12月20日付けの『比島戦跡旅行記 神風特攻第1号・関行男大尉-2』の続きです。

 

昭和19年10月25日 (1944年) マバラカット基地

早朝のマバラカット飛行場は、第二航空艦隊の通常攻撃や第一航空艦隊の神風特攻の出撃準備で、緊迫した空気が張り詰めています。

 

❏午前6時50分 第二航艦・通常攻撃隊の出撃

マバラカット西飛行場から、通常攻撃を行う第二航艦(福留中将)の零式戦闘機12機と艦爆機5機(彗星)が、ルソン島南部レガスピー沖のハルゼー・第38機動部隊に向けて出撃します。

 

日本海軍・艦爆機・彗星

 

マバラカット東飛行場からは、第二航艦の九九式爆撃機24機が飛び立ち、隣接のバンバン飛行場からも、零式戦闘機35機が轟音を響かせて出撃して行きます。

 

日本海軍・九九式爆撃機

 

ところが、ハルゼー・第38機動部隊は、前日の夕刻から北方に展開する小沢機動部隊の攻撃に向けて既に転進しており、目指す海域に敵機動部隊の艦影はありません。第二航艦大西中将の神風特攻の依頼を拒絶して通常攻撃だけを行う第二航艦の総出撃(76機 )は、またしても空振りに終わってしまいます。

 

❏昭和19年10月25日  午前7時頃 

通常攻撃の第二航艦が出立した後のマバラカット西飛行場では、神風特攻を行う第一航艦の関行男大尉の敷島隊6機とラバウルの撃墜王と呼ばれた西澤廣義飛曹長が率いる直掩4機の出撃準備が慌ただしく進められています。

 

敷島隊の6名と惜別の言葉を交わす山本指令

写真左端:敷島隊長・関行男大尉

 

関行男大尉の敷島隊は四度目のやり直し出撃になることから、第一回目出撃の四日前の盛大な出陣式と比べると静かな見送りです。

 

前回までの出陣式は、浅井航空司令代行が仕切っていたのですが、四度目となる今回は、飛行機の不時着事故で左足を骨折して長期入院していた第201航空隊司令の山本栄中佐(上写真:松葉杖)が、副島軍医大尉に不自由な躰を支えられて、マバラカット西飛行場に現れ、敷島隊の特攻6名と惜別の言葉を交わします。

 

❏昭和19年10月25日  午前7時25分 敷島隊・四度目の出撃

 

四度目の出撃をする関行男大尉の零戦

 

出立する関行男大尉の零式戦闘機・識別番号888(上写真)に向けて、右手を振る松葉杖姿の山本司令(写真右端)と左手を後頭部に当てて帽子を振る副島軍医大尉(写真中央)の姿が見えます。副島軍医は、三度の出撃を繰り返して懊悩する関行男大尉を傍らで静かに見守って来たルームメートです。

 

敷島隊の特攻6機が飛び立つと、続いて、敷島隊を掩護する直掩隊の西澤廣義飛曹長(ラバウルの撃墜王)、本田慎吾上飛曹、管川操飛長、馬場良治飛長の零戦4機が離陸して行きます。

 

敷島隊に課せられた命令は、栗田艦隊のレイテ湾突入を成功させる為に、ルソン島東沖ーレイテ島東沖ーミンダナオ島東沖一帯に展開する敵機動部隊の航空母艦の飛行甲板を破壊して航空攻撃を阻止することでした

 

ブルネイからレイテ湾に向かう栗田艦隊

 

❏昭和19年10月25日  午前7時~8時頃 サマール島沖

ブルネイからレイテ湾を目指す栗田艦隊は、サマール島沖にて米軍第七艦隊所属の護衛航空母艦群(タフィ3)を発見。実際の戦闘で発射する機会のなかった戦艦・大和の46cm主砲弾や15cm砲弾を、32,000mの遠距離から104発発射しています。

 

第七艦隊の護衛空母を砲撃する戦艦・大和

 

米軍発表による大和の主砲弾の効果は、護衛空母(ホワイト・プレインズ )と駆逐艦 (USS Johnston, DD-557)の損傷程度で、撃沈による喪失は皆無だったようです。

 

❏10月25日  午前10時10分 敷島隊 サマール島沖到達

敵空母を求めて南下していた関行男大尉の敷島隊は、レイテ沖を航行序列を崩して進む栗田艦隊を上空から視認しています。 

 

その後、米国陸軍部隊のレイテ島上陸を支援するマッカーサー大将管轄下の第七艦隊の護衛航空母艦群(タフィ3)を発見します。

 

