「現代の貧困」論座1月号 | 女子リベ  安原宏美--編集者のブログ

「現代の貧困」論座1月号


 芹沢一也さんも今号の論座を取り上げていますが、かなり気合が入っていると思います。
http://ameblo.jp/kazuyaserizawa/entry-10021077938.html


 この号では浜井浩一さんと山本譲司さんの対談が掲載されています。これはほんとに読んで欲しい対談です。

 実は編集の高橋さんのご厚意で私は対談現場に同席させていただきました。

 浜井先生は今発売中の犯罪不安社会 の校正中の大変忙しいなか、日帰りで京都からいらっしゃった次第です。
 山本さんは初めてお会いしたのですが、「安原さん、ブログ読んでますよ」といっていただき、ちょっと感激しました。お二人のお話をお伺いながら、そらで具体的数字がポンポン出てきますので、あーこれが専門家同志の会話なんだなーと大変勉強になりました。

 とにもかくにも、編集の高橋さん、ありがとうございました。

 本当は全文読んでいただきたいんですが・・ぜひ知ってほしい話なので、抜粋しながらご紹介させていただきます。


山本 私はまず府中刑務所に収監され、翌日午前中に50人ぐらいの受刑者仲間と一緒に知能指数の検査を受けさせられたのですが、そうしたらそのうち7、8人は字が読めないらしく、「よく分からない」と言っている。1+1の意味も分からない。中には部屋を徘徊している人もいて、ものすごく大柄な刑務官が鉄格子が震えるほどの大声で怒鳴ってもまったくの馬耳東風。(略)
 ただ私はなにも分かりませんでした。たまたま特別な人たちと一緒に検査を受けたのかなと思っていたんですね。ところが本格的な服役生活を送るべき、日本最大の初犯刑務所である栃木県・黒羽刑務所に移送されても状況はまったく同じだったんですよ。


浜井 寮内工場にすら出せない人たちも大量にいます。彼らは昼も夜もずっと単独室に入ってるんですよね。「昼夜間独居」といわれますが、彼らの中には認知症の高齢者もいます。私が勤めていた刑務所でもっとも処遇困難といわれていた受刑者は中度の認知症で自分が刑務所にいること自体がわかっていない(略)。
 裁判の段階で「責任能力」なんて絶対に認定できないはずなんですが、なぜか刑務所にいる。(略)検察官が不起訴にして釈放しようと思っても引き受けてくれるところがない。行くところもない状態で釈放したらまた事件を起こすかもしれないから、起訴して公判請求するしかなかったのかもしれません。裁判官は裁判官で実刑はあんまりだから執行猶予をつけようと思っても社会の受け皿がない。老人病院や精神科病院はまず受け入れてくれない。しょうがないから実刑を出して刑務所に入ってもらおうー。高齢者や知的障害者を抱える人の多くは軽微な犯罪で入ってきていますから。無銭飲食、窃盗、そして傷害。何かかんしゃく起して相手を殴ってしまったとかね。


山本 05年1月25日、名古屋地裁は自宅で介護していた認知症の妻を絞殺した68歳の男性に「心情には酌むべきものがある」として執行猶予判決を言い渡しました。ところが彼は拘置所から出た4日目に自殺してしまった。(略)実刑判決を受けて刑務所に入っていたら、そんなことにはならなかったという見方は確かにできます。受け皿がないから実刑になる人がいる一方で執行猶予になったから自殺してしまう人もいる。


山本 いま高齢者の犯罪がものすごい勢いで増えています。警察庁が06年4月に出した「平成17年の犯罪情勢」とみると、05年1年間に38万7千人の刑法犯が検挙されていて、そのうち65歳以上の高齢者が約11%です。98年は4%ぐらいですから、この7、8年で2.5倍以上になっている。諸外国と比べてみても、日本の高齢者の犯罪率は圧倒的に高い。日本の60歳以上の受刑者率は約12%ですが、アメリカやドイツ、フランスなど諸外国はだいたい2~3%です。これはやはり日本社会に問題があると考えざる得ません。


浜井 日本は確かに諸外国に比べて、速いスピードで高齢化が進行しています。しかしそれを考慮に入れてもなお、刑務所人口の高齢者率、あるいは高齢犯罪者の増加スピードは諸外国に比べて格段に速い。そして刑務所で死亡する受刑者も急増しています。高齢者以外の死亡者数はほとんど増えていませんから、受刑が原因ではなく社会で死亡するはずだった人が刑務所で死亡するようになったと見られています。


