ふるさと [DVD]/加藤嘉,長門裕之,樫山文枝
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平方浩介の「ジイと山のコボたち」を映画化した作品。


ダムが建設させることになり、水没することが決まった岐阜県、揖斐川上流にあった徳山村。長年、連れ添った"バア"が亡くなり、認知症が目立つようになった"ジイ(伝三)"。息子の伝六、はな夫婦と一緒に生活していますが、伝六は、言動がおかしくなることがある伝三をなかなか受け入れることができません。そんな中、かつてはアマゴ釣りの名人と言われた伝三の元に、近所の少年、千太郎がアマゴ釣りを教えて欲しいとやって来て...。


"うさぎ追いし..."と歌われる"ふるさと"がここにあると思わせてくれる作品です。まさに"日本のふるさと"と言えるような心に染み入るような美しい風景。そして、その中で生まれ育ち、その中で生き抜いた伝三を演じた加藤嘉の出色の演技。穏やかだけれど、記憶や言動に歪みが見られるときの表情、混乱し苛立った時の表情、活き活きと釣りをする時の表情...。それぞれに、本当にこの村で生まれ育って、生きてきた老人としか思えないような自然さ、リアルさで伝三の存在を際立たせています。


言動がおかしくなった伝三の扱いに困り果てて、"離れ"に隔離しようとする伝六。そんな伝六に反発し、喧嘩になった後、はなに諭され、気持ちを落ち着けた伝三のセリフなど泣けてきました。「オラもチト怒り過ぎたかもしれん。・・・オラもうそう長いことない、じきにお迎えがくる身じゃから...。せがれのこともしんぺい(心配)でな。・・・はな、しんぺいかけたがな、オラやっぱりはなれで寝る。・・・・・ぜん六に嫌われるのもつれぇでな。オラ隠居じゃから隠居部屋で寝るのが似合いじゃわい。」


長年慣れ親しんだ住処を奪われる人々。環境が大きく変化していこうとしている中で、認知症が進行していく老人。暗くなりがちなストーリーですが、クライマックスでの伝三の回想シーンが、美しいふるさとの中で育まれてきた彼の輝きのある豊かな人生を示してくれて、観る者に、伝三の幸福を伝えてくれています。人の死は哀しいものですが、いつか必ず死を迎えることが決まっているのなら、幸福な形での死を願いたくなるもの。自分自身の能力を最大限に発揮できる場で、懐かしい想い出とともにあった伝三の最期は、間違いなく幸福なものであったことでしょう。


失われていく村。やがて、水没し、そこを訪れることもかなわなくなる家土地。けれど、そこにあった想い出は、人々の中に生き続けていくのでしょう。旧徳山村については、徳山村で農業の傍ら民職を営んでいて、1977年から村の写真を撮り始めた増山たづ子の「故郷-私の徳山村写真日記」(じゃこめてい出版、1983年、絶版)、「ありがとう徳山村」(影書房、1987年、絶版)、「増山たづ子 徳山村写真全記録」(影書房、1997年)等の写真集や、ドキュメンタリー映画「水になった村」などとともに、本作は、徳山村を記録した記念碑となるのでしょう。


良くも悪くも加藤嘉の映画という印象ですが、一度は観ておきたい映画の一つだと思いますし、後世に遺すべき映画の一つであることは間違いないと思います。


当初は、洪水調整用ダム、1957年には、深刻な電力不足を補うための水力発電用のダムを建設する計画ができ、最終的には、多目的ダムとして建設されることが決定。1987年に村は廃村となり、1989年に水没地帯の住民の移転が完了しています。2000年に工事に着手し、完成が2008年。徳山ダム建設の必要性については、全国的な論争も起きています。八ツ場ダム、川辺川ダムとともに、事業の計画から完成まで51年と、日本の長期化ダム事業の代表格となっています。