「もうこの問題しかやらない」 | 女子リベ  安原宏美--編集者のブログ

「もうこの問題しかやらない」

 1975年生まれの就職氷河期世代の若い記者が「派遣社員」の実態を書いた本がルポ正社員になりたい―娘・息子の悲惨な職場/小林 美希著』
 若年層の非正規雇用の実態を最初に活字媒体「エコノミスト」で取り上げた功績、綿密な取材、そこに基づく分析力には感嘆しました。本来の記者の仕事、その気迫を見せていただいた気がします。アマゾンのレビューこぞって5つ星ですね。同感です。

 あと、新人の彼女の企画をとりあげてくれたデスクやこのルポを本に残さなくてはと出版された単行本の編集者。まだ実績の少ない小さな人間の企画に耳を傾けてくれようとする人が少なくなっているなか、彼女をサポートしたまわりの人たちにも感謝したくなる本でした。彼女はほんとにかっこいい。記者や編集者はほんとに読んでほしいと思います。たったひとりでもできることがたくさんあると思います。

 彼女は自らが、何十社と就職試験を受け、民事再生法を申請したばかりの倒産会社「株式新聞」にやっと就職。そのあと週刊「エコノミスト」の契約社員記者に転職。現在フリーという経歴。経済ジャーナリストの知識があるので、ただのルポにならず、行政の動き、就職実態の数字、さらに、この「格差」の“戦犯”である識者たちの言質をきちんととりにいき、さらには、国会でこの問題を追及した枝野議員の言質もおさえています。

----以下抜粋---

 2003年の後半から、私は特集の企画に若者の雇用問題を提案したが、編集部では「雇用問題は売れない」「本当に仕事はないのか、若者が甘えているんじゃないのか」と、企画が通ることはなかった。当時は、非正社員は「フリーター=パラサイト・シングル」と見る傾向があり、若者が甘いんだ、選ばなければ仕事はあると、若者をバッシングする風潮が強かった。しかし、しつこく複数のデスクに提案すると、あるデスクが採用してくれ、2004年5月、週刊『エコノミスト』誌で、第二特集ではあったが、特集「お父さん、お母さんは知っているか 息子と娘の“悲惨”な雇用」が組まれた。

 私は、若者への取材を重ねていった。一回の特集を作り上げるまでの四週間で、雇用の現場にいる若者や、専門家など60人以上から話を聞いた。略)

 株価が下がりはじめた2000年の後半以降、決算説明会でよく聞かれたのが「構造改革(リストラ)=人件費削減」という言葉だった。略)

 証券アナリストが頻繁に人件費の内容や数字について厳しく質問する光景が(決算説明会で)多く見られた。たとえば、あるサービス業界の経営者が「当期は、正社員比率を何%から何%に減少させました。非正社員を増やしたことで、人件費は前期から何%圧縮することができました」と説明すると、アナリストはそれを評価。すると株価は反発。目先の利益が出たことを株式市場が評価したのだった。またある大手食品メーカーでも本業ではなかなか利益が出なかったことから、アナリストや機関投資家からの要請で、人件費削減が求められた。もともと人件費削減が高かったことに目をつけられていた企業だった。略)

 (派遣社員の実態を)聞けば聞くほど、この問題は、それぞれの人生だけではなく、社会全体の問題と感じた。そして、同じ非正社員として働く私が、彼女・彼らと同じ目線で、この問題を正確に記事にしていく義務を負った気がした。もうこの問題しかやらない。自分のテーマと心に決め、2004年から集中的に『エコノミスト』誌で、「出産できない職場の現実」「結婚できない男の現実」など、雇用不安から生じる若者の問題を特集にしていった。そして私が在籍中、特集「娘、息子の悲惨な職場」は最終的に五回組まれた。

 取材を通じて感じた派遣労働の問題は大きくいうと、①派遣の主旨から離れた常用雇用化 ②細切れ契約で使い捨てられる ③低賃金のまま使われ、かつ多くの派遣社員は交通費が自給に含まれることで手取りが減る ④セクシャルハラスメントやパワーハラスメントの対象にされやすい ⑤派遣会社の保険料負担逃れによる社会保険未加入問題 ⑥妊娠すると事実上解雇されたり、小さい子供がいると仕事が回ってこない ⑦「三年ルール」で突然クビ(契約打ち切り)になる ⑧就職活動で派遣の実績は評価されにくい――といった点だろう。


彼女のルポは細かいところに目を配っている。「そんなしょうもないことが」と思われるかもしれないが、他人との生活の差異はこうした些細なところからの鬱憤がたまってくるものだと思う。「食べ物の恨みは恐ろしい」って言葉があるが、ほんとうにあった殺人事件からできた言葉です。

この本の中で介護のホームヘルパーをやっている島田晴美(仮名)さんのルポを取り上げたいと思う。


看護士やホームヘルパーは高校生にとっては人気が高い職業だ。しかも、超高齢化社会を目指して求人ニーズも高い職業。介護保険制度が2000年4月から導入され、ホームヘルパーや介護福祉士などの資格を取得する人は増大した。介護保険制度が導入される前後を比べると、福祉・介護関係で働く人は1996年の114万人から2001年で177万人になり、5年間で55%増加した(総務省「労働力調査」)。略)

しかし、ここでも正社員は狭き門。介護福祉士など高度な資格をもっていても正社員としての就職は難しい。介護福祉士の試験を受けるにも、福祉の専門学校を卒業しているか2年以上の実務経験者でないと受験すらできない。晴美は、ホームヘルパーの登録スタッフとして働きながら、次の資格を取ろうと決めた。非正社員だが仕方ない。

