長い海外駐在生活を終えたhiro-1が念願のタイ国に移り住んで繰り広げる生活のあれこれ。或る時は、大学のタイ語学科でタイ語を学び、歴史学科ではアユッタヤー王朝の外交史を専攻、或る時は、自家用車を駆ってタイ国内の遺跡を巡り、又或る時は、タイの文化を覗き見る自由で気儘な生活写真日記です。
1 | 2 | 3 | 4 | 5 |最初 次ページ >>
2012年02月16日(木) 07時15分58秒 posted by hiro-1

①太平洋戦争下で勃発した日本とタイの戦争?

テーマ:タイ南部地区
昨年末から今年の正月にかけてマレー半島のタイ南部のフアヒン郡に滞在した折に、フアヒンの町から約85km南にあるムアン・プラチュアップキーリーカンの郡を訪れました。
 
タイ湾に沿うようにして南北に伸びるムアン・プラチュアップキーリーカン郡は、1941年12月8日(昭和16年)、大日本帝国海軍の対米国戦線のハワイ真珠湾奇襲攻撃作戦と時を同じくして、帝国陸軍による対英国戦線のマレー半島強襲上陸作戦(注) の火蓋が切って落とされた上陸地点の一つです。

  (注)
マレー半島強襲上陸作戦
     太平洋戦争開戦時における大日本帝国軍隊の戦略目標は、豊富な天然資源を持つオランダ領
     インドネシアの占領であったが、その占領作戦の遂行に当たっては、マレー半島とシンガポールを
     植民地とする英国を攻略する必要から、真珠湾攻撃と同じ日に実施された強襲上陸作戦です。


タイに魅せられてロングステイ  タイに魅せられてロングステイ
     左図:(赤印)マレー半島に位置するタイ国のプラチュアップキーリーカン県      
     右図:1番=ムアン・プラチュアップキーリーカン郡 、 7番=フアヒン郡
         

日本海軍によるハワイ真珠湾攻撃があまりにも有名すぎて、同じ日に、日本陸軍によって実施された対英国戦線のマレー半島強襲上陸作戦(E作戦)を記憶されている方は、意外と少ないかも知れませんね。

日本海軍のハワイ真珠湾攻撃は、米国に対する宣戦布告の直後に攻撃開始の筈だったにも関わらず、駐米日本大使館の不手際によって、日本政府の意に反して宣戦布告をしないまま開戦に突入することになってしまった・・・つまり不名誉な騙し討ちをしたに等しいとする厳しい歴史書を読んだ覚えがあります。

一方、同じ日に実施された日本陸軍による対英戦線のマレー半島強襲上陸作戦(タイ上陸作戦)の概要を読んでも、開戦前に英国に対して宣戦布告をした様子は見えません。

なんとなれば、日本陸軍による対英国・マレー半島上陸強襲作戦(E作戦)の開始を命令する『 ヒノデハヤマガタ 』 の符丁電信が打電されたのは、ハワイの真珠湾攻撃の開始よりも
1時間20分も前だったというのですから驚きです。

つまり、此のことは、マレー半島強襲上陸作戦(タイ強襲上陸作戦)は、最初から、駐米日本大使館が米国政府に手交することになっていた宣戦布告よりも早い時点で戦闘開始する手筈になっていたことになりますね。


日本海軍の真珠湾作戦の開始命令の符丁電信は 『 ニイタカヤマノボレ 』、作戦成功の電信符丁は 『 トラトラトラ 』 であることは多くの人が知っていますが、マレー半島上陸作戦の攻撃開始命令の電信符丁が 『 ヒノデハヤマガタ 』、作戦の成功が 『 ハナサク 』 だった事は、今回の小旅行で初めて知りました。

タイに魅せられてロングステイ<  タイに魅せられてロングステイ
南方作戦の開始を報ずる当時の新聞と戦後出版された南方作戦の書籍

1941年12月8日(昭和16年)、午前6時頃、僕が訪れたタイ南部のムアン・プラチュアップキーリーカン郡の遠浅の海岸に強襲上陸したのは、帝国陸軍・南方軍(総司令官 寺内寿一 大将) 傘下の第15軍(司令官 飯田祥二郎 中将)に属する徳島歩兵第143連隊の宇野支隊の一部(兵士1007名、馬100頭、自動車40両)でした。 

日本海軍が徴用した輸送船の浄宝縷(ジョホール)からプラチュアップキーリーカン郡・マナーオ湾に強襲上陸した宇野支隊は、当初は平和進駐のつもりだったようですが、タイ政府と駐タイ日本大使館の平和進駐に関する事前協議が成立していなかったことから、上陸するやいなやタイ国守備隊と戦闘状態に突入するも、30分後には、海岸近くのタイ軍の飛行場は日本軍によって占領されてしまいます。
 
午後になってから、駐タイ日本大使館とタイ政府の緊急協議によって停戦協定が成立するも、通信機の不具合で最前線部隊に伝わらず、戦闘は8時間以上に渡って続き、両軍の間で400人以上の犠牲者が出たとする記録が残されています。

領土不可侵を含む日泰友好和親条約を締結していた両国の間で勃発した 『 日タイ戦争 』でしたが、戦闘翌日には、『 日本軍のタイ国への平和進駐に関する協定書 』 が締結されたことによって、まるで何事もなかったかのように処理されてしまったようです。

アジア各国を仕事で何度も訪れたことのある僕は、大日本帝国軍隊によって虐殺された人々の慰霊碑が彼方此方に存在していることを承知していますが、マレー半島のタイ領土内で勃発した 『 日タイ戦争 』 の慰霊碑の存在については一度も耳にすることがなく、前々から不思議に思っていました。

$タイに魅せられてロングステイ
ムアン・プラチュアップキーリーカン郡の長い海岸線

今回、ムアン・プラチュアップキーリーカン郡の町を訪れるに際して、歴史教科書に記載されていない 『 日タイ戦争 』 の慰霊碑の存在を、タイ人の知り合いに調べてもらったのですが、『 話し合いによる無血上陸だから、慰霊碑なんて存在しない 』 と軽くいなされてしまいました。

