2011年、アラブの春から始まった民主化運動はシリアにも広がり、長年続くアサド政権を打倒しようと市民たちは立ち上がります。けれど、政府軍はデモに参加した無防備な一般市民たちを弾圧し、拷問と虐殺を繰り返します。そして、シリア出身の映像作家オサーマ・モハンメドは同年カンヌ国際映画祭への出席を機にフランスへの亡命を余儀なくされます。オサーマは亡命先のパリで、故郷シリアの凄惨な状況に絶望していましたが、そんな時、SNSでシマヴ(クルド語で"銀の水"の意)というクルド人女性に出会い、連絡を取り合うようになります。やがて、シマヴが撮影した映像をパリにいるオサーマに送るようになり...。

前半は、ネットで流されたりしている映像が集められており、後半は、シマヴとオサーマの遣り取りとともにシマヴが撮影した映像を中心にシリアの現状が描かれます。

前半の映像は、かなり衝撃的だったりします。全体に、画質が悪かったり、ブレていたり、ボケていたりするものが多いのですが、映し出されている状況はあまりに凄惨で痛々しく、恐らく、鮮明な映像で観ていたらとても正視できなかったでしょう。

政府軍に捕らえられた少年が拷問を受ける映像などもあるのですが、状況を考えれば、撮影したのは政府軍の兵士かその関係者。恐らく、"悲惨な現状"を伝えようとしているのではなく、"正義を行う政府軍の強さ"あるいは"政府には向かった悪人がどのような罰を受けることになるのか"といったことを伝えようとしているのでしょう。映し出されている状況以上に、そのことに恐ろしさを感じました。

後半。戦争下で生活する人々の日常は、私たちの日々とはあまりに緊張感が違い圧倒されました。瓦礫の中を歩く幼い少年。銃声が聞こえてくるのですが、そちらを見ようともしません。それ程までに、銃声が当たり前になっているのでしょう。そして、スナイパーがいるところも進んでいく。スナイパーがいるからと言って、その場所を避けるなどという悠長なことはしていられないということなのでしょうか。

どうしようもない現状にしっかりと視線を向けながら、語り合うシマヴとオサーマの間には、愛が感じられますし、シリアという国とそこに住む人々への愛も滲み出ています。このような悲惨な状況のもとにいても愛を育めるのだとしたら、それこそが人の素晴らしさだし、そこにこそ希望があるだと思います。本作が、その内容の割に、不思議と明るさと希望が感じられる作品となっているのは、この愛の力ゆえなのだと思います。(そう考えると、そのために、現状の厳しさが薄まってしまった感じも否めませんが...。)

通常、ドキュメンタリー作品は、制作者が現場にいて映像を撮るワケで、実際に体験していることを何とかしてその場を体感していない人々に味わわせようとする熱意が伝わってくるのですが、本作の場合は、離れた安全地帯に身を置く者としてのもどかしさや罪悪感のようなものが色濃く漂っていて、ドキュメンタリー作品として異色な感じがしました。

5年前の3月11日、遠く離れた安全な場所で、何もできない虚しさを感じながら、東北地方の太平洋沿岸で津波に飲み込まれていく人々の映像を見た人が大勢いたはず。その中には、そこに知人や友人がいたという人もあったことでしょう。私自身は、津波で被害を受けた地域に知り合いはいませんでしたが、それでも、多くの人が波にさらわれていく映像をただ見ているしかできない無力さ、申し訳なさが身に沁みましたし、その感覚は今でも残っています。移動手段が発達し、地球が狭くなり、平和時であれば大した手間暇をかけなくても行ける場所なのに、離れた場所から見ているしかできない虚しさというのは、現代社会に生きる私たちにとって、他人事ではないのです。

身の危険を感じながら日々を送る人々とその現状を目の当たりにし、渦中にいる人々に想いを寄せながらも安全な場所に身を置く人々。元来、内側の人であったにも拘わらず外側にいるしかない者が、その状況にどう関われるのか、その一つの答えが本作にあるように思えました。

シマヴはオサーマに"ハヴァロ"と呼びかけますが、ハヴァロは、クルド語で"友"という意味だそうです。オサーマとシマヴの愛を描いているようにも思える後半部分。過酷な状況の中に生きる人々にとって、その状況を心に掛けている者が外側にいることが僅かな慰めになり得るのかもしれません。私たち、一人一人は、この現状に対して力を持てないかもしれませんが、それでも、多くの人がこの状況に関心を持ったという現実があれば、それは、状況を変える何らかの力になり得るのではないでしょうか。本作が世界で注目され、多くの人が観賞したとなれば、そのことは、やはり、何らかの意味を持ち得るのだし、力を持ち得るのだと思います。少なくとも、そう信じたいものです。

私たちが生きるこの世界で何が起こっているか知るためにも、一度は観ておきたい作品だと思います。


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