ヘルパー2級の仕事というと、食事の世話や入浴、おむつ交換、買い物などの日常生活のサポートが主な仕事となる。晴美の住む地域ではヘルパーの自給は家事援助で850円、身体介護で1200円が相場で、社会保険は自己負担となる。地方での訪問介護には、車の移動が必須だ。移動に車で30分から1時間程度かかる場合がほとんどでガソリン代の負担は決して少なくない。朝7時から夜7時過ぎまで働いても、移動時間は時給にカウントされないため、月の月収はせいぜい12万円程度で年収にしても約144万円。これは平均的なフリーターの所得である年収120万円と同じような水準である。略)

「介護の世界はテレビCMみたいに笑顔でニッコリなんてもんじゃない」

地方では特に、他人を家に入れたくないという意識が強いことから、ヘルパーの利用はまだ都市部ほどには広まっていない。ややもすれば、ヘルパーを頼むこと自体が「あそこの嫁は舅や姑の面倒を見ない」と近所で言われかねないのが現状だ。だから、もう面倒を見切れない、という限界点にきてようやく他人を家に入れるようなケースが少なくない。

「一人でトイレに行くことができず、部屋で用を足し、汚物を壁に塗りたくるような要介護者や、台所や部屋の隅はカビだらけのようなところもあった」と晴美は振り返る。

汚物を片付けるのもヘルパーの仕事。部屋中に排泄物が塗りたくられた家をはじめて訪問したときは、しばしば立ちすくんでしまった。それでも仕事は仕事。ビニール手袋を2重にして片付けたが、臭いがついて離れない。(略)

彼氏にだけはそんな話を明かした。電話で話しているときは「大変だね、がんばれ」と励ましてくれるが、会うとなんとなく避けられているような気がした。いつもは手をつないでいれていたのに、あの話をしてからは、手をつないでくれなくなった。これは手が荒れたからではない、汚いと思われたのだろうと察したが言い出せなかった。彼氏が自分を汚いと思っていることは、感じていても本心を知りたくなかった。

問題の訪問先の仕事を続いた。75歳の男性だったが、まともな会話はできない。しかし、自分の家族の悪口だけはしっかりとした口調でたたきつけるような怒鳴り声で叫んでいる。その暴言を聞かされつづけるのも辛く、聞こえないふりをして家事をしていると、「おまえ、クビにするぞ」と怒鳴られる。しまいには、本部に「腐ったものを食べさせられた」と嘘の報告をされた。

70歳近くの男性の要介護者でも、性欲が残っている人もいる。介護の一環で、入浴できない要介護者に対して体を拭いてあげている最中にヘルパーの胸をさわるなど珍しいことではない。入浴やおもつ交換の時には、陰部に手を触れることがある。そんなときに「1万円あげるから・・・」などと性的関係を迫る人も後をたたないという。晴美もそんな経験を持つ。しかし、そこまでなら断ることができるから許せる。ある要介護者は、突然、晴美の目の前で自慰行為をはじめた。こればかりは晴美もたえられなかった。しかも射精した精液の後始末は晴美の役目だ。

(そののち、彼女はホームヘルパーを辞める)

仕事を辞める直前の2か月程度で晴美の体重は66㎏から48kgへと激減した。

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怒りを覚える人もいるかもしれませんが、これは認知症の症状でもあり、晴美さんはそこを勉強しているのでよくわかっていると思います。だから「仕事だ」と思ってモラルでようようもっているかんじがします。理性やらロジックやら、やる気で解決できる問題ではない。

よくテレビで問題になる「ゴミ屋敷」も認知症の場合も多いのではないかと思います。「異常」の文脈で報道されてますけどね。

「認知症」関連の本には、典型的事例と対処法としてこのようなことが書いております。「ものを盗まれたと騒ぐ場合」、「ガラクタを拾ってくる場合」、「近所のお店から黙って品物を持ってくる場合」、「配偶者が浮気をしているのではと疑う」、「トイレ以外で排泄する場合」、「セクハラ行為が出てきて困る場合」などなど。


 彼女の給料が年収150万円、非正規。小林さんが感じた「怒り」を感じます。


 人は誰もが老いて弱って、誰かの世話にならなくてはいけない。

 団塊世代の親父が「昨今の若者は--」とか言い出すと、私も後ろから飛び蹴りしたくなるのですが、あなたたちがボケたときに療養病床はなく、妻から愛想つかされたら、ヘルパーの世話になるのですよ。認知症で血管系での障害で前頭葉がやられた場合、病識はあります。つまり、自分が弱っている状態や断片的に自分の状況はわかります。これはかなりの「恐怖」と「不安」です。まわりにもあたる状態になります。これ男性がなるリスクが高い。女性がなりやすいアルツの場合は病識はない場合が多い(つまり本人は自分の状態がわかってない。まわりは大変ですよ、もちろん)。先日、お医者さんは「男って、ほんとかわいそうな生き物だと思います」といってました。

 人格障害と誤診されていた認知症のひとつにピック病というのがあり、これは前頭葉と側頭葉の萎縮が強く、人格が変わり身勝手な行動や反社会的行動をとる特徴があります。あとレビー小体病というのも精神疾患と間違われる場合があります。これは幻視が見えます。

 団塊世代のために、私たちやその後ろの世代が困るのはいやだから、私は飛び蹴りしたい気持ちを抑えて、あなたたちの「老い」を取り上げて戦わなければならないのかなと思っています。