今回の入院中、ついに爆発してしまい何度も大号泣してしまったのです。

 

入院なんて、私にとっては「プチ旅行」程度だったのに、

 

手術室中であっても(部分麻酔ね)

ナースや医師たちといつもくだらない話を談笑するほど余裕な私が、

今回の薬疹入院でかなり堪えてます。

 

どこから書けばいいんだろうか。

今回はいろんなことがいろんなタイミングで一斉に押し寄せてきたからかもしれません。

 

 

少し話が変わってしまいますが…

4月以降、治療がとても流動的で

いつどんな時にすぐ入院!すぐ手術!になるのか読めないため、講演自体かなり断るようにしています。

実際、今まで講演のドタキャンはしたことがなかったのに、どうにか全部こなすことができたのに、4月以降の流動的な治療によりどれほど多くの方にご迷惑をかけたかしれません。仕方がないこととはいえ、大変申し訳なく…それで講演を引き受けること自体控えるようになりました。

 

それでも万が一のリスクを承知の上、

しかも平素よりかなりお世話になっている方からの依頼だったため、8月5日に一つだけ講演の予定があったのです。

 

ここで問題発生。

 

ステロイドパルス点滴の三日工程を終え、30mgを服薬して3日目に人ごみの多い新幹線に乗って関東まで講演に行くことに、もちろん医者は断固反対です。

 

しかも、薬疹の勢いが一旦引いたかのように見えた二日目に、勢いが強まりぶり返したばかりだったので、もう一度ぶり返されないかとても心配だったそうです。

(薬疹の勢いが強く、目も真っ赤に充血し、唇も少しただれてきたので、医師たちは最重症のスティーブンジョンソン症候群を懸念してました。)

 

その後だったため、とてもじゃないけれど、退院はさせられないっと講演予定の2日前に告げられたのです。さらには後少なくとも1週間は入院が必要であることも告げられてしまいました。

(病院の標準マニュアルでも30mgでは一般的には退院できる数値じゃないのも一つの理由ですね。)

 

私はそれまでにただただ能天気で、

安直にもどうにか行けるでしょ!だだゴネれば!と思っていただけに、ショックと責任感と悲しみにうち日敷かれてしまいました。

 

しかも急遽入院となったために、

母の仕事の予定が全部狂ったのです。

入院初日からもう2週間も私につきっきりで看病してくれている母。

今ちょうど夏休みだったので、家には小学生の妹弟がいます。幸いにも親戚たちが面倒を見てくれることになったのですが、それでも親戚たちも予定があり一日中見てくれるわけではありません。

 

自分の不甲斐なさに…

本当に心苦しかったです。

 

夜もなかなか寝付けず、何度も母を起こしてしまうし、

手の血管を使いすぎて、余儀なく腕を曲げちゃいけないところに点滴が入っているため、片腕しか使うことができず、何をするにも母の助けがないと難しい状態でした。

 

母も病院に持ち込めれるだけ仕事を持ち込んできて、私の看病をしながら経理の仕事をひたすらしていたんですが、

その背中を見ながら、「一刻も早く退院したい!」という思いは強まるばかり。

 

早く退院して、早く母を解放して、楽にさせてあげたい!

妹たちにも早く会いたいし、講演にも行かなきゃいけない!

 

そんな思いの中告げられた、

「退院できない」

「後1週間ほど入院必要」

の現実。

 

自分の中の何かが切れた音がしました。

訳も分からず、ひたすら泣いてしまったのです。

 

きっと、とうにストレスの限界を超えていたのでしょう。

 

ただただ声をあげて泣くことしかできませんでした。

 

誰も悪くはないし、誰の責任でもない。

仕方のないことだからこそ、

泣くことしかできなかったんですね。今から思えば。

 

泣くことで、またどれほどの人に心配をかけてしまうのか、その時はそれすら考える余裕もなかったです。

ただの感情爆発でした…

 

