長い海外駐在生活を終えたhiro-1が念願のタイ国に移り住んで繰り広げる生活のあれこれ。或る時は、大学のタイ語学科でタイ語を学び、歴史学科ではアユッタヤー王朝の外交史を専攻、或る時は、自家用車を駆ってタイ国内の遺跡を巡り、又或る時は、タイの文化を覗き見る自由で気儘な生活写真日記です。
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2017年05月14日(日) 13時33分46秒

タイ仏誕節の仏像三態

テーマ:宗教・信仰・瞑想

  4月の日本帰国時に修理したPCを使って、バンコク帰国直後の4月29日にブログ投稿した時は何も問題なかったのですが、5月に入ってから、突然ブログ記事の下書きも公開投稿も出来なくなってしまいました。アメブロの支援を受けて対応するも解決の兆候が全く見えません。

 

  15年間続けて来ただけが取得のブログですが、丁度良い折り合い時期と考えて閉鎖するつもりで放置して置いたところ・・・見かねた連れ合いが、彼女の専用機になっている台湾製のPCでテストをしてみては?と優しい提案です。 

 

  駄目もとでトライすると、アラ不思議、何事もなく下書き出来るではありませんか! 狐につままれるとは、まさにこのことです。 という訳で、本日は、六日の菖蒲、十日の菊 ほどではないにしても、5月10日の夜に書いて捨て置いていたブログ記事を、そのまま投稿することにしました。御笑覧下さい。

 

 

  本日(5月10日深夜)のタイは、タイ旧暦6月の満月の日で、日本で言うところの仏誕節でした。タイでは、ウィサーカブーチャー วันวืสาขบุชา と呼ばれています。 大乗仏教の日本では、単に釈迦牟尼のお誕生日ですが、上座部仏教のタイでは、釈尊の生誕日であり、悟りを開かれた日であり、さらに入滅された日とされています。生誕日、大吾日、入滅日が同じ日なんて、信仰心の薄い僕から見れば、なんとも不思議な一日に思えます。南伝仏教(上座部仏教)と北伝仏教(大乗仏教)は、仏日すらも異なるのですね。 

 

  信仰心の薄い僕ではありますが、それでもこの日だけは、タイ人在家者に混じって、自宅コンドー近くの寺院に出向き、仏・法・僧のパーリ語のお経を心の中で唱え

つつ、両手にロウソク、線香、蓮の蕾を持って、本堂を右廻りに3度回るウィアンティアン เวียน เทียน の儀式に参加します。

 

  敬虔なタイ仏教徒の知人は、仏誕節(大吾、入滅含む)、万仏節、三宝節は、必ず寺院に詣でてウィアンティアン เวียน เทียน をすると言います。彼と比べれば、僕などは、まさしく罰当たりの“葬式の時だけ仏教徒”です。

 

  ということで、本日は、お詫びの意味を込めて、釈迦牟尼の生誕、大悟、入滅を表す仏像三態を、僕のスナップ写真でご紹介することに致します。

 

ルムピニーで誕生された直後の釈尊の唯我独尊像

ソンクラーム県ジュラーマニー寺院  วัดจุฬามณื

 

  ルムピニの森で休憩中、摩耶夫人の右脇から生お生まれになった釈尊は、直ぐに七歩ほど歩いて立ち止まり、右手で天を指し、左手で地を指して、『天上天下唯我独尊』と言われたとか。 

 

  その意味は、『自分は、誰にも変わることのできな人間として生まれた』ということであって、決して、『この世で一番尊いのは唯一僕だけだ』と、傍若無人な主張をされているのではないそうです。それにしても、生れ落ちて直ぐですよ! 恐れ入りました。

 

  一方では、釈迦牟尼がお生まれになる遥か以前に存在していたとされる過去七仏陀の最初の仏陀が誕生時に宣った言葉であって、“釈迦牟尼のお言葉ではない”と仰る厳格な御人もいらっしゃるようです。

 

大吾直前の釈尊の姿を表わす降魔仏 

スパンブリー県アムパワー  วัดอัมพวา

 

   裕福な釈迦族の王家の王子として生まれた釈尊は、29歳の時に妻と子供を捨て置いて出家。 35歳の時、ブッダガヤの印度菩提樹の下で、悟りを開かれる直前の姿を表現したのが上掲の降魔仏と伝わっています。