こうなると、現地に出向いて、自分の足で『 日タイ戦争 』 の現場を見つけ出して確認するしかありません。

次回に続きます。

2012年02月14日(火) 07時15分40秒 posted by hiro-1

入国管理官の単純ミス

テーマ:我が家の出来事
年末から正月にかけて訪れたタイ南部の 『 大日本帝国軍隊・タイ強襲上陸地点 』 のブログ記事でも書こうかなと思いつつ DESK・TOP・PC の席に腰を降ろすと、日本への一時帰国が近づいた家内からの伝言メモがキーボードの上に置いてありました。
   
   ① タイ在住1年査証の満期月日を年間予定表に記入して置くこと。
   ② 次回の90日連続在住届け日を年間予定表に記入して置くこと。
   ③ 入国管理局発行書類の記載項目の正誤をチェックして置くこと。


数日前にタイ入国管理局に出頭して、1年間の滞在査証の更新とタイ再入国許可証(1年間のマルチ)を入手したばかりですが、PC故障などでバタバタしていた事もあって、海外生活者にとって重要な滞在書類内容の再確認や有効年月日(更新日)の年間予定表への落とし込みを怠っていたことに気付きました。

自分のパスポートに記載してある上記①と②の日付けを、自分の年間予定表に記入してから、上記③に関わる書類の一つである 『 再入国許可証(マルチ)』 の有効年月日をチェックしていて目が点になりました。

   ■ RE-ENTRY PERMIT : Valid until Feb.XX 2012

マルチプルの再入国許可証を取得したにもかかわらず、これでは、あと数日で無効になってしまいます。 慌てて、再入国許可証と同じ日に取得したタイ滞在査証の滞在許可期間を
チェクすると・・・ちゃんと正しく 2013年 と記載されています。

   ■ EXTENSION OF STAY PERMITTED UP TO XX FEB.2013

明らかに、RE-ENTRY PERMIT の係官が、2013年と書くべきところを、2012年度と書き間違えてしまったようです。 

このまま気がつかないで出国してしまうと、20年以上も継続維持してきた滞在査証をたちどころに失ってしまい、あの煩雑な新規の査証取得申請を再び行う破目に陥ってしまいます。

急遽、此の日の予定を全てキャンセルして、車で往復80分かかる入国管理局へと向かい、官職や職制を示す肩章付き制服を身に纏った見るからに厳しそうな女性係官に訂正を要求しました。

すると、彼女は、赤ペンを握って2を3に書き直し、その傍に小さな署名を入れてから、ニッコリと笑いながら 『 これで良いですか? 』 と言います。 

此方としては、そのような事を訊かれても答えようがなくて困ってしまい、『 これで大丈夫ですか? 』 と鸚鵡返しに対応するしかありません。 女性係官は、何も言わずに、片手を腰の位置で小さく振って別れの挨拶を送ってくれただけでした。
  

バンコクに戻ってから、入国管理業務の事情に詳しい友人に事の経緯を話したところ、僕が速やかに入国管理局に出頭して訂正要請したのは大正解だったと言います。

そのまま出国すると、取得済みの滞在査証を間違いなく失います
パスポートの記載項目の正誤確認は、旅行者の義務なのです
入国管理官が自分の記入ミスを謝罪することはあり得ません
泣く子と地頭には勝てないのです
彼らに道理で立ち向かっても、此方が血みどろになるだけです

日本の入国管理局でも、外国人に対して似たような対応をするのでしょうかね?





2012年02月12日(日) 13時21分00秒 posted by hiro-1

PC故障! 新PC購入!

テーマ:我が家の出来事
西暦2003年の正月から愛用していた家内の DELL・DESK・TOP・PC が4日前に故障、復活を願って3日間ばかり悪戦苦闘したのですが、所詮は素人の生兵法、手の施しようもなくなって、PCの修理業者にSOSの電話をする体たらくと相成りました。

僕   『 日本の100V仕様を変圧器で使って来たのが原因ですかね?
業者 『 これは故障と言うよりも、寿命だと思いますね 
僕   『 修理は可能ですか?
業者 『 このタイプの部品はタイでは手に入らないと思いますね


僕が現在使用している DESK・TOP は、タイに来てから既に3台目なのですが、過去の2台が全て御釈迦になったことを考えれば、家内の DELL・DESK・TOP・PC は10年も持ち堪えてくれたのですから、寧ろ褒め称えてやるべきなのかも知れません。

家内 『 次はDESK・TOP・PC ではなくて、NOTE・PC が欲しいわ 』 
家内 『 東京の留守宅に戻る時も、NOTE・PC なら携帯できるしね

DESK・TOP の大型画面や大型キーボードに慣れた僕としては、NOTE・PC の購入は避けたいところですが、老妻のたっての望みとあれば無下に拒否することも出来ません。

業者 『 ACER ASPIRE 4752-Z,2.0GHZ,DDR 34GB,HDD 500GB はどうですか?
僕   『 僕の予備機としても使用したいから HDD 750GB は欲しいですね 』 
業者 『 500バーツ(¥1,270)追加して戴ければOKですよ 』 
僕   『 DELL機のHDD内のデーターを ACER ASPIRE に移して貰えますか? 』 
業者 『 HDD は壊れていないので大丈夫ですよ


かくして、本日の午前中、家内用の新しい NOTE PC が我が家に届きました。

インターネットとe-mailのセッティングを完了。
主を失ったDELLの大型画面をNOTE PCの第2画面として再利用することにしました。
更に、廃棄するDELL・DESK・TOPからHDDを取リ出して外付きHDDとして再利用することにしました。長いこと頑張ってくれたDELL・PCの臓器移植ですね。


家内 『 サクサクと動くし、画面の色彩も綺麗に出るわね
家内 『 3月に帰国するときに持参するわ、楽しみだな!