案の定、大泣きの後

会う看護師、会う看護師皆に「大丈夫?落ち着いた?」と心配される羽目に(笑)

 

私的には大泣きして、感情爆発して

ストレス解散して

かなりスッキリした後だったので

なんだか気まずくて…(笑)

 

定期的にストレスを発散させなきゃいけないなって、心の底から反省しました。

そうじゃなきゃ、いきなりの感情爆発は良くない。

かなり反省中です。

ご迷惑をかけた方々、本当にすみません。

 

でも、大泣きの効果からなのか

本来なら1週間ほど入院観察しなきゃいけないところを

後二、三日観察して、特に問題なければ自宅で安静し、内服しても良いという結果になりました〜!!!

 

その後無事退院して、実はまだ色々あったんですが

話せば長くなるので、割愛させていただきます。

 

昨日皮膚科の受診をして、薬疹検査のために背中の一部を切り取っていたので、それを抜糸をして、診察もして

今日からステロイドが30mg➡︎20mgに減りました〜

 

もちろん、まだまだ自宅安静中です。

 

今回の入院、かなり堪えたのですが

しかし、実はその苦しみ以上の収穫と得られたものの方が大きかったのです。

 

それはまだ次のブログで感想を書いたいと思います!

 

 

今はもう超元気だよ〜。

 

{3B4166C0-CA14-4F34-B3EE-0E0607AAFC8E}

これは退院直前の顔。
もうすでに赤みはなく、かなり引いてます!

逆に今はステロイドの影響なのか、ニキビがかなり出てきてしまっています。
あと、もう早速ステロイドの副作用でムーンフェイス中です。
顔がまんまる。満月。 

 しばらくは、そんなまんまるな私をお楽しみくださいませ。(笑)

 

 

 

続き(注・薬疹の画像があるため、見たく無い人は気をつけてね!そこまでエグくは無いと思うけど…)




あれから… 

一旦おさまったかのように見えたのですが、

次の日(入院して2日目)の夜に薬疹が急変しました。

 

深夜、やたらと顔が赤くなり

徐々に赤い塊ができてしまい…

朝起きると、薬疹がすごい勢いで広がっていったのです。

 

{47C796D8-A426-4A82-BB62-8727CB94D4CE}

すぐさま3日目(24日)の朝からステロイドパスル点滴(1000mg)をすることになりました、が、私はB型肝炎を持っていたために、肝臓への影響も考え、半分の量であるミニパルス(500mg)を3日することに!

 

あの日々は今から思い出しても、震えてしまうほど辛かったな…

1日中、ひたすら、ただ耐えるのみ。

しかも蟻が皮膚のすぐ下を這い回っているような痒みを抑えるために、炎症を少しでも抑えるために、ひたすらキンキンに冷えたアイスノンの上に横たわるしかありません。

 

もちろんアッタカイお風呂など入ることはできません。

少しの熱でもすぐにぶり返される痒み!

冷たいシャワーでしのぐしかなかったのです…

 

しかし、ずっとアイスノンの上に横たわるのもかなり辛いのです。

だって、めっちゃ冷たくて寒いんだもん。

寒すぎて震えが止まりません、でも、アイスノンから離れると痒みが止まりません。

どっち選んでも地獄(笑)

炎症を抑える方を選び、寒さと戦いながらベットの上で一分一秒が過ぎ去るのをただひたすら待ち続けた日々…

 

しんどすぎて、スマホを触ることもできず

たくさんの人に「薬疹どうなったの?」と心配のメールをやっと返すことができたのはそれから27日、パルスが終えた次の日でした。

 

パルス点滴している3日間、

なんども言いますが、もう思い出したくもない辛い思い出です。

なのに、過ぎ去った今はもう過去の出来事として

一瞬だったなっと感じている矛盾な自分がいます。

 

最中は一分一秒があんなにも長く感じていたはずなのに、今はもう遠い昔のように感じているのも事実です。

 

人って、嫌なことはあまり記憶に残らないようになっているんだね!