 

  右手の指先を大地に接して、大吾の邪魔をする魔物を地下に沈めて消し去ろうとする姿形は、タイで最も多い印相の仏像として崇められています。

 

煩悩の炎が消えて仰向けになられた釈尊の涅槃像

スパンブリー県プラノーン寺院  วัดพระนอน

 35歳で大吾を得られてから説法のために諸国を行脚され、80歳になられた釈尊は、ラージャグリハ(王舎城)の霊鷲山から、生まれ故郷のカビラバストゥ二向けて、最後の旅に出られます。

  

  途中に立ち寄られたマツラ国のパーパで、敬虔な信者が料理したスーカラ・マッダヴァというキノコ料理(?)を馳走になられた後に酷い食中毒となり、やがて入滅されて荼毘に付されます。

 

  その遺骨は、八個のストゥパーに入れられて八部族に分与されたそうですが、その後、アショーカ王によって八個四千個のストゥパーに分与され、各地に配られたそうです。

 

釈尊が病臥して入滅に至るまでの時間的経緯は、涅槃像として表現されていますね。その形態には、両目の開いた姿や閉じた姿、右手の位置が後頭部や胸の前に置かれた姿、そして力なく床上に投げ出された姿があり、更に、仰向けになった2形態を含めて、九形態の涅槃像が存在します。(例外的形態は除きます)

 

涅槃仏の虜になって追っかけをしたことのある僕は、九形態の涅槃仏を探し求めて、タイ国内の東西南北を車で駆け回りましたが、今も鮮やかな記憶として蘇ります。きっと、タイ生活の良き思い出になると思います。

 

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2017年04月29日(土) 23時02分16秒

27年ぶりに観た日本桜がもたらした心の変化

テーマ:日本国内 (含旅行)
  4月29日の早暁、1ヶ月に亘る日本への一時帰国を終えて、真夏のバンコクの自宅に戻ってまいりました。
 
  27年ぶりとなる4月度の日本一時帰国は、最初の二日間だけは5℃の寒期に襲われて身も心も凍ってしまいましたが、その後は、二桁の気温に恵まれる日々が続き、忘れかけていた日本の春の清々しさを満喫。 
 
  生まれて初めての西日本縦断旅行中、久しく考えたこともなかった『日本恋しや、戻りたや』の里心を、かなり真剣に抱いてしまいました。今浦島太郎のような僕にとって、27年ぶりに接した日本の桜花繚乱から受けた影響は、自分も驚くほど甚大でした。
 

清々しい青空が広がる4月28日五時過ぎの成田国際空港
 
  6月と7月はバンコクで二つのプレゼンテーションの予定が入っています。暑い最中のバンコクですが、本日から急ピッチで、それぞれのテーマーをパワーポインで作成するための準備に取り掛かりました。 
 
  7月の予定終了後、来年以降の僕の生活拠点をバンコクから日本に移すことを、真剣に考えたいと思っています。 此の歳になるとやり直しが効きません。納得のできる判断が得られるように、じっくり考えたいと思っています。 
 
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2017年04月28日(金) 11時13分52秒

2/2 桜花繚乱の日本に27年ぶりの一時帰国

テーマ:日本国内 (含旅行)
  27年ぶりに観た桜花繚乱の光景を胸に留めて、本日のANA夕方便でバンコクへ戻ります。次回の一時帰国は、人間ドックに入るために8月上旬から9月上旬頃になる予定です。
 
  さて、27年ぶりの桜花繚乱の旅の続きですが、二日目の午前中は、京都八坂から丸山公園を抜けて霊山観音寺に至り、霊山歴史博物館の維新関連の展示物を観てから、その足で、大阪の歴史博物館に向かい、難波宮の展示物を観ることが出来ました。
 
 

円山公園のヤエザクラ  Photo:Sony Tablet
 
  八坂神社を抜けると、京都市内最古の公園と言われる回遊式日本庭園の丸山公園です。残念ながら、夜桜で評価の高い『祇園枝垂サクラ』は、時既に遅しで観ること叶わずだったのですが、満開のヤエザクラを楽しむことが出来ました。
 