日本の田舎で一人で生活している91歳の実母の面倒を見るために、バンコクと日本を頻繁に往復しなければならない家内の楽しみが新たに加わったようです。
2012年02月10日(金) 15時17分15秒 posted by hiro-1

タイ国鉄・南路線のフアヒン駅

テーマ:タイ南部地区
昨年末から今年の正月にかけて、タイ南部のマレー半島の付け根にあたるプラチュアップキーリーカン県を旅した折に、タイ国・鉄道公団・南路線のフアヒン駅に立ち寄りました。

この日は、プラチュアップキリカン県の最南端に位置する帝国日本軍のタイ侵攻上陸地点を見学してから、同県内の最北端にあるフアヒン郡に向かったので、目的地のフアヒン鉄道駅に到着した頃にはすっかり夜の帳が下りてしまい、お目当てのフアヒン駅舎はイルミネーションの中で仄々と浮かび上がっていました。

タイに魅せられてロングステイ
駅前通りの狭い道を進むとタイ風建築様式のフアヒン駅の事務棟が見えて来ました。

フアヒン駅の在るタイ鉄道公団の南路線は、バンコクのフアラムポーン駅(別名:バンコク中央駅)からマレーシアを経由してシンガポ-ルに至る総延長1946kmの国際鉄道路線も兼ねていることから、3ケ国を旅する外国人からはマレー鉄道の名前で親しまれているようです。

タイに魅せられてロングステイ
タイ風建築様式が色濃いフアヒン駅の一般客待合室に通じる正面玄関

フアヒン駅舎の中で聞いた話によれば、マレー鉄道の運営は、バンコクからマレーシア国境のソンクラーン県のパーダンブサール駅まではタイ鉄道公団の管理責任、その先のマレーシア領土内からシンガポールまではマレーシア国鉄が管轄しているとのことでした。

タイに魅せられてロングステイ
駅前広場の枝木にぶら下がるイルミネーションの向こうに見える旧タイ王室専用待合室

駅前で駐車場スペースを探すも見当たらず、タイの伝統的建築の塗装が為された一般客待合室入り口の前を通り過ぎて、北寄りの方向に向かうと、フアヒン駅構内の一隅に旧タイ王室専用待合室(上写真)の輪郭が樹木の枝木からぶら下がるイルミネーション向こう側に見えました。

車をフアヒン駅の北寄りのホームに近い駐車場に入れて、旧タイ王室専用待合室を道路側から見上げると、まるでチョコレートの建物を思わせるかのよう様な不思議なムードが漂う佇まいです。(下写真) 
タイに魅せられてロングステイ
御伽ばなしに出てくるような佇まいの旧タイ王室専用待合室  

タイ鉄道公団の駅構内への入場は、バンコクの中央駅(フアラムポーン駅)でも、小さな田舎駅でも同じシステムですが、鉄道乗車券がなくても誰でも自由に出入りできます。

フアヒン駅でも、カメラを携えた通りすがりの外国人が、プラットフォームでウロウロしたり、鉄道線路の上で寝そべって記念写真を撮ったり・・・なんとものんびりとした雰囲気(下写真)が漂っていました。


タイに魅せられてロングステイ
プラットフォーム上の旧タイ王室専用待合室越しに見たフアヒン駅舎の構内

その昔のタイ鉄道は、ビルマ(現ミャンマー)に向かう西路線、ラオスに向かう東北路線、そして、マレーシアに向かう南路線などのように、アジア大陸を結ぶ国際鉄道網を四路線も運航していたようですが・・・

現在のタイ鉄道公団は、お世辞にも綺麗とは言い難いローカル列車のダイヤの合い間を縫って、臨時の豪華国際列車(イースタン・アンド・オリエント・エクスプレス)と定期国際急行列車を走らせている南路線が唯一の国際列車路線として残るのみです。


タイに魅せられてロングステイ
フアヒン駅のプラットフォームに残る旧タイ王室専用待合室

タイ国最初の鉄道敷設工事(バンコク → アユタヤ → ナコン・ラーチャシマ)が始まったのは1891年(明治24年)ですが、タイ国最初の路線となるバンコク → アユタヤが開業したのは
1894年(明治27年)でした。


それから17年後の1911年(明治44年)、ブラチャットチャイヤーコーン親王によって、バンコクからマレーシアに繋がる南路線が開通した事により、当時英国の植民地だったマレーシアから多くの英国人が保養のために南路線のフアヒン駅に降り立つようになります。

タイに魅せられてロングステイ
フアヒン駅のプラットフォームに残る旧タイ王室専用待合室の全容

1920年代に入ると、タイ王室のラーマ6世のマルカタイヤワン御用邸、ラーマ7世のアンクライカンウォン御用邸や親王の御用邸などが相次いでフアヒン郡の海浜近辺に建てられるようになり、タイ王室の暑季の別荘地として名高くなります。

1924年(大正13年)には、ホアヒン駅のすぐ隣にタイ・ゴルフ発祥の地となる王室専用のゴルフ場がオープン。此のゴルフ場は現在もありますが、今では Royal Hua Hin Golf Course として一般客相手の営業を行っているとのこと。


タイに魅せられてロングステイ
フアヒン駅構内に据えられていた銀河鉄道を想わせる蒸気機関車

1927年(昭和2年)、フアヒン駅のプラットフオーム上に建設されたタイの伝統的木造様式による鉄道待合室は、フアヒンの海岸に面したスペイン風のアンクライカンウォン御用邸に度々来られた当時のタイ国王(ラーマ7世)のために、態々設けられた専用待合室だったようですね。

タイ人によっては、王室専用待合室は、国王のラーマ6世のために建てられたと説明する人もいましたが・・・ラーマ6世の崩御は待合室完成前の1925年11月であることから・・・チョットばかり説得力に乏しいような気もするのですが・・・それでも、ラーマ6世説を唱える人々は、ラーマ6世が御壮健だった頃に立案された建物だからと言い張って中々自説を譲ろうとしません。 

