住宅政策のどこが問題か | 女子リベ  安原宏美--編集者のブログ

住宅政策のどこが問題か

日本の家計を大きく圧迫しているもののひとつが、住宅に関わる費用です。

生活の基盤を担う最重要課題が「労働」と「住居」であることは今までも書いてきました。「労働問題」については“ワーキングプア”など、社会問題化をがんばった方達のおかげで随分と一般人の方に目が触れるレベルで話題とされるようになりました。ところが住居の貧困についての報道は、派遣社員の方の「家を急に追い出されてしまったんです」というインタビューは出ますが、「なぜ、こういうことになっちゃったのか?」という社会政策を詳細に検討した分析があまりありませんでした。

 例えば、以下のような疑問があるんじゃないかなと思います。


 なぜ、日本はこれほどまでに住宅費が高いのか?
 なぜ、日本は多くの人がローンを組んで「一軒家」を持ちたいと思うのか?
 なぜ、日本の単身者の賃貸住宅は貧相なのか?
 なぜ、日本ではリバースモーゲージ市場が低調なのか?
 なぜ、適切な住宅にアクセスできない人が増えているのか?
 ほかの国でも「パラサイトバッシング」はあるのか?
 日本の若者の住宅環境の現状はどうなっているのか?
 女性単身者のマンション購入は実際どの程度すすんでいるのか?


 住宅政策のどこが問題か (光文社新書 (396))/平山洋介

 本日発売の新書です。詳細な分析+バランスもとりながら、“熱い”本です。よい本です。あとがきは「新書らしからぬ地味な本」と書かれていますが、こういう本こそが新書市場に大事だと思いますよ。生活している人と政治や歴史とつなげて語る作業は大事だと思います。何より、戦っている本ですね。応援したいという気持ちになります。

 ちなみに子どもの最貧国・日本 (光文社新書)/山野良一  」の担当編集者と同じ黒田さん。よい本を出していただいてありがとうございます。上のような疑問に対する検討がぎゅっとつまった本なのでこれ1冊あれば、「日本の住宅政策の貧困」について、主に戦後からの流れが概観できますし、国際比較も詳しく書いてあるので、住宅施策に対する各国の思想も概観できます。ぜんぜん違う考え方を採用してる国もあります。そしてエセ社会学風の「郊外化」論とか「コミュニティ」論がいかにくだらないかよーくわかります。「○○から考える」とかね(笑) “コミュニティ”とか、“共同体”とかいう前に、そういった現象は決して「自然現象」で、できたわけではありません。その自然現象じゃない部分の知識がないと「知識人」じゃないと思うんだけどなあ。


 本書から少しメモ。
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 戦前の都市部の住宅の大半は賃貸住宅であった。(略)持家の急増を招いたおもな要因は地代家賃統制法による借家経済の破壊である。政府は戦時と終戦直後の社会不安を鎮める必要に迫られ、地代家賃統制法は39年と40年、および46年に公布された。地代家賃の統制が借家供給の誘因を壊したことから、多数の世帯が持家の自力建設によって住む場所を確保しようとした。家主にとって借家の維持は負担でしかなく借家人に対する住宅の払い下げが進んだ。
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 終戦直後の住宅問題は著しく深刻であった。政府が1945年8月に発表した推計によれば、住宅の不足戸数は420万戸におよび、この数字は当時の住宅総戸数の約五分の一に相当した。(略)終戦直後の政府は緊急の住宅対策に追われ、一時的かつ雑多な施策を繰り出していた。しかし、1950年代には住宅政策の法制度が整備され、住宅問題に対する体系的な対応が始まった。住宅政策を所管する建設省は48年に組織され、住宅政策は建設政策の一環を構成した。住宅政策の中心手段として設けられたのは、住宅金融公庫法(50年)、公営住宅法(51年)、および日本住宅公団法(55年)の「三本柱」であった。住宅金融公庫は中間層の持家取得に対して長期・固定金利の住宅ローンを供給した。
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 戦後日本は会社に通う「中間層」の持家取得だけが優遇され、公営住宅供給はおまけ、民間と連携した「家賃補助」はほぼ皆無。住宅福祉は企業に担わせてきたのが日本。優遇されたものの影には冷遇されたものがあるわけですね。このあたりはなんとなくわかっている人も多いと思いますが、詳しく情報を重ねて分析されていますので、本書を読んでみてください。さらに、現状、企業の福利厚生が削られている(もしくはアクセスできない人が増えている)社会の状況にあわせて、いっしょに政府も削っています。だから、いつも言ってますけど、そもそも「大きな政府」じゃないんですよねえ。

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 公営住宅の残余性は1996年の法改正によって徹底した。収入基準のカバー率は25%にまで低下し公営住宅が対象とする低所得者の範囲はいっそう縮小した。この法改正は家賃制度を原価主義から応能応益方式に移行させた。(略)新しい家賃制度のもとでは、所得が上昇した世帯は経済的なメリットを失い公営住宅からの転出を促される。
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 公営住宅が救済するのは「救済に値する困窮者」である。ある人が住宅に困窮し、住宅保障を要求しても、それだけでは政府は動かない。日本の福祉国家は住まいは社会権を保障せず、住宅の私的所有に依存する。ここでは「救済に値する」範囲を狭め、住宅保障を小規模にとどめる政策が組まれる。

 公営住宅制度は「救済に値する」をどのように定義したのか。その残余化が始まった時点では施策対象の中心は「潜在的な中間層」としての若年世帯であった。住宅政策は持ち家取得の促進によって中間層の暮らしを支えようとした。若い世代は低所得ではあるが年齢と所得が上昇すれば持家を所得し、中間層に合流すると仮定されそれまでの期間に限って公営住宅に一時的に住むと想定された。この考え方も制度上の表現が「明け渡し義務」と「明け渡し請求」であった。若年世帯は「潜在的な中間層」であるがゆえに「救済に値する」の資格を付与された。
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 公営住宅は単身者の入居を排除していた。しかし、1980年から高齢の単身者などに限って入居が認められた。この制度改正は福岡市を舞台として75年に始まった「ひとり暮らし裁判」の成果である。単身者の住宅改善を求める法廷闘争は公営住宅の入居資格を改変させた。政府が入居要件の変更要求を受け入れたのは高齢の単身者が「カテゴリー」に当てはまることが一因である。
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 公営住宅について「民業圧迫」みたいなことを言う人もいるんですが、そうじゃないというのも本書を読んでくれるとわかります。そして、この本を読んでると、こういった住宅施策の研究は社会科学の分野より、建築関連の研究のほうが詳しいらしく、著者はそこにも問題意識をお持ちのようです。都知事選のときに、故黒川紀章さんが「霞が関を移動させて東京の真ん中にみんなで誰でも住めばいいんです」と言って笑いを誘っていた。冗談もたくさん話してたけど、社会状況をきちんと見た施策をいろいろ考えておられたのではないかと思う。楽しい人だったなあ・・。


追記

 ミドゥルタウン (現代社会学大系)/R.S. リンド
 「郊外論」や「フィールドワーク」についてきちんと勉強したい方は上の本をぜひ。うわっ高い!けど。社会調査、参与観察の名著です。基本文献というべきか。「アメリカ中都市住民の生活実態を,生活費の獲得,家庭づくり,青少年教育,余暇利用,宗教活動,地域活動への参加の6側面について,調査時点とその35年前を比較した。リンド夫妻によるアメリカ都市人類学の名著。世界恐慌を経た地域社会の変貌を生き生きと把えた。」