白衣観音が鎮座まします霊山観音寺  Photo:Sony Tablet
 
  新古今和歌集の中に収められている慈円僧正の詠まれた歌によると、現在の円山公園一帯は、鎌倉時代初期の頃は、サクラならぬ松が生い茂っていて、地名も『真葛ヶ原』と呼ばれていたようですね。
 
  『わが恋は 松を時雨の染めかねて 真葛ヶ原の風さわぐなり』 
   新古今和歌集 慈円僧正
 
Photo:Sony Tablet
 
  霊山寺の駐車場脇に咲くサクラ越しに、京都の町並みが見え隠れしていました。(上掲写真)
 
高台寺参道  Photo:Sony Tablet
 
  豊臣秀吉がの正室ねねが秀吉の菩提を弔うために建て、ねねが晩年を過ごした高台寺のサクラも既に葉桜になっていました。
 
   大雲寺(岩倉観音)  Photo:Sony Tablet
 
  源氏物語の『若柴の巻』で、小童児の幻想が現れる症状に悩む光源氏が、『北山のなにがしの寺』の修験者による加持祈祷を受けたとする記述がありますが、そのモデルとなった『なにがしの寺』は、此の大雲寺(岩倉観音)だったとの説があるようです。
 

大雲寺から霊山護国神社と歴史博物館へ通じる坂道  Photo:Sony Tablet
 

  明治天皇の詔により建立された霊山護国神社には、維新のために貢献した多くの志士が眠っていますが、今回は時間も限られていることから、麓からの祈りとなりました。

 
霊山歴史博物館  Photo:Sony Tablet
 
  京都の最終目的地は、幕末の無名の志士にスポットを当てた幕末志士群像展が開催されていた霊山歴史博物館です。時間的制約もあって大急ぎの見学でしたが、機会があれば一人でじっくりと見直したい場所です。
 
古都・京都のイメージから遠いJR京都駅(在来線側)  Photo:Sony Tablet
 
  京都の桜花見学を終えて、現在の大阪の出発点となった古代の首都・難波宮(なにわのみや)の跡地に建つ大阪歴史博物館を訪ねました。残念ながら、僕の期待が大き過ぎたのと知識不足の所為で、いまいち充足感を得ることができませんでした。
 
大阪歴史博物館内から見る大阪城公園  Photo:Sony Tablet
 
  大阪城址を俯瞰したのは初めての経験ですが、残念ながら、桜の花の多くは散っているようでした。 駆け足で巡った東京⇒京都⇒大阪の27年ぶりのサクラ観賞でしたが、やはり桜花は素晴らしいですね。
 
  大阪歴史博物館から新大阪駅に直行、新広島駅を経由して、瀬戸内沿岸の宇品港近くのホテルに宿泊しました。いよいよ、一時帰国のメインイベントである広島県の瀬戸内と九州地区内の戦跡巡りのスタートです。
 
 
  現在、28日の午前11時過ぎ。今からバンコク戻るために成田空港に向かいます。次回以降は、バンコクからお送りいたします。
 
 
 
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2017年04月25日(火) 15時49分31秒

桜花繚乱の日本に27年ぶりの一時帰国-1/2

テーマ:日本国内 (含旅行)
  33℃を越える真夏のバンコクから成田に到着した3月28日は、気温5℃の雨降る寒い朝でした。東京都下の留守宅の雨戸を開けても、楽しみにしていた桜花繚乱の光景は何処にもなく、落葉した欅(ケヤキ)の太幹と小枝が墨絵のように寒々と群立しているだけ。桜の咲く時期の一時帰国は27年ぶりなのですが、あまりの落差に失望すること頻りです。
 
一時帰国直後に留守宅から見えたニレ科の落葉高木の欅(ケヤキ)   
Photo:Sony Tablet
 
  春から夏にかけては、心地よい緑陰を作ってくれる欅(けやき)ですが、落葉した群立する欅(ケヤキ)は、尚一層の寒さを醸し出します。 欅(ケヤキ)の名前は、室町時代以降に広まった呼称らしく、万葉集の時代には、『槻』(ツキ)と呼ばれていたようですね。
 
  『見来ても見てましものを 山背の高の槻群散りにけるかも』  万葉集
 
  バンコクから戻って来たばかりの僕には、あまりにも寒い日々の連続でしたが、4月に入ると気温が二桁台に急上昇し、冬眠していた留守宅近くのソメイヨシノが一斉に開花。27年ぶりに見る桜の世界に魅せられました。
 