因みに、現在の待合室は、1968年(昭和43年)に昔の図面に従って忠実に再建された記念館なので、現在は全く使用されていないそうです。


リゾート地としてのフアヒンは、アメリカ人や日本人の老若男女の多くが好むプーケット、サムイ島、そしてパタヤのような華やかさには欠けるのですが、僕のような静かさを好む定年後のGちゃん、子供連れの家族、或いは、大人しい海浜スポーツを好むタイ人セレブや欧米人には打って付けのリゾート地のような気がします。

タイ王室の滞在型避暑地として名高いフアヒン
タイ人セレブの週末避暑地としてのフアヒン
欧米人が好むロング・ステイ地としてのフアヒン


最近、バンコクからチェンマイに滞在拠点を移す日本人ロングステイヤーが少なくないようですが、若しも僕がバンコク以外の移転先を考えるとするならば、迷わずにフアヒンの地を選択するだろうと思います。
2012年02月06日(月) 07時15分31秒 posted by hiro-1

通称名が多過ぎるほどあるのに素性不明の花

テーマ:花木

何処にでも咲いている野花の類だろうと思って、ろくに調べもしないで、PC箪笥の肥やしと化している名無しの権兵衛の花が数多くあるのですが、コンドミニアムのタイ人庭師さんとの花談義の中で、思いもよらず名前が判明することが少なくありません。

本日の花は、去年の4月中旬頃にバンコクの何処かで撮影して放置したままになっていたのですが、いつもの庭師さんと雑談をしている最中に花名が判明した中の一つです。 

バンコクの道端で叢生していたドーク・アスターの花 

  小生 『 この菊に似たような花のタイ語名は何ですか? 』 

  庭師 『 ウーン・・・タイ語としての花名は無いですね

  小生 『 やはり、名無しの野花ですか?

  庭師 『 外来語だけど、ドーク・アスター  ดอกแอสเตอร์ という名前があるよ


ドーク・アスターのドークは、花を意味するタイ語のドーク・マイ ดอกไม้  の略語です。 一方、アスター แอสเตอร์ は何処かの国の言葉のようですから、正確には外来語+タイ語がミックスした呼称なのですが・・・ あまり些細なことにとらわれないで、素直にドーク・アスター をタイ文字の ดอกแอสเตอร์ で検索すると・・・何と一発で引き当たりました!
 

ドーク・アスターは名無しの権兵衛ではなく、キク科アスター属の花でした!

アスター
  aster の語源はギリシャ語の『  』と分かりましたが、僕の感覚では、と言うよりものイメージに近いですね。早速、植物分類を見ると、案の定、キク科のシオン・ヨメナの類に属する 『 アスターの花 』 と記載してある記事が目に入りました。
  
  
  ■学名: Aster hybridus  ■科名:キク科  ■属名:アスター属(シオン属)    
  ■俗称: Aster =  แอสเทอร์ 、 Dook Aster = 
ดอกแอสเทอร์ Astraea =  แอสเตรเอีย 

 

 

東京都下の自宅の庭に咲く松葉菊・・・一寸見はよく似ていますが・・・

ふと頭に浮かんだのが、東京都下の我が家の留守宅で咲き続けている松葉菊 (上写真)です。きっとアスターの花と同じ仲間に違いないと思って松葉菊の植物学分類をチェックしたところ・・・豈図らんや、両者は全く似て非なる花でした。

  ≪松葉菊の分類≫
  ■ 学名:Lampranthus spectabilis    ■ 科名:ハマミズナ科 Aizoaceae

   ■ 属名:マツバギク属 Lampranthus    ■ 種名:マツバギク L. spectabilis

 
アスターの花の草丈は50~150cm、放射線状に開花する花径は2cm前後


アスター
も松葉菊も、花弁が放射線状に開花するのは似ていますが、中心の筒状花の色は、松葉菊が白色、アスターが黄色と異なっています。 松葉菊の紫色の花弁の方が、アスターのライラック・ブルーの花弁よりも秩序正しく整然と開花しているように思われます。 多弁花のアスターの色は、ライト・ブルー以外にも、友禅菊などとの交配によって紫青、藤色、白色などもあるらしく、その種類は100種類にも及ぶとか。

上写真のアスターには、別の植物の黄緑葉が写り込んでいて紛らわしいのですが、アスターの葉はもっと小さくて互生、形状は
倒披針形だったように記憶しています。花を撮影するときには葉のアップを撮る様に心掛けているのですが、この時は撮り忘れてしまったのか、それともPCの誤操作で失ってしまったのか・・・見つかりませんでした。


可憐な野菊の花を思わせるようなアスターの花

外来語をタイ語化した呼称にも、Aster =  แอสเทอร์ 、 Dook Aster =  ดอกแอสเทอร์ Astraea =  แอสเตรเอีย の三種類があることはご紹介しましたが、英語名でも、アスター、マーガレット・アスター 、パステル・アスター、アーリー・ブルー、 ブルー・アスター、パレニアル・アスター等など、実に多彩な花名がある事が分かりました。

しからば日本名は如何にと思って調べると、これまた負けじとばかりに、孔雀菊、孔雀草、孔雀アスター、エゾギク、ハルシャギク(波斯菊、春車菊)、木立紺菊、宿根アスター等など次々と出てきました。日本人は、放射線状に花開く花弁を見て、孔雀が尾を開いた様子や日本菊の開花した姿をイメージしたことが窺えます。

アスター属(シオン属のヨメナ)の仲間でしたが、友禅菊などと交配して100種類もの派生種が生まれたとする諸説と相俟って、実のところ、詳しい由来や素性は、今に至るも殆ど分かっていないのだそうです。