と、なぜかしみじみと体感しちゃいました。

 

 

 

さて、話を戻して。

ミニパルス3日して、次はステロイド80mgの点滴➡︎60mg点滴➡︎30mg内服(今)に至っています。

 

{4A922AE6-2996-4858-BB01-C95A87277B1D}

これはかなり引いてきた時の腕の写真。



手術ではないのに、こんなにも長い入院は久しぶりです。

 

ちなみに、今回の入院中…

普段は病気のことに関してあまり涙しない私が、かなり泣いてしまったのです。(笑)

 

 

また(3)で書きます。

 

続く〜


 

ちなみに。

今はもうめっちゃ元気です!

{E48A1D56-859C-4065-95B9-C3F307E56730}


食堂で母さんと一緒にご飯を食べれるほどまでに回復はもうしてます。 

 

 

 

 

 

 

どこから書けばいいのだろうか。

実はもう入院してから、明日で2週間が経とうとしています。
 
今回は、薬疹による緊急入院です(。-_-。)
 
22日の朝、起きたら体中に小さな発疹が見つかったのです。
今飲んでいる抗ガン剤は、前にも一度服薬した事があります。
その時は服薬して9日目で重症な薬疹(滲出性多形紅斑)になってしまい、入院してステロイドの内服で抑える事が出来ました。
 
それ以降、その抗ガン剤は使わなかったのですが、肝臓癌と肺に転移した癌に対しての全身治療が無い今、
リスク承知で細心の注意と予防を払いながら、もう一度服薬しようという事になりました。
 
友人には「カナヅチのくせに、一度溺れて死にかけた海で、もう一度ビート板だけもって、溺れた場所まで泳ぐようなものだ。」と、言われちゃいました(笑)
 
しかし、今のところ残された方法はこれしか無かったので、やるしか無いのです。
 
 
 
「心配事の9割は起こらない」
 
と思っている私は、とても能天気でした。
 
 
 
それでも、前回の薬疹で一度体験した事がある「恐怖」と戦うのは結構大変でもあります。
 
意外にも、知らない方がいいことってたくさんあります。
深く考えず、とにかく根拠の無い自信が取り柄な私でしたが、このときばかりは、少しながら「恐怖」とも戦っていました。
 
 
 
しかし、現実はそう甘くはなかった(。-_-。)
 
22日の朝、体中にぶつぶつが見つかった瞬間、悟りました。
 
気持ちの持ちようしだいであっても、体にとってのアレルギーはアレルギーです。それは変えることができない事実なんですね。。。(遠い目…
 
私には完全にこの抗ガン剤に対してはトコトン、ダメだったみたい(笑)
 
 
 
 
前回の出始めの状況と良く似ていたので、すぐにこれは薬疹だとわかりました。
 
さらには、ものの30分の間にどんどん出てくる薬疹の勢いを見て
病院にすぐに電話をし、自己判断でもう病院に向かっていました。
 
病院にたどり着くまでの1時間の間も、薬疹の勢いが止まらず、徐々に赤く広がっていきます。
熱も39.2まで上がってしまい、それで精神的に焦ったのか呼吸困難の症状まで出てきちゃいました。
 
緊急ERですぐにステロイドの点滴をし、即日緊急入院です。
 
入院後にも、ステロイドの点滴を80mgし、
一旦勢いを押されることができるかのように見えました。
 
が、実はまだほんのプロローグの始まりに過ぎなかったのだと今振り返って思います。
 
続く。
 
 
 
 
 
 
{94B9AA69-7EE1-4791-99F3-20492582F747}

これが出始め1時間程度のときの薬疹です。
まだまだ大丈夫!
でも、手足症候群も合併して発症していたので、歩くたび激痛が走り、しばらくは車椅子でした!
 