留守宅から徒歩2分の武蔵野緑地跡に咲くソメイヨシノ  Photo:Sony Tablet
  
自宅近くの老人ホームに咲く八重のソメイヨシノ   Photo:Sony Tablet
 
西武線東村山駅近辺のさくら通りの約80本のソメイヨシノ  Photo:Sony Tablet
 
  4月12日から4月23日まで、東京都下を離れて、広島(瀬戸田、呉)、愛媛(松山、三机、西条、川之江、宇和島)、長崎(長崎、平戸、小串)、鹿児島(知覧、万世、枕崎、鹿屋)の太平洋戦争の戦跡旅行をしたのですが・・・それに先立って、途中下車した京都で大阪在住の長兄と落ち合い、平安神宮、龍安寺、そして御所周辺に案内してもらいました。
 
京都・平安神宮の八重の枝垂桜(しだれ桜)    Photo:Sony Tablet
 
京都・平安神宮の八重の枝垂桜(しだれ桜)   Photo:Sony Tablet
 
  平安神宮の八重の枝垂桜(しだれ桜)を詠んだ西行の和歌がありました。    
  『願はくは 花の下にて 春死なん そのぎさらぎの もち月の頃』 西行
 

京都・龍安寺の石庭に残るソメイヨシノ   Photo:Sony Tablet
 
  龍安寺の石庭に沿って咲いていた早咲きの枝垂桜は、散り落ちていました。 
  『あまたある花の かおりが漂ひぬ 静けさ石庭 やまとのあはれさ
  
京都・竜安寺境内の鏡容池畔のサクラ   Photo:Sony Tablet
  
京都御所に残っていた山サクラ   Photo:Sony Tablet
  
  京都御所周辺のソメイヨシノの多くは、既に散り落ちてしまい、緑葉を伴った山サクラが彼方此方に咲いていました。
 
京都御所・近衛邸跡に咲いていた糸桜    Photo:Sony Tablet
 
 御所が燃え落ちた時、近衛邸に滞在された孝明天皇が詠まれたのでしょうか?
 『昔より 名にはきけども 今日みれば むべめかれせぬ 糸さくらかな 孝明天皇
 
桜の散った京都御所・蛤御門    Photo:Sony Tablet
 
  長州出身の僕は、蛤御門の名前を目にすると、蛤御門の変(
禁門の変)で薩摩軍に破れて戦死した久坂玄瑞や来島又兵衛の辞世の句を懐ってしまいます。
 
  『時鳥 血になく声は有明の 月より他に知る人ぞなき』  久坂玄瑞
  『この首を とるかとらるか 今朝の春』  来島又兵衛
 
真言宗総本山・東寺のヨシノサクラ    Photo:Sony Tablet
 
  東寺では夜桜の鑑賞になったのですが、おおいに満足することが出来ました。機会があれば、昼光の下で映える東寺の桜も眺めてみたいものです。
 

真言宗総本山・東寺の八重紅枝垂桜    Photo:Sony Tablet
 
  弘法大師の『不二のおしえ』から『不二桜』と命名された樹齢120年の八重紅枝垂桜は見事でした。 『不二のおしえ』とは、『対立して二元的に見える事柄も、絶対的な立場から見ると、対立のない一つのものである』と言う教えの仏法の教えのようですが、『二つと無い枝垂桜』と言うことを意味する命名なのでしょうか?
 
  翌朝は、戦跡旅行を共にする金沢の友人K氏と京都駅で合流し、京都の円山公園を抜けて霊山歴史博物館の維新展を見学。それから、大阪の歴史博物館の難波宮展を見学後、夕方の新幹線で宿泊地の広島・宇品に向かう事になります。
 
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2017年04月12日(水) 02時03分18秒

桜に負けじとばかりに咲くハナモモ

テーマ:日本国内 (含旅行)
     1989年に海外赴任してから27年間、桜の開花時期に日本に一度も戻った事が無かったのですが、今回、友人と西日本の戦跡旅行をする事になり、久方ぶりの日本の4月を経験しています。


町内のハナモモ-1

    東京都下の留守宅から徒歩3分の北部多摩医療センターの桜並木の開花写真は、後日のブログに投稿するとして、本日は、留守宅の隣近所の庭を彩っていたバラ科モモ属の紅色大輪花の『ハナモモ』(英語名: Hana peach”)をご紹介します。