世界中から多彩な名前を与えられた花だと云うのに、今一つ正体のはっきりしない花でした。

2012年02月02日(木) 12時56分42秒 posted by hiro-1

バンコクで食した廣島の辛子つけ麺

テーマ:食事・嗜好・飲酒
日本の広島で行われた葬儀を終えてバンコクに戻ってきたばかりなので、書くべき題材もないままにHDに保管している写真を捲っていると、日本出発の数週間前にバンコクの繁華街にあるZEN6階で食した廣島の漬け麺のバカチョン写真が出てきました。

タイに魅せられてロングステイ
バンコク・ZEN6階にある 『 廣島のつけ麺本舗 ばくだん屋 』 の店舗 (バンコク店のHPより拝借)


ブログ記事にする予定もなかったので廃棄したつもりだったのですが、急な日本行きでバタバタしていたこともあって、不用ファイル内に捨て置いたままになっていたようです。

僕の第一の故郷は山口県、第二の故郷はバンコク、第三の故郷は自宅のある東京都下ですが、戦時中から戦争終了直後まで、母親(故人)の実家があった『 廣島 』 に疎開していたことがあります。 

当時3歳の幼児だった僕は、ピカドン(原子爆弾投下)の衝撃で落下した天井板や欄間、吹き飛ばされた襖や障子の下敷きになって泣き喚いていたという話や、砂糖の乏しい片栗粉で空腹を満たしたり(それでもご馳走でした)、貨物列車に詰め込まれて避難したりした忘れ難い幼児記憶などもあって、古希を迎えるこの歳になっても、『 廣島 』 は何となく心にひっかる 『 記憶の故郷 』 のような存在なのです。


そんな幼児期の記憶もあって、バンコクのZEN6階の食堂街で 『 紅葉デザイン 』 の行灯を見つけた時は、記憶の奥底にあった懐かしき 『 廣島 』 のイメージが沸々と蘇り、気が付けば店内へと足を踏み入れていました。 

タイに魅せられてロングステイ タイに魅せられてロングステイ 
バンコクの食堂街に吊り下げられていた紅葉マークの行灯 

バンコクの食堂街で 『 紅葉マーク 』 の行灯を最初に目にした時は、廣島の厳島の対岸で100年前に生まれた 『 廣島の紅葉饅頭が遂にバンコク進出!? 』 と早合点したのですが、よくよく見れば、『 廣島のつけ麺本舗 ばくだん屋 』 と記されています。 

屋号の 『 ばくだん屋 』 の由来は 『 ピカドン=原子爆弾投下 』 なのでしょうか? まさか?・・・そんなことは?・・・あろう筈がない・・・と思うのですが・・・


タイに魅せられてロングステイ 
バンコクZEN6階の廣島のつけ麺本舗・ばくだん屋で食したチャーシュウ入りの辛子つけ麺


廣島の紅葉饅頭 』 は100年の歴史を持つ銘菓ですが、『 廣島の辛子つけ麺 』 は50年くらい前に広島市内で生まれた 『  廣島流つけ麺 』 です。 

中華つけ麺の上に、チャーシュ、茹でたキャベツ、胡瓜、玉葱、茹で卵などをトッピング。 醤油ベースの 『  つけだれ  』 には、唐辛子、ラー油、ゴマが入っていて、辛子大好きタイ人のニ-ズに合わせて、通常の辛さから激辛までたっぷりと楽しむことが出来るようになっています。 東京の東池袋の 『 山岸のつけ麺 』 (バンコクにも出店しています) とは別世界の趣きがあります。


店内のポスターに目を遣ると、次のような謳い文句が踊っていました。

つけ麺を美味しく食べるための3箇条
บัญญติ 3 ประการ เพื้อรับประทาน ทซึเคะเมนให้อร่อย!

1条: つけ麺も野菜も辛いタレにどっぷり浸けて食べるべし!
2条: 途中で辛さが薄まったら、辛子とゴマをどんどんと足すべし!
3条: 何回も店に来て、自分に合った辛さを見つけよう!


そして、ご親切にも、『 辛味目安表 (単位:倍) 』 ระดับความเพ็ด( เท่า) が用意されていました。

初めての方は、2倍の辛さからどうぞお召し上がり下さい。
  ( สำหรับผู้ที่รับประทานครั้งแรกเชิญลองที่ระดับ 2 )
辛いのがお好きな方は、3倍、4倍、5倍の辛さをお楽しみ下さい。
顔から汗、汗、汗がお好きな方は、6倍~10倍の辛さでどうぞ!
  (当店のお奨めの辛さです แนะนำให้ลองที่ระดับ 6-10 นะครับ )
口から火が出るような辛さがお好きな方は、11倍~15倍でどうぞ!
うわああ・・・死にそう・・・にトライしたい方は、16倍以上でどうぞ!


屋号の 『 ばくだん屋 』 は、『 ピカドン 』 を意味するのかなどと不快な疑念を抱いていたのですが、口から火が飛散したり、死にそうと感じるような 『 激辛つけ麺 』 から来ているようですね。

それにしても、『 うわああ・・・死にそう・・・ 』 と感じるほどの 『 つけ麺 』 なのに、メニューの謳い文句を読むと・・・ทซึเคะเมนของบะคุดันยะเต็มไปด้วยผักเพื่อสุขภาพ! とあります。
つまり、『 ばくだん屋のつけ麺は野菜たっぷりで健康的です 』 と言うのですが・・・是いかに!?