{770110D3-E173-4C95-BF46-80471AD6562A}

これも出始めの頃の耳の写真。
 
 
そして、下が1日目を終えて、
一旦勢いが治ったかのように見えた耳の写真。
 
{A264BFCE-DC8D-4F16-982B-B292E9A603AC}
 
あれ?もうほぼ無いじゃん!治った!
と、私も思っていました。
 
続く
 
 
 
 
 
 
 
 
太陽さんさん、麗らかな午後
私は久々に街中を散歩しておりました。

しかし、4月からの入退院と自宅療養で
完全に体力(筋力)が落ちきっていた私はものの1時間ほどですぐにバテてしまっています。

どれほど体力がないのか…
例をあげていいましょう。

階段の上り下り一階分で必ず一度休憩を挟んでしまうほどです。
渡りきらないのです。

運動が限りなくゼロに等しい私の筋力もまた、衰えきっておりました。
動かなさすぎて、全身カッチコッチです。
膝周りが特に動きません。

これもまた…
例をあげていいましょう。

階段の上り下りでは、利き足だけで登るのが楽になってしまっています。
幼稚がえりと、言われちゃいました。
(もちろん外出先では恥ずかしいので、その時は両足で登っています。)


まあ。
そんな衰えきっている私が
炎天下の中、1時間も歩けたらいい方と言っていいでしょう!ね!

「疲れたな〜どこか座りたいな〜」
と心中思っていると、今はやりのストレッチ教室で無料体験が!興味もあったので迷わず入ってみました〜

最初に体の「程度」を測るために前屈をするのですが…そこで本日の大事件が起こったのです。

前までは余裕で手のひらペッタンと地面につけたのに、今や届きさえしない…!
悔しくて、
「えいっ」と力入れてつけてみたら…


……。


お腹つりました。


お腹って、つるんですね。

…恥ずかしい。


体力をつけようと決めました。
筋力もつけます。

運動も…
……たまにします!

と、今は固く誓っている私なのでした〜。








雨上がりに咲く向日葵のように ~「余命半年」宣告の先を生きるということ/山下 弘子
¥1,393
Amazon.co.jp
人生の目覚まし時計が鳴ったとき/山下 弘子
¥1,296
Amazon.co.jp

 

 

今日は朝からIGTクリニックに

6月末にした塞栓術の術後検診に行ってきました( *`ω´)
相変わらず、CT造影検査してフラフラなうです。
家に着くや否や迷わずベッドにダイブしてブログ書いてます。
 
結果は超良かったです( *`ω´)
 
下の画像のように
あんなにも大きかった腫瘍がこんなにも小さくなってました(^-^)しかも結構壊死してます!
{535C3471-C1B8-4EC8-B883-2B408202A42D}

これが3ヶ月前の画像で
{D0273E99-E1EB-4AE7-B90C-6E8F46FC3B12}

これが今日の画像です( ^ω^ )
 
 
腫瘍マーカーも下がり始め
他の数値も大丈夫( *`ω´)肝臓も悪くなってない!
 
さらに4月のときに
気管支に滲出していた腫瘍もこんなに小さく!
{B0B8B51E-5AA1-4C35-B920-92F2A3DAE605}
 
{C6C69DA3-7708-4A49-9B23-E29F034ABF55}

肺の通りも大丈夫!
 
 
とりあえず、一安心です( ^ω^ )ふぅぅぅ〜
 
今更ながら、4月の時点は本当にヤバかったそうです(°_°)あと1週間でも遅れていたらどうなっていたことやら。
 
過ぎ去ってしまった今だから、こうして振り返ると「危なかったなぁ〜。」「そんなに深刻やったんやな〜。」とヒヤヒヤしてますが、
その最中の時は、もうただひたすら前向きに頑張り続けるしかないので、特に深く考えなかったものです。
 
こういう性格が本番に強い性格なのかもしれないね!
(そうなんです。意外にも最近のわたしは何故か本番には強いんです。てへ。)
 
さて。
相変わらずフラフラしてるので、
ちょっとお昼寝します。
おやすみなさーい( ^ω^ )