アメリカ軍で最も強い狙撃手と呼ばれた、クリス・カイルの自叙伝「ネイビー・シールズ最強の狙撃手」を実写化した作品。原作は未読です。

"9.11"を伝えるニュースの映像を観ながら、軍隊に志願することを決意したクリス・カイルは、アメリカ軍特殊部隊"ネイビー・シールズ"の一員としてイラクに出征します。スナイパーとなった彼は、故郷に残した家族を想いながらも、仲間を護るため次々と"敵"を射殺します。人並み外れた狙撃の制度からレジェンドと称される大活躍をしますが、クリス自身も心に傷を負い...。

クリスの銃口は子どもにも向けられます。本作で"女子ども"を撃った場面では、標的となった人物が武器を使おうとしていて、結果的に、"そのおかげでアメリカ兵が救われた"ワケで、"祖国を守るための行為"として正当化することもできたのでしょうけれど、実際には、"誤射"だったケースもあったのではないか...。まぁ、この点については、クリスは本物のレジェンドで、誤謬はなかったのかもしれないので、何とも言えませんが、少なくとも、"アメリカ軍に殺された無辜の市民"もかなり存在したわけで...。

クリスを始め、PTSDや何らかの身体的、精神的な後遺症を負ったアメリカ兵もこの戦争の犠牲者であることは間違いありませんが、それでも、少なくとも彼らには、軍隊に入らないという選択肢もあったわけです。アメリカ軍も兵士を集めるために必死で、ほとんど詐欺まがいのことまでやっているようで、かなり追い詰められて入隊せざるを得なかった兵士もいるようですが、それでも、多くの場合、軍隊に入らないという道も選ぶことができなかったわけではないのです。クリスの場合は、自分から進んで積極的に参加したのですし...。けれど、イラクの人々にすれば、普通に生活をしていた場を戦場にされてしまった状況で、否応なく戦争に巻き込まれてしまったるのですから、やはり最大の犠牲者はイラクの普通の人々。アメリカ兵なら、例え障害を負ってもきちんとした治療を受けたり、補償を受けることができるかもしれませんが、イラクの人々はそれすら難しいことでしょう。

本作には、アメリカ軍に協力したために酷い殺され方をする子どもとその父親が登場します。アメリカ軍への協力を拒否すればアメリカ軍に殺されていたかもしれません。けれど、協力しても結果は同じ。何かと人を殺すという点においては、結局、敵も味方も同じ。けれど、"国を守るため"とはるばる遠くまでやってきたのはアメリカ。自分たちが生活する場を戦場としたアメリカを追い出そうとするのがイラク側。あれだけあると言い張っていた"大量殺人兵器"も見つからず、本当の意味でイラクがアメリカにとって"驚異的な敵"だったのかどうかも疑問です。そもそも、アメリカ以上に"大量殺人兵器"を持っている国など存在しないわけで...。

戦いの場では命懸けの厳しい状況に晒されても、それでも、アメリカ兵には比較的安心して生活ができる兵舎があり、それなりの食事をとることもでき、シャワーを浴びることもでき、故国の家族と電話で話をすることもできます。けれど、"テロリスト"側には、そんな贅沢をする余裕はなく、両者の間には圧倒的な格差が見て取れます。"9.11の報復"にしても、半沢直樹以上の仕返しになっています。

今や唯一の超大国となった国が普通の人々が平穏に生活する街を戦場として、そこに自国の若者をたくさん送り込んだのはアメリカです。確かにクリスは多くのアメリカ兵を守り、その命の危機を救ったのでしょう。けれど、そもそも、兵士たちの命を危険に晒したのはアメリカ。国が危険な場所に送り込んだ若者たちの命を守るためにクリスがイラクの人々を殺す。この構図を考えれば、本当に若者たちを守るために有効なのは、イラクの人々を撃つことではないのは明白でしょう。

クリスが兵士たちを守ろうとしたこと自体は良いとしても、では、何故、クリスが兵士たちを守らなければならないような状況を誰が作り出したのか...。そこは、もっとしっかり描いたほうが良かったような...。

クリスは偉大なる祖国を守るために入隊しました。幼い頃から、父親に、羊を守る番犬となれと育てられてきました。クリスは何を守ることができたのか...。戦場での経験から心に大きな傷を負いながらも、なかなかそれを認めようとしないクリスの姿は、自らの正義に固執し続けるアメリカという国の姿に重なります。クリスが、テキサスで生まれ育ったカウボーイというところもミソ。アメリカの中でもかなり右な感じの氏素性は、クリスが自らの過ちを無視しようとするところに結びついているのかもしれません。

イラクの側の視点が欠けている感じは否めませんし、イラクでアメリカの若者たちが戦うことになった背景の描き方も薄い気がして残念。それでも、クリスを演じたブラッドリー・クーパーは迫真の演技だし、映画としての構成も見事で惹きこまれました。

クリスの功績を称え国を守ろうとする行為、己の命を捧げて祖国のために戦うことの尊さを描いているようでもありますし、戦争の酷さや愚かさを描いているようにも思えます。戦争を賛美しているのか、反戦なのか、いずれにしても、本作を観れば"戦争には行きたくない"、"(身近な人々を)戦争に行かせたくない"という気持ちになるのではないかと思います。

軍隊を持ち、その軍隊を海外に向かわせるということは、本作で描かれているような事態に巻き込まれていくということ。日本もそんな将来が待つ道に歩みだしてしまっていいのか...。私たちの行く末についても考えさせられる作品です。


公式サイト
http://wwws.warnerbros.co.jp/americansniper/



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