町内のハナモモ-2

    今回の一時帰国で、町内の住居の庭のあちこちに植栽されているハナモモの多さに驚きました。27年以前にも咲いていたのかもしれませんが、恥ずかしながら、僕の記憶には全く残っていません。


町内のハナモモ-3

    ハナモモには、“三色ハナモモ”と呼ばれるように、紅色・白色・桃色の三色があるようですが、留守宅近辺に咲いていたのは、紅色と桃色のニ色だけです。

    そして花弁にも“一重”と“八重”があるようですが、我が町内のハナモモは、園芸用に多いらしい“八重咲き”ばかりでした。


町内のハナモモ-4

     ハナモモには、食用と園芸用があるそうですが、園芸用に生る実は、あまりにも小さくて、残念ながら、食用には適さないと聞きました。
 
     ハナモモの樹形には、立性、ホウキ立性、枝垂れ性、矮小性が存在するようですが、我が町内のハナモモは、ホウキ立性が圧倒的に多く、枝垂れ性のハナモモは見掛けませんでした。いつの日にか、さぞかし見事であろう枝垂れ性のハナモモをじっくり観てみたいものです。

     現在12日の午前2時前時です。今から一寝入りしてから、東京駅発の新幹線で京都に向かい、翌日の夕方までに広島の宇品港まで行きます。

    それ以降は、フェリーとレンタカーを乗り継いで、江田島⇒呉市⇒愛媛県の西条市⇒四国中央市⇒佐田半島三机⇒松山観光港⇒小倉港まで行き、その後は、平戸港⇒長崎市⇒川棚小串郷⇒鹿児島県の知覧⇒万世⇒鹿屋を回ることになっています。

     旅行中に、タイから持参したタブレットが使用で来るWIFI環境が得られれば、旅行中の写真を投稿するつもりですが、どうなりますことやら。

    おやすみなさい。





   

     







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2017年04月09日(日) 19時15分33秒

春の近い留守宅で息づく小さな春

テーマ:花木
   3月31日、バンコクから気温8℃の小雨降る東京都下の留守宅に着いた時、我が家の猫の額のような庭は、固く閉じた花の蕾ばかりでした。ところがその後、気温が16℃から20℃へと春が駆け足で近付き、うら寂しかった留守宅の庭に春の到来です。

   一時帰国中なので手元に植物写真集がないために、開花した花名の確認をすることが出来ないのですが、取急ぎ、開花した小さな春をご紹介することにします。

『スズランズイセン』

   先ずは、“鈴蘭のようでもあり、水仙のようでもある” 先端の緑色が印象的な春の小花です。僕の記憶が正しければ、彼岸花科の『スズランズイセン』だと思いますが・・・・間違っていたらすみません。


『ハナニラ』

   ハナニラ?  それとも、ニラバナ?   今まで花名を確かめないままうっちゃっていたのですが、今回記事を書くに当たってニラの漢字を検索すると、『ネギ亜科ハナニラ属』の『花韮』とありました。

   更に検索すると、ハナニラには、食用のニラと園芸用のニラがあるとの記述があります。我が家のハナニラは、残念ながら、食用のハナニラではなく、園芸品種のハナニラでした。


『緩み始めたボケの花の蕾』

   バンコクに残っている連れ合いにLINEで聞いた花名が間違っていなければ、バラ科ボケ属のボケの花のようです。留守宅の庭には、11月頃に咲く『寒ボケ』と、4月に入って咲き始める『ボケ』が植えてある事を初めて知りました。

   今回初めて対面した花は、後者の『ボケの花』というわけですが、僕の記憶を確かにするために、『春ボケの花』と名付けることにしました。

   『ボケの花』の『ボケ』は、“惚け”や“呆け”ではなく、ボケの果実が瓜に似ているから『木瓜』と書くということも初めて知りました。木瓜の花の果実は、いつ頃になったら見る事が出来るのでしょうか。


『開花の兆しが見え始めたムスカリの花』

   家内にLINEで問い合わせたところ、完全開花を遠目から見るとブドウの房に似ていて、近付くと釣り鐘状のヒヤシンスの花なので、『ブドウヒヤシンス』の別名があるとのこと。
 
  『ムスカリ』の花名は、和名ではなく、ギリシャ語のムスクから来ているとか。検索すると、ムスク=麝香鹿(ジャコウシカ)とあるのですが、どんな香りがするのでしょうか。

    東京都下の留守宅で8月前後に咲く花は、一時帰国の都度、レンズを通じて知っていたのですが、4月の一時帰国で見かけたのは、全て初対面の花ばかりでした。

   次回は、留守宅近辺で咲きはじめたハナモモをご紹介します。
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2017年04月05日(水) 01時37分31秒

東京の春が見えて来た!