つけ麺初心者の僕ではありますが、チョット無理をして3倍の辛さに挑戦してみたのですが・・・意外にもかなり物足りない感じで終わってしまいました。 次回、胃袋が最高潮のときにでも訪れて、5倍以上の辛さの 『 廣島つけ麺 』 を味わってみることにしましょう。

2012年02月01日(水) 12時17分37秒 posted by hiro-1

耐寒力を失ったGちゃん

テーマ:我が家の出来事
家内の一歳違いの姉の訃報を受けて、1月23日フライトのTG夜行便で成田空港に向けて飛び立ちました。成田空港到着直前の機内アナウンスによると、成田空港の朝の気温は氷点下2℃! バンコクとの温度差は30℃余り! 空港の枯れ草に薄く積もった白雪を眺めて、全身の筋肉が痙攣するかのような恐怖に捕らわれました。
 
羽織るオーバー・コートもなく、薄手の夏用の喪服に薄手のスカーフを首に巻きつけた貧相な姿の僕は、背を丸めて東京駅に直行、新幹線に飛び乗って広島駅県呉市に向かわなければなりません。

呉市に滞在中の朝の気温は連日氷点下! 日中も5℃~6℃の日々が続き、南国生活を続けている僕には耐え難い時間の連続です。それでも、葬儀の間は悲しみで緊張していた事もあって何とか耐え忍ぶことが出来ました。

広島から東京に向かう途中、積雪でノロノロ運転する新幹線の窓から眺めた関が原の古戦場は白雪の世界でした。成田飛行場の雪もそうでしたが、僕が日本で積雪を見たのは実に20年ぶりのことになります。 しかし、寒さに途轍もなく弱くなってしまった僕には、20年ぶりの美しき銀世界(?)を楽しむ心のゆとりなんて、悲しいかなまるっきりありません。

東京都下の自宅に戻ってからの数日間は、あまりの寒さに全身が強張って身動きするのも億劫! 来る日も来る日も、暖かいバンコクに早く戻りたいと願う毎日でした。

歌手の名前は忘れてしまいましたが、古い歌詞の一節を思い出しました。


     泣くのは今夜で幾度めか、大寒、小寒、心が寒い

     しんしん夜更けて偲び雨、 大寒、小寒、背中が寒い

     明日は始発で帰ろうか、 大寒、小寒、命が寒い



と言うわけで、昨日の夜遅く、漸くにして温かいバンコクに戻ってまいりました。 


2012年01月23日(月) 07時31分23秒 posted by hiro-1

紅色の果実をつけるウチワ・サボテン

テーマ:花木
昨年末から正月4日まで、タイ南部プラチュアップ・キリーカーン県フアヒン郡のホテルで過ごした折に、海岸線からそそりたつタム・カーオ・タオ ภ้ำเขาเต่า (亀の甲羅のような洞窟のある岩山)に登りました。

海岸の麓から山の中腹に鎮座まします黄金の釈迦牟尼仏までは、直線状に連続する崩れかけた石段を歩むのですが、それから先は、油断すれば滑落してしまいそうな亀の甲羅に似た岩山を這い蹲るようにして頂上に向かわなければなりません。


タイに魅せられてロングステイ
亀の甲羅のようになった頂上から見晴るかす寒季(乾季)のタイ湾

タイ湾から吹き上げてくる心地良い寒季の海風を受けながら、亀の甲羅の如き岩山と緑の潅木の境辺りを何気なく見遣ると、海側と反対側の山頂の周りは、3種類のサボテンの群れに囲繞されています。

タイに魅せられてロングステイ
岩山の周囲を囲むように生い茂る大小のサボテン

聞くところによれば、サボテン本科(Cactaceae)には、約140属2000種以上があるらしく、僕の如き初心者が植物上の分類をするなど、鳥滸がましいこと此の上なしですが・・・それでも間違いを恐れずに談じれば、山頂に生える3種類の内の1種は、ベニバナ・ウチワ・サボテン(紅花団扇仙人掌)の仲間ではないかと思うのですが・・・?

タイに魅せられてロングステイ
ベニバナ・ウチワ・サボテン(紅花団扇仙人掌)

サボテンの英語名が CACTUS であることから、タイ人で英語好きの人は、『 ケクタス 』 ( เค็กตัส ) と呼ぶ人もいるようですが、殆どのタイ人は、金剛棍(コンゴウボウ)を意味する 『 タボン・ペット 』 ( ตะบองเพชร ) とか、『 グラボン・ペット 』 ( กระบองเพชร ) と呼んでいます。 タイ北部では、棘のある棒だからでしょうか、『 ナーム・キア 』 ( หนามเขียะ )と呼んでいるようです。

タイに魅せられてロングステイ
ベニ・ウチワ・サボテンの幼い果実(右は幼果、左は少し成長した紅色の果実)

カクタス・ペア ( Cactus pear ) と呼ばれるサボテンの果実は、紀元前の時代から外皮を剥がして生食されていたようですが、その後は、サラダやジャムのような加工食品として食されているらしく、258種類も存在するベニバナ・ウチワ・サボテンは、その代表的な種類として、その内の100種がメキシコで食用栽培されているとか。

タイに魅せられてロングステイ  タイに魅せられてロングステイ
ウチワ・サボテン類の成長した紅色の果実

タイの植物図書に、タイ人のサボテンに対する信心が記述されていました。

    ≪ 吉兆としての信心 ≫
   ความเชื่ออันเป็นมงคล

家にサボテンを植えれば、成長して丈夫な花が沢山咲きます。
      หากบ้านใดปลูกกระบองเพชรแล้ว เติบโตแข็งแรงให้ดอกมากมาย

家族は素晴らしい吉兆を得て、仕事の地位も上がって行くことでしょう。

      ครอบครัวนั้นจะใด้รับโชคลาภหรือเจริญก้าวหน้าในตำแหน่งหน้าที่การงาน

サボテンを植えて置くと、悪人が及ぼす恐怖や危険から貴方の身を守ってくれます。

      การปลูกต้นกระบองเพชรไว้ จะช่วยป้องกันอันตรายจากผู้ประสงค์ร้ายทำให้เกิดความเกรงกลัว

