【スマイルプライス】 白いカラス Dual Edition [DVD]/ニコール・キッドマン,アンソニー・ホプキンス,エド・ハリス
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フィリップ・ロスの小説「ヒューマン・ステイン」を映画化した作品。原作は未読です。


些細な言葉の行き違いが元で職を失い、妻まで失った大学教授のコールマン・シルクは、別荘に引きこもり失意の日々を過ごしていました。やがて、病気療養のため執筆を中断したまま書けないでいる作家、ザッカーマンに自分のことを書かないかと持ちかけます。2人は交流を持つようになり、コールマンは、大学での清掃の他、複数の仕事を掛け持つフォーニアとの恋をザッカーマンに打ち明けます。彼女は、ストーカーのように付き纏う元夫、レスターを恐れていました。一方のコールマンも誰にも言えないでいた秘密を抱えていて...。


物語の背後にクリントン大統領のモニカ・ルインスキー問題の報道が流れます。これで、映画の"現在"がいつのことか分かると言うこともありますが、大統領としての政治的活動ではなく、プライベートな問題で政治家生命を危機にさらしたクリントン大統領と、やはり、大学教授としての本質的な仕事とは違う部分で退職を余儀なくされたところが同じ...ということなのでしょうか。


今となっては、そこまでの秘密だろうかと疑問を感じる部分もあるのですが、彼がそれを一生の秘密にしようと決意した時代は、今とは全然状況が違ったはず。幸か不幸か黒人の両親の子どもでありながら、白い肌に生まれてきたコールマンが、その"アドバンテージ"を活かそうと必死になったとしても、それを笑う権利は誰にもないでしょう。


ただ、だからといって、そこまで"白人"として通用するのかどうか、少々、疑問は残りました。肌が白いと言うことは、"アルビノ"と理解すれば納得できます。けれど、鼻の形とか唇とか、黒人的な顔の特徴が失われる...という点がよく分かりませんでした。一家揃って、黒人的特徴が比較的薄い顔立ちであるところを見ると、いろいろと、混血があって、顔のつくりの部分でも白人的な特徴ばかりた出現した...ということなのでしょうか...。"


若き日のコールマンは、恋人に母親を会わせます。その時、恋人は、彼の出自に気付きます。それまで、彼女が気付かなかったということは、白人の彼女から見てもコールマンが違和感なく白人だった...ということなのでしょう。黒人でありながら"白人"で通用する容姿を持っていたがために、彼には、白人として生きるか黒人として生きるかという悩みが生じます。彼の兄妹のような顔立ちであれば黒人として生きるしかなく、迷いなど生じなかったことでしょう。そして、彼の出した結論に沿って歩むために、大きな秘密を抱え、苦しむことになったのです。さて、これで、本当に良かったのか...。


けれど、差別される側にいる者が、その"差別される側に追いやられる理由"を隠せる状況にある時、それを隠さずにいられるかというと、なかなか難しいでしょう。日本でも島崎藤村の「破戒」などの名作がありますが、本来、差別する側が"悪"なのであって、差別する側が引け目を感じる必要などないはずなのに"隠せるものなら隠したい"という気持ちを持ってしまう。ここに、"差別"ということの本当の問題があるのかもしれません。自身の出自を隠すということは、家族と縁を切ると言うことでもあり、自分を形成しているものの大きな一部を否定するといことでもあるのですから。


コールマンの最初の恋。コールマンを白人だと思っていた彼女は、彼の母親に会ったことで真実を知り、その結果、2人の関係は破たんします。それから50年の月日を経て、フォーニアは、彼の"告白"を受け入れます。フォーニア自身に長年抱えていた傷があったからこそ、コールマンの心情を理解することができたのでしょう。そして、社会の変化も、コールマンの背中を押したのかもしれません。いずれにせよ、社会に深く根付いた問題はそう簡単に解決できないけれど、それでも、私たちは、少しずつ変わっていける...ということなのかもしれません。


救われない結末のようにも思えますが、コールマンとフォーニアは、もしかしたら、ハッピー・エンドだったのかもしれません。差別社会から逃げてきたコールマンと特権階級から逃げてきたフォーニア。2人とも家族を失い、ここに孤独に生きている。そんな2人が巡り会って得た幸せ。コールマンの"最後の恋"というのは、本当にその通りだったのでしょう。で、その幸せを確かなものにするには、その後の不幸を防ぐしかなかったのかもしれません。もう2度と不幸に捕らわれないようにするためには、そこで人生を終わらせるしかなかったのかもしれません。走る車の中の2人の幸せそうな姿を永遠のものとするためには...。


確かに、レスターが2人の最期に完全に無関係だったわけではないでしょう。けれど、一方で、2人のそれぞれの中に死への願望があったようにも思えます。


ラストは、ある意味、怖い場面です。湖の上で釣りをするレスター。さて、2人の死にレスターは関与しているのかどうか、2人の死はレスターの意図したものであったのかどうか、その辺りが、分かりやすく明確に示されているわけではありません。レスターとザッカーマンの間で交わされる意味深な会話の解釈の仕方で大きく印象が変わってくる作品です。


レスターは何を釣り上げようとしていたのか...。そこは、2人が落ちた湖...。


本作に盛り込まれている問題は、アメリカ社会の大きな問題と重なっています。人種差別、ベトナム帰還兵の問題、子どもへの虐待、家庭内暴力...。


正直、テーマが拡散し過ぎて焦点がボケてしまった感じもしますし、多くの要素が詰め込まれ過ぎて全体に薄く味になってしまっている感じも否めません。けれど、俳優陣の好演にも支えられ、考えさせられる作品になっていると思います。地味ですが印象的な作品でした。