テーマ:日本国内 (含旅行)
   暑季のバンコクから東京の留守宅に一時帰国した当初の二日間は、終日を通して小雨混じりの気温8℃に見舞われ、些か恐れおののきましたが、その後、早朝は5℃~8℃と底冷えするも、午後になると二桁台の気温が続くようになりました。



    4月4日の朝に目覚めて、厚手のカーテンをやおら引くと、レースカーテンの向こうに、少し暖かくなった柔らかい朝陽が射していました。

    手抜き気味の朝食を済まして、この日は、久米川、所沢、高田馬場、池袋、清瀬を回って、遅れている所用を一気に処理することになっています。



   自宅から徒歩3分のバス停留所に向かう足取りも、春の近さを思わせる青空のせいでしょうか、年甲斐もなくスキップでも踏みたくなるような、そんな心持ちです。

   去年8月に一時帰国した時は、我が家の留守宅の近くに、『安倍晋三記念小学校』のような赤壁の建物があったなんて、全く気付かなかったのですが・・・今の日本、赤壁の建物が流行っているのでしょうかね。



   道路脇に咲き揃っていたゴールデンカラーの菜の花の傍らに、『春を告げる菜の花を手折らないで下さい。楽しみにしている方がいらっしゃいます』とありました。

   酷暑の季節に入ったタイ・バンコクも、今頃はきっとゴールデンシャワーの黄色花が賑やかに咲き揃っているに違いありません。

   明日の東京地区の午後の気温は、19℃まで上昇するようです。愈々春の到来ですね。重ね着を一枚減らして外出することになりそうです。
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2017年04月01日(土) 17時34分09秒

バンコクから寒い東京都下へ一時帰国

テーマ:日本国内 (含旅行)
   3月31日午前1時半、タイ・スアンナプーム空港を全日空機で成田空港へ出発。成田空港着は、南東の季節風の影響でしょうか、予定より30分早い午前8時5分(日本時間)でした。

   成田空港の気温は、バンコクよりも23℃も低い小雨混じりの8℃。 予想していたとはいえ、思わず『寒い!』と独りごつタイ生活27年の自分がなさけない。


小雨の降る寒空・東京の留守宅から見える場違いの椰子の木


   翌日の今日は4月1日。生の桜花を27年間も見ていない僕の4月のイメージは、『桜花の咲き乱れる春爛漫の日々』、つまり、暖かい春の陽が燦々とそそぐ時期との潜在意識があったのですが・・・目覚めると前日と同じように小雨の降り続く8℃の寒い朝でした。

   午後から池袋へ出掛けて、日本国内旅行で使用する冬物靴下とヒートテック下着を購入、そして,バンコクで使用しているタブレットを日本で使えるように IIJmio のSIM契約をする予定だったのですが・・・

    明日以降の午後の気温が13℃に上昇するとの天気予報を見て、迷うことなく本日の池袋行きを中止。暖房の効いた自宅で猫のように背を丸めてちじこまる一日になってしまいました。

   本日よりも暖かくなるであろう明日の午後は、先ずは、池袋で買い物を済まし、久しぶりの邦画を楽しんだ後は、これまた久しぶりに、燗のついた日本酒を胃袋に入れて身体の芯から暖まりたいと思っています。

🎵🎶 明日あったかーい天気になーれ 🎵🎶🎶





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2017年03月26日(日) 20時35分47秒

ラマ9世王の崩御・五ヶ月後のマネキン衣装

テーマ:風土・文化・歴史・治政

  ここ最近は、車で出かける事が多かったのですが、久しぶりに、高架電車駅(BTS)を利用するために、最寄駅のチットロム駅に遊歩道で繋がるエラワンPLAZAに来ています。