山本 さきほど05年の刑法犯が38万7千人と言いましたが、そのうち11万4千人が万引きです。そして万引き犯のうち65歳以上が20%強にのぼります。


山本 先ほど責任能力の話が出ましたが、責任能力って、その後の刑務所処遇をまったく考慮していない議論ですよね。例えば最近話題になることが多い自閉症やアスペルガー症候群などの発達障害にしても弁護士は責任能力で争うしかないので、「犯行時にはパニックに陥っていた。それは発達障害が原因であり、要するに責任能力がなかった」という論理展開をします。(略)どうなるか。人格障害だろうが発達障害であろうが責任能力があるのだから、刑務所では健常者とまったく同じ扱いで処遇されます。(略)精神鑑定も含めて処遇に資するような鑑定をしていくべきでしょう。


浜井 刑務所に勤務していたころ、大勢の受刑者を面接しましたが「この人からはどうやって調書をとったんだろう。この人はどうやって裁判を受けたんだろう」と思うような人がかなりいました。まったく会話が成り立たないのに、調書をとったり、裁判で尋問できるはずがないだろうと(略)


山本 障害者手帳の交付基準では、最重度が知能指数20未満、重度が20から34、中度が35から49、軽度が50から75となっています。「矯正統計年報」によると新受刑者全体の約22%がIQ69以下、つまり軽度の知的障害者として認定されるレベルの人たちだということですよね。


浜井 簡易検査でIQ69以下の受刑者は。だいたい年間8千人弱入ってきます。知的障害の疑いのある全員にそんな(詳細な)検査をやってる余裕はとてもじゃがありませんし、(略)たとえ「知的障害者」だと認定したところで、医療刑務所はどこも満員状態で送れませんから処遇上何も変わりません。


浜井 過剰収容や犯罪不安の高まりは確実に連動しています。最近、「不審者を見たらすぐに警察に通報を」といった標語が街中で見られるようになりました。とにかく子供の安全も守るため、あるいは地域の治安を守るために、住民たちが「自警団」を作って地域をパトロールし、不審者を見たらすぐに通報しなければならない、それが安全な社会をつくる取っ掛かりであるという風潮が強まっています。
 それと同時に刑事司法が昔のような現場レベルでの裁量権を失っています。桶川ストーカー殺人事件がひとつの大きな転機でしたが、訴えがあったにも関わらず警察がきちんと対応しなかったために重大犯罪に至ってしまった。それで警察がより一層のアカウンダビリティを求められるようになり、現場がどんどん裁量を失っていった。


山本 犯罪被害者の存在がクローズアップされるようになったことも厳罰化のひとつですよね。新聞もテレビもこぞって「被害者(家族)は極刑を望んでいる」と報道します。それはマイクを突きつけられれば、そうコメントしますよ。だけど彼の心情はそんなに単純なものではありません。(略)
 確かに日本は被害者には冷たい。自動車自賠責以下の補填しかありません。だからそのお粗末さと、加害者の「厳罰化」でお茶を濁そうとしているところがあると思います。


浜井 そうですね。厳罰化によって被害者感情を沈静化させようという意図があるように思います。(略)北欧は犯罪被害者に限らず、災害等に遭った人に対する福祉機能がきちんと整備されていますから、被害者支援と厳罰化を結びつけた議論はされにくいようです。


 余談ですが、浜井先生は被害者の更生現場への参加を一番早く導入した首都圏の刑務所に勤務されていたので、被害者遺族や家族のことも大変よくご存知です。

 これは私の個人的な意見ですが、私も被害者家族になった経験があります。

 そこでいろいろと考えてみたわけですが、「厳罰化」は権力が一番お金とリソースを使わなくていい方法だなとしか思っていません。社会的文脈を考えると「厳罰化」ばかりを正当化しようとしている言説にはやはり疑いの目を向けています。

 ただし、これは被害者が生きている家族と死んでしまった(殺されたしまった家族)ではぜんぜん違うとも思います。私は弟でしたが生きていますし、もちろん「相手を殺したいほど憎む」という感情の発露の回路もあるべきだと思います。

 でも「被害者家族」だからって、その考え方が社会的な副作用を生んでいるのに、そこを両立させる方法を考えられなくなるってことには自分がなりたくない。

 これは私自身のキャラもあると思いますが「代わりに話す」「代わりに守る」みたいにもいわれたくもないなあと感じます。「かわいそうな人」と同情もされたくないし、「被害者」という「かわいそうな人」を演じなきゃいけないような空気に対して自己演出しなきゃいけないのかあというのも違和感がありました。

 私の場合は介護作業が大変でしたから「同情するなら金と人を出せ」と思っていました。当然の権利は権利として要求はしたい。だから、「修復的司法」とか実はあんまり興味がありません。



 1年くらいエントリー書いていて、「犯罪被害者の発見」が「刑事司法を変えた」みたいなことを書いてると、「被害者感情がわかってるのか」とかご丁寧にコメントくれたかたもいますが、あの、わかってるよ。そういった言説が新たな「排除」を生んでいることにもっと目を向けたほうがよい時期ではないでしょうか。



 続く・・・


さらに詳しい話は犯罪不安社会 」浜井浩一著 芹沢一也著 をぜひ読んでください。