベ  安原宏美--編集者のブログ

「貧困という監獄」

貧困という監獄―グローバル化と刑罰国家の到来/ロイック ヴァカン

 友人 「『貧困という監獄』という本、若干、現代思想ぽいけど、すごいおもしろかったよー」
 私 「“後期近代”がどうとか、“ポピュリズム”がどうとか、ってそういうの? “後期近代”社会でも刑務所人口増えてない国あるし、厳罰化してない国あるし、“ポピュリズム”っていっても民草の声が政治に反映してるってことでしょう?それだけでいいとか悪いとか思わないんだけど。死刑執行数もアジアで増えてるのパキスタンと日本みたいだけど、それって、鳩山さんってことじゃない?杉浦さんのときは止めてるんだから。だから思想っていっても政権与党とか、キーパーソンのとこ分析してないとあんまりねー」 
 とか言ってしまったのですが、読んでもないのに失礼だわと反省して、ちゃんと読んでみました。ぜんぜん違った。おもしろかった。思想的な部分はそういう部分を分析してるし、かなり実証的でそここそがおもしろい本でした。
 「ゼロ・トレランス」が各国でどのように進んだのか、かなりよくわかります。全部読んだあとに、著者紹介のところを読んで納得。プルデュー門下、そしてシカゴ大学へ留学。エスノグラフィーを勉強しているので実証的で現場的なところこそがこの著者の持ち味ではないかなと思います。
 レーガンのときに福祉国家批判の支柱になった本があるそうです。マーレイという失業中の「政治学者」の『地盤喪失』という根拠レスな俗流福祉批判本。マーケティング的にシンクタンクがすごい宣伝をかけたんですね。「貧困層のモラルが福祉支援によって低下している」とか、「下層社会で犯罪が多発する」とか。日本でも元マーケッターでがんばった人いるけどね。
 つまり「貧困なくそう」ではなくて、まんま「貧困者をなくそう」という方向の議論ですね。
 そして「ニューヨークで成功した割れ窓理論」という神話についてもその神話ができあがっていく過程をかなり細かく書いています。実際は環境犯罪学をやろうがやるまいが、犯罪は減少中だったのですが、日本だとジュリアーニが冠につく場合が多いけど、キーパーソンがNY市警本部長に昇進したウィリアム・ブラットン。彼を取り上げています。東京都だと竹花さんってかんじかな。そして、この「ゼロ・トレランス政策」が世界各国にどのように取り入れたのかを書いていらっしゃいます。NYだと「路上犯罪撲滅犯」の警察官4人から合計41発の銃弾をあびて22歳の移民の男性が殺され、ニューヨークでは“雰囲気が悪い”“有色人種”ってことで3万7千人が不当に逮捕。8000人が告訴理由が不十分ってことで裁判所があとで無効とした(正当な逮捕は4000人)。なんとまあニューヨークに住む若い黒人とヒスパニックの8割が一度は警察に逮捕され、取り調べを受けた経験があるということになっているそうで。日本だとアキバの職質増加みたいなものでしょうが、さすがNY、レベルが違うです。こえーよー。
 あとこの本で重要なのは、アメリカの厳罰化と刑務所人口の激増の動きって、ブッシュのネオコンな勢力の思想だと思っている人も多いと思うんだけど、クリントンががんばっちゃったことなんだよね。アメリカの刑務所人口の増加は犯罪学者がびっくりするほどの桁違いの動きなんだけど、著者は「リベラル左派」の究極の最先端の姿が刑務所にあらわれているということを書いているんじゃないかしら。

 訳者解説から。

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 本書が執筆されたのは、まさにこの「左派のネオリベ化」の文脈においてだった。本書は「現実路線」の名の下にネオリベラリズムの原理を受け入れた「左派」に対し、そのような「現実路線」は結局、ネオコンと親和的なものにしかならず、真のオルタナティブにはなりえないと批判するのである。このように「リベラル左派」の右傾化を、そのさらに左から批判するポジションをフランスでは「左の左」と呼ぶ。

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 おフランスも「左の左」とか立ち位置言葉の話しってあるのね、しょうもね、という意味で勉強になったなという意味でもメモなんですが、左から左を(右から右でもいいんだが)きちんと批判する人は別に嫌いじゃないし、必要だと思います。ローザ・ルクセンブルグとか、ふと思いだしますが。あと「真のオルタナテイィブ」(私はこの言葉はただ抽象的なだけで嫌い)も大事ですが、「ひとを無闇に捕まえる権力の怖さ」がまず困るです。

 念のため、くどいようですが、こういった立ち位置的な話がメインの本じゃなくて、実証的部分とか歴史的な経緯の部分を読んでいただきたい本です。