聴覚障害がありながら"鬼武者"などのゲーム音楽や"交響曲第1番《HIROSHIMA》"などを発表し、"現代のベートーベン"と称賛された佐村河内守氏。しかし"週刊文春"で音楽家の新垣隆氏が佐村河内氏との関係を告白します。さらに、掲載翌日の会見で、佐村河内氏のゴーストライターとして18年間にわたり作曲をしていたこと、佐村河内氏が楽譜を書けないこと、耳は聞こえており通常の会話でやり取りしていたことを語りました。一方、佐村河内氏は、主要な楽曲が自身だけの作曲ではないことを代理人を通じて公表し、後の会見でゴーストライター騒動を謝罪します。けれど、新垣氏に対しては名誉棄損で訴える可能性があると語りました。そして、その後はメディア出演を断り、沈黙を続けていた佐村河内氏に行ったインタビューを中心に纏められたドキュメンタリー作品。

佐村河内氏が力説しているのは主に2点。聴覚障害が事実であること、そして、自身も作曲に関与していること(新垣氏はゴーストライターではなく"共作者(というか協力者)"だということ)。けれど、矛盾も見えてきます。

聴覚障害については、記者会見の場で配布したという誤魔化しのきかない方法で行われた検査を基にした診断書が示されていますが、同時に、"身体障害者手帳の対象とはならない程度の障害"であることも記されていました。身体障害者手帳の対象となる一番軽い等級である6級が、"両耳の聴力レベルが70デシベル以上のもの(40センチメートル以上の距離で発声された会話語が理解し得ないもの)"または"一側耳の聴力レベルが90デシベル以上、他側耳の聴力レベルが50デシベル以上のもの"とされていますので、本作で描かれている程、音声言語が理解できないというのは違和感があります。その日の体調などにより聞こえの状態も変わるのだろうと思いますが、長期間にわたり撮影が行われているわけで、ある程度、音声での会話が可能な日があってもよいのではないかと思うのですが...。

作曲への関与の度合いについても、"共作"だと強調しているのですが、アメリカの雑誌の取材を受け、自身が作った音源の提出を求められた時、答えに詰まっています。作中で、佐村河内氏側の弁護士が、音源を持っていると言っているのですが、それが本当なら、取材を受けた時、何故、その状況を説明しなかったのか。堂々と弁護士が音源を持っている旨を主張し、場合によっては、音源を取り寄せて聞かせればよかったのではないか...。

幼い頃から、つまり、耳が聞こえていた頃から、音楽が大好きだったというのに、楽譜も読めないというのも不思議な気がします。少なくとも、小学校から音楽の授業があり、かなりの年数、音楽の基礎を学んだはずなのですから、普通、楽譜くらい読めるのではないかと...。

持っていたというキーボードを手放した理由もどうもよく分からないというか、曖昧というか...。この、アメリカの雑誌の取材、突っ込みが鋭く、佐村河内氏がタジタジとなる場面があり、なかなか見応えありました。「どうやって自分のイメージを新垣に伝えたのか?」、「伝えたイメージをもとに新垣が書いてきた音を、どうやってチェックしたのか?」、「指示書には概念的なことは書いてあるけど、音楽的なことが全く書いていない。メロディなどはどうやって伝えたのか?」、「新垣氏が作曲している証拠は山のようにあるが、あなたも、音源を示すか、鍵盤を弾くことくらいすべきではないか?」。いずれも、この件の核心を突いています。それまでの日本のマスコミの対応との違いを見せつけられます。日本のマスコミも、もっときちんと状況をきちんと分析し、きちんと準備してインタビューに当たる必要があるのではないかと...。

何がFAKEで、何がREALなのかは、結局、分かりません。けれど、世の中で起こるほとんどのことについて、そして、自分自身のことについてさえ、私たちは、本当の意味で何がFAKEで、何がREALなのか、把握しきれてはいないのではないか...。ちょっと見方を変えるだけで、ものごとの切り取り方を変えるだけで、同じ事実が全く違う意味合いに感じられることは珍しくありません。

結局、100%の真実も嘘もなく、100%の正義も悪もないということなのかもしれません。何が本当のことなのかと、私たちは追及しがちですが、多分、それは本来、永遠に本当の答えを得られない問いなのでしょう。100%の本当を求めても得られるものではないし、そこに拘ると却ってその出来事の本質を見失ってしまうのかもしれません。本作のタイトルであるFAKEも、何を指して言っている言葉なのかは微妙です。佐村河内氏がFAKEなのか、新垣氏がFAKEなのか、報道がFAKEなのか、本作がFAKEなのか、森達也監督がFAKEなのか...。多分、いずれも、多少、FAKEで、多少、REALなのでしょう。

そもそも、佐村河内氏の曲がゴーストライターによるものだとして、誰が被害を受けるのか...。"現代のベートーヴェン"の物語を作り上げ、脚色し、感動した私たちは、"騙された"のか、"勝手な妄想を崩された"のか...。例え、彼の障害が嘘だとしても、作曲が嘘だとしても、それを罰する権利は私たちのないのではないか...。

あの騒動で、もし、被害者がいるとすれば、それは、彼が曲を捧げた片腕のヴァイオリニストの少女と東日本大震災で母を失った少女の2ではなかったかと思うのですが、その件については、本作では触れられていません。佐村河内氏に取材をするうえでアンタッチャブルな領域だったということなのでしょうか。

ところどころに笑える小ネタが挟み込まれ、ネコが見事な表情で雰囲気を和らげ、佐村河内氏の可愛らしさと佐村河内夫妻の間にある愛も伝わってきて、意外にチャーミングな作品になっています。

一度は観ておきたい作品だと思います。ゴーストライター騒動についての興味の有る無しを問わず、ものごとの捉え方について、真実の見極め方について考えさせられ、興味深く観ることができる作品だと思います。


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http://www.fakemovie.jp/