何故なら、サボテンは鋭く尖った棘があり、サボテンの幹はとても丈夫で長持ちだからです。

      เพราะ กระบองเพชรมีหนามแหลมคม ลำต้นแข็งแรงทนทาน

だから、家の垣根の周りにサボテンを植えることが好まれるのです。

      จึงนิยมปลูกตามแนวรั้วบ้าน

タイに魅せられてロングステイ

通称名のウチワ・サボテンの名前の由来は、楕円形の茎が団扇に見えるからだということは明白ですが、サボテンの名前の由来には幾つかあるようです。 

僕が気に入っているのは、大航海時代のポルトガル帆船で、食事後の食器類の油汚れを洗い落とすためにウチワ・サボテンの液汁を石鹸(サボン、又は、シャボン)として利用していたのが、いつしか転訛して『 サボテン 』になった・・・という説なのですが・・・

その他には、仙人が手を広げた格好に似ているので 『 仙人掌 』 とか、三布袋(サンホテイ)が転訛してサボテンになったとかの説もあるようですね。

僕が大好きなサボテンの仲間の果実と言えば、タイの果樹園で栽培されているドラゴン・フルーツですが、ベニバナ・ウチワ・サボテンの紅色の果実は一度も食べたことがありません。 どんな味がするのか、機会があれば是非とも食してみたいものです。


タイ南部のフアヒンの土壌も乏しい岩山の頂きに根付いたベニバナ・ウチワ・サボテンは、雨季に吸い込んだ水を茎内に溜め込み、茹だるような暑さが続く暑季には、その溜め込んだ水を糧にして耐えに耐えて生き続けなければなりません。

自然の威力に負けないで、子々孫々まで生命を繋いで欲しいものです。




   学 名: Cactaceae Opuntia
   科 名: Cactaceae ( サボテン科 )
   属 名: Opuntia  ( ウチワサボテン属 )
   英語名: Cactus  ( カクタス )
   漢語名: 仙人掌
   日本名: サボテン
   タイ語: タボン・ペット ตะบองเพชร、グラボン・ペット กระบองพชร  (意味:金剛棍)
   花言葉: 熱情、偉大、内気、暖かい心、風刺

2012年01月22日(日) 08時00分07秒 posted by hiro-1

黄色の小花が咲く葉巻に似た植物

テーマ:花木
PCのHDを整理していると、去年の今頃、チャートチャックのシリキット公園で撮影した植物の写真が出て来ました。 PCのミス操作で消してしまったと思っていたので、諦めていた落し物が不意に戻ってきったようで嬉しくなってしまいました。
 
と言うわけで、本日のブログは、当時の撮影メモを読みながら、ほぼ1年前のことを想い出しながら書いてみました。


タイに魅せられてロングステイ
高さ3~4mの巨大な団扇のような形をした植物の群生

広大なシリキット公園の外周路を散策していると、背高の植物が群がって生えている辺りに、巨大な団扇のような形をした植物が叢生していました。 

シリキット公園の植物には、植物名を記した標識板がぶら下げられていることが多く、僕のような植物初心者はとても助かるのですが・・・・・・どうしたことか、この植物の何処を捜しても標識が見つかりません。雨風で朽ちてしまったのでしょうか? それとも、標識の取り付けを忘れてしまったのでしょうか?

若い庭師さんが自転車で通りかかったので訊ねてみました。

    僕   『 此の植物の名前は何と言いますか?
    庭師 『 Kaateewaa ( กาเทว่า )だったかな
    僕   『 Kaateewaa って Calathea のことですか? 』 
    庭師 『 そうだよ 』 

タイに魅せられてロングステイ 
その昔、この葉でゴザを織ったことがあるらしいです。

彼の仕事を邪魔しては誠に申し訳ないので、これ以上の質問は止めて別れたのですが、僕の頭には、以前にラーマ9世公園で撮影した Calathea( กาเทว่า ) の葉っぱ(下写真3枚)の記憶が残っているために、いま一つ彼の意見を受け入れる気持ちになれません。

タイに魅せられてロングステイ タイに魅せられてロングステイ タイに魅せられてロングステイ
ラーマ9世公園で見た3種類の Calathea 系の小さな葉っぱ

背高の巨大な卵状楕円形の葉っぱに近付いて撮影をしていると、先ほどの若い庭師さんが自転車に乗って戻って来ました。

    庭師 『 さっきの名前は間違いでした。正しい名前は Ton Khlaa ( ต้นคล้า ) です
    僕   『 Khlaa の意味は何ですか? 』 
    庭師 『 科 (wong วงค์ ) の名前だと思うけど・・・ 』 

タイに魅せられてロングステイ 
重なるように巻いた赤砂糖色の苞の間から黄色の小さい花が芽吹いています。

態々、誤りの名前を訂正するために戻ってくれた庭師さんに感謝感激の気持ちを伝えると、喜んだ彼は、此の植物の特徴を彼是と説明し始めました。

     เป็นแท่งคล้ายมวนยาสูบสีเขียวอมน้ำตาลแดง・・・
     赤砂糖色が混じった緑色の葉巻に似ていて

    『 ออกดอกเล็กสีเหลืองในช่วงฤดูหนาว・・・ 』    
     寒季になると黄色い花を咲かせるのです 


タイに魅せられてロングステイ タイに魅せられてロングステイ

    僕   『 そのように言われてみれば、葉巻の形に似ていますね 』
    庭師 『 ムアン・ヤー・スープ มวนยาสูบ (葉巻) は英語で何と言うの?』 
    僕   『 Cigar だと思いますよ 』 


自宅に戻ってから植物図書でタイ語名の クラー ( คล้า ) の意味を確認したところ、
クラーはクズウコン科の総称 』 との記述を発見。 科名を通称名として用いることもあるのでしょうか? 新たな疑問にぶち当たってしまいました。 

昨日の花もそうでしたが、此の花の日本名を調べたのですが結局分かりませんでした。


タイに魅せられてロングステイ   タイに魅せられてロングステイ
Calathea Lutea ( 意味:黄色のカラテア ) の絵図


    学 名:  Calathea lutea ( Aublet )  G.Meyer
    科 名:  Marantaceae ( クズウコン科 )
    属 名:  Calathea ( カラテア属 )
  
    英語名:  Calathea lutea ( 黄色のカラテア )
    通称名:  Cigar Calathea ( 葉巻のカラテア )
    タイ語名: Khlaa คล้าา (クズウコン科の総称)
    日本名:  不明
2012年01月21日(土) 07時30分16秒 posted by hiro-1

日本名が分からない花?

