ファザー、サン [DVD]/アンドレイ・シチェチーニン,アレクセイ・ネイムィシェフ,アレクサンドル・ラズバシュ
¥5,184
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父と息子が古びたアパートの屋根裏部屋で暮らしています。父は軍人でしたが、トラブルに巻き込まれたために現役を退いて予備役となっています。息子は、幼い頃に母を亡くし、父に男手ひとつで育てられました。亡き妻の面影が重なる息子を心の底から愛し、手放したくない父と、愛する父のいない暮らしなど想像することもできない息子。けれど、息子は20歳を迎え、軍人養成学校を卒業して社会へ出て行く時が迫り...。

冒頭、何かを恐れて父に縋り付く息子と、その息子を慰める父なのですが、どちらも、かなり筋肉質で、鍛え上げられた感じの身体つきなため、親子の愛情とか、同性愛というより、格闘技的な印象さえ受けました。息子に妻の姿を見る父と父への憧れを抱く息子。2人の間にあるのは、夫婦の愛と1人の女性を巡る闘いだったのかもしれません。互いの視線は、真正面からお互いを捉えあうというよりは、微妙にずれた方向に向けられながら絡み合っていく感じです。互いに視線の先に見ているのは、息子そのものではなく、父そのものではなく、息子の姿をした妻であり、親というより母の愛する男の姿なのかもしれません。

父と息子との関係は、父が息子を庇護しようとしているように見えて、実は、息子がリードしているようにも思えます。息子に会う前の幸せそうな笑顔。息子の父に対するつれない態度とそれに対する父の拗ねた素振り。自分に対する父の気持ちを知りながらそれを弄ぶような息子の言動。それは、親の元を旅立つ時を迎えようとしていることの証なのかも知れません。

息子の恋人の美しさ、軍人養成学校に息子を尋ねた父を見る視線に絡む微妙な嫉妬と哀しさ。軍人養成学校での硝子を間に挟んだ微妙な距離感での会話、ベランダ越しの会話...。父との間にはない微妙な距離の描き方が見事です。

物語が流れていく方向は明確なのですが、けれど、分かりやすいストーリーがあるわけではありません。一つのまとまった作品として印象を残すというよりは、ところどころに心に引っかかる場面や映像がありました。登場人物の誰をも否定することなく温かく見つめる視線が心地よく、穏やで柔らかい黄色っぽい光に包み込まれる街の美しさが眼に残りました。

静かだけれど力強さが感じられる味わい深い作品でした。じっくりと噛みしめながら観たい作品です。"ながら鑑賞"では勿体ない感じがしますし、映像が実に美しい作品なので、できれば、家庭でのDVD鑑賞より、映画館で観たいものですが...。