  昨年の10月13日のラマ9世王の崩御以降、軍隊を含む官公庁や公務員は、1年間の喪に服している最中です。一般企業や国民の服喪期間の目途は、およそ30日とされていたのですが、5ヶ月経過した現在もなお、自発的に黒衣や白衣を纏った人々が多く見受けられます。

  ところが、ここ最近、エラワンPLAZAのマネキンさんが身に纏う衣服のコーディネートに、非モノクローム調のかなり大胆な変化が出て来ました。




  とは言っても、まだ全てのマネキン嬢がモノクローム調を脱して色とりどりの衣服に衣替えをしている訳ではありません。まだ服喪期間中の基本色である黒衣と白衣を纏い続けているマネキン嬢もいます。



  でも、喪服色の黒と白の衣服を纏っているとは言っても、胸元からお臍にかけてのデザインは、よくよく見れば、かなり進歩的且つ大胆であります。



  ラマ9世王が崩御されて後のバンコクは、上掲写真のマネキンのように、首都圏の何もかもがモノクロームの世界に包まれてしまった感があったのですが・・・・最近になって、どうやらこうやら色合いの世界が戻って来つつあるようです。


  今月30日の夜半から一ヶ月間、西日本縦走旅行のために一時帰国しますが、5月に戻って来た時のバンコクは、どんな色の世界を見せてくれるのでしょうか、楽しみです。
 

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2017年03月22日(水) 13時30分08秒

PCは日本で修理決定。マンゴ菓子で気分直し。

テーマ:我が家の出来事

  昨日の夕方、故障したPCの修理を依頼していた修理屋さんから電話がありました。

 

   『作動しない原因は、機械的な故障でした』

   『修理するためには、分解しなくてはなりません』

   『分解すると、メーカーの保証を受けられなくなります』

   『保証期間内ですから、日本で修理された方が良いでしょう』

   『バンコクで修理すると、4500バーツ前後だと思います』(≒¥13,500)

 

  まだ購入して6か月のPCなので、3月末の日本一時帰国時に持ち帰って、メーカー保証を受けることにしました。僕の日本滞在期間中(1ヶ月)に修理が完了することを期待して、暫くは、視力減退の僕には不向きなタブレットに頼るしかありません。

 

  PCの修理屋さんに預けていた故障機を引き取り、元気喪失して近くの食品店前に差し掛かると、顔見知りの老女店主から、『マムアン・クアン・オップ・ヘーン』(มะม่วงกวนอบแห้ง)の試食を奨められました。

 

  上手く日本語に訳せないのですが、“マンゴの果実を、捏ねて、蒸して、乾燥させてからシート状に薄く伸ばし、丸型の冶具でくり抜いて巻いたマンゴの菓子”と説明すれば、お分かり頂けるでしょうか・・・・かなり迷訳の日本語なので通じ難いと思いますので、3枚の写真を添付することにします。


英語商標は、MANGO SHEET (マンゴのタイ語はマムアン)

 

  正確な値段は忘れてしまいましたが、35バーツから40バーツ程度(≒¥120)だったと思います。顔見知りの老店主の売り込みにお付き合いして、袋に5パックほど詰めて貰いました。



  黄色いデザインの巻帯を取り去ると、“ペートリウの良質の品物”(ของดีแปดริ้ว)と記された下方に、二本足歩行の子熊の姿が型押しされています。ペートリウ(แปดริ้ว)とあるので、此のお菓子の生産地は、タイ東部のチャチュンサオ県だと分かります。


英語商標・MANGO SHEETの中身

 

  一見すると、ソーセージのようでもありますが、口の中に入れると、『マムアン・クアン・オップ・ヘーン』(มะม่วงกวนอบแห้ง)の意味、つまり、“マンゴの果実を、捏ねて、蒸して、乾燥させたマンゴ菓子”の味覚を味わうことができます。

 

  材料リストを見ると、マンゴ果肉(มะมวง):92.7%、砂糖(น้ำตาล):6%、塩(เกลือ):0.8%、酸味材(สารควบคุมความเป็นกรด):0.5%とあります。 

 

  マンゴのそこはかとない酸味を味わえる田舎菓子で気分直しをしたところで、一時帰国前の資料作成を再開することにします。

 

 

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