テーマ:花木
数日前の夕暮れ時、バンコク首都圏とサムットプラカーン県を結ぶチャオプラヤー川の高架橋を車で渡って、プラプラデーン地区の水上マーケットをぶらついてきました。

外国航路の貨物船が入港しているバンコクの商港から渡船を利用すれば、僅か数分で到着できる田舎風の魅力的な場所なのですが、現地の船付場からの交通の便が良くないからでしょうか、外部から訪れる人はとても少ないようです。


タイに魅せられてロングステイ 
チャオプラヤー川を挟んでバンコクとサムットプラカーン県のプラプラデーンを結ぶ高架橋


水上マーケット内の食堂で、太麺のタイ風きしめん鶏肉あんかけ(注1)と海老のさつま揚げ(注2)を食べた後、腹ごなしの散策をしながら、いつものように気儘に花を探索するのが僕のささやかな楽しみです。

(注1)タイ語名: クアイティアオ・センヤイ・ラート・ナー・ガイ ก๋วยเตี๋ยวเส้นใหญ่ลาดหน้าไก่
(注1)タイ語名: トート・マン・クン ทอดมันกุ้ง

$タイに魅せられてロングステイ
首都バンコク・チャオプラヤー河畔の対岸に残る田舎の風景

食事を終えて、水上マーケットから少しばかり離れた人通りの少ない田舎道を散策していると、赤錆びたブリキ板で作られた垣根の下辺りに、細い茎の先端に奇妙な形をした赤花がグシャグシャ状態になって咲いているのを発見! 過去にも散策したことのある道路なのですが、此の花は一度も見かけたことがありません。

$タイに魅せられてロングステイ
グシャグシャ状態で咲いていた見知らぬ赤花

行き交う人も殆どいない場所なので、花の名前を訊ねるような人とていません。今までの経験からすると、花名が分からないまま打遣らかしてしまうと、写真ファイルの 『 不明の花 』 の中で未来永劫塩漬けになってしまいそう・・・祈るような気持ちで誰かが通りかかるのを待つことにして、その場で暫し休憩です。

魔法瓶の冷水で喉を潤していると、ガール・スカウトの制服を着た2人の小学低学年の女児が近付いて来ました!! 『 こんにちは 』 と声をかけると、恥かしそうに身体をくねらせながら、それでも礼儀正しく両手を合わせて合掌(ワイ)を返してくれました。

    僕   『 この花の名前を教えて欲しいのだけど・・・ 』
    女児 『 ウーン・・・・・・・分からない・・・・・・


タイに魅せられてロングステイ 
1本の茎の先端に幾つもの赤花や蕾が取り付いています。

2人の女児と分かれてから、ピンク色のブーゲンビリアと鳳凰木(ハーン・ノック・ユン・ファラン)の黄花が咲き誇る路地の光景に目を細めながら、自分の車を置いてある駐車場へと向かっていると・・・さっき分かれたばかりの女児が、『 小父さん! 小父さん! 』 と呼びながら追って来るではありませんか。

    女児 『 あのね、あの花の名前はね、マハー・ラープだって
    僕   『 マハー・ラープなの! 教えてくれてありがとう、嬉しいな! 』
    女児 『 何でも知っているお母さんが教えてくたの


タイに魅せられてロングステイ
蕾が開くと6枚の花弁に割れます。  

マハー・ラープ 』 ( มหาลาภ ) は、『 最高の幸運 』 を意味するタイ語です。タイ社会では、此の花を 『 吉兆の花 』 として位置づけているようですね。 

この花に関する今日唯一の情報でしたが、これだけ分かれば何とか調べることが出来るというものです。 自宅のコンドーに戻って、タイ人男性庭師から仕入れた話と検索で得た情報を合わせると、此の花の輪郭が、おぼろげながらも浮かんできました。


タイに魅せられてロングステイ
茎は高く突き立ち、幅広の槍に似た葉は一枚だけ、球根は玉葱形



    学 名:    Eucrosia bicolor Ker-Gawl.  (エウクロシア・ビコロル)
    科 名:    Amaryllidaceae  (ヒガンバナ科)
    属 名:    Eucrosia  (エウクロシア属)
    タイ語名:  マハ-・ラープ มหาลาภ (意味:最高の幸運)
    原産地:   南アメリカ



タイに魅せられてロングステイ
花弁が完全に開花すると漏斗の形になるそうですが・・・


コンドーのタイ人庭師の話によると、この植物の名前を呼ぶ時は、花名の前に球根を意味するワーン (ว่าน) を付加して、『 ワーン・マハー・ラープ 』 ( ว่านมหาลาภ ) と呼ぶべきだと言います。あまりにも真剣な表情で強調するので、その理由を訊ねるとタイ語で滔々と喋くり始めました。

    『 ปลูกเป็นไม้ประดับ เป็นว่าเสี่ยงทายโชคลาภ・・・

難しくて半分程度しか分からなかったのですが、この球根花は、装飾花としてだけではなく、物事が成功するか如何かを占う植物として植えるものらしく、その球根には、水難や火難などの災難から逃れられるありがたい吉兆が宿っている・・・と言うことのようです。

彼の親切な説明にもかかわらず、信仰心の薄い僕には、『 アーそうですか・・・ 』 と言う程度の応えしか出来ないのが・・・誠に申し訳ない思いです。


それはそれとして、此の花の日本名があるのか如何か? そして、日本でも咲いているのかどうか? いいろいろと自分なりに手を尽くして調べたのですが、結局何も分かりませんでした。

Amebaおすすめキーワード

    1 | 2 | 3 | 4 | 5 |最初 次ページ >>