タフィ3の司令官・クリフトン・スプレイグ少将

 

第7艦隊所属の護衛空母群(タフィ3)は、 商船などを改造した木造滑走甲板の補助空母です。正式空母の能力と比較すると、攻撃力も防御力も格段に弱く、搭載機も30機程度。速度も遅くて戦艦と行動を共にすることも出来ません。対潜・対空哨戒、陸軍の上陸支援、戦艦搭載の水上艦艇の直掩を主任務とする部隊です。 

 

❏午前10時45分 敷島隊、海面ギリギリの超低空飛行で護衛空母に接近

レイテ湾突入をする筈の栗田艦隊の側面支援をする絶好の機会を得た敷島隊5機()は、敵のレーダー探知を避けて海面ギリギリの超低空で体当たり目標の航空母艦群に迫ります。)特攻6機の内1機がエンジン不調でレガスピー飛行場に不時着。

 

四回目のやり直し出撃で散華した敷島隊の特攻5名

敷島隊指揮官:関行男大尉(23歳)、谷暢夫一飛曹(20歳)、

中野磐雄一飛曹(19歳)、永峯肇飛長(19歳)、大黒繁男上飛(20歳)

 

❏午前10時49分 体当入り特攻の開始

直掩隊・西澤飛曹長の報告によれば、敷島隊の特攻5機は、目標の手前から一斉に急上昇して上空1,900mあたりで二隊に別れ、関大尉の両翼を振る攻撃開始の合図で急降下に入ります。

 

250kg爆弾を抱いて急降下する神風特攻機

 

先ず最初に、一番機の関大尉が護衛空母の「ホワイト・ブレーンズ」を目掛けて急降下、間髪をいれず三番機の谷一飛曹が続きます。重い250kg爆弾を装備しているために空戦の出来ない特攻機を掩護するために直掩機の管川飛長が後を追います。

 

❏午前10時52分 関大尉、護衛空母「セントロー」に突入

「ホワイト・ブレーンズ」に向かった2機の内の1機は、敵の対空砲火に被弾、急遽目標を変更して護衛空母「セントロー」の飛行甲板に激突します。「セントロー」は大爆発を起こして11時23分に沈没。米軍側の戦死者=114名、負傷者=約400名に達しています

(米軍記録より)

 

商船を改造した護衛空母「セントロー」

 

1時間後に沈没したセントロー

 

❏護衛空母「ホワイト・ブレーンズ」に突入
「ホワイト・ブレーンズ」に向かった三番機の谷一飛曹は、対空砲火に被弾して左舷艦尾の海面に激突。250kg爆弾の至近爆発で「ホワイト・ブレーンズ」を破損(米軍記録)

 

護衛空母「ホワイト・ブレーンズ」

 

「ホワイト・ブレーンズ」の左舷艦尾に迫る特攻機

 

❏護衛空母「キトカンベイ」に突入
別の一機は、「キトカンベイ」に機銃を乱射しながら急降下。艦橋を飛び超えて左舷側通路で大爆発を起こして海中に転落。250kg爆弾の至近爆発で「キトカンベイ」を破損。

 

護衛空母「キトカンベイ」

 

「キトカンベイ」の艦橋目掛けて突入する特攻機

 

❏護衛空母「カリニンベイ」大破
残りの二機は、護衛空母「カリニンベイ」に向けて急降下。対空砲火を受けた先頭機は、左舷飛行甲板に突入するも250kg爆弾が起爆せず、飛散した特攻機のガソリンで甲板が火に包まれた。爆撃効果が薄いと判断した別の一機が、30秒後に左舷中央甲板に突入。「カリニンベイ」を大破に追い込んだ。(米軍記録より)

 

護衛空母「カリニンベイ」

 

爆発炎上する「カリニンベイ」

資料によっては、「カリニンベイ」に突入したのは、関大尉と谷一飛曹とする説もあります。


護衛空母「ホワイト・ブレーンズ」の戦闘記録には、『六機の自爆機の内、目標を外れたのは一機のみ』とあります。 特攻機と直掩機の違いが分からない記録係は、特攻機への対空砲火を分散させる任務を果たした直掩隊の管川飛長機を特攻機と勘違いしたようです。

 

人間が自爆特攻するという前代未聞の神風特攻を初めて経験した米兵は、機体が甲板に激突したのは、爆弾投下後の急上昇に失敗した操縦ミスだろうと思ったそうです。ところが連続する体当たり攻撃を見て、俄には信じ難い『自爆攻撃』と知って恐れ慄いたそうです。

 

次回に続きます。