19世紀のアイルランド、アルバートは、ダブリンにあるホテルでウエイターとして働いていました。個々の顧客の習慣や好みに合わせてこまやかな気遣いをするアルバートは、ホテルでも顧客の信頼が厚い従業員でした。ホテル内の従業員用の部屋で静かで孤独な日々を送るアルバートには、誰にも明かすことのできない大きな秘密がありました。ある日、陽気で端正な容ぼうの塗装業者ヒューバートが、ペンキの塗り替えのためにホテルにやって来ます。ホテルのオーナー、ベイカー夫人に言われアルバートはヒューバートを自室に泊めることになりますが...。


アルバートが遺したお金。それがあったから、ベイカー夫人はヒューバートに大掛かりな塗装を依頼し、ヒューバートは大きな収入を得ることができ、ヘレンとの生活を始められるわけですから、まぁ、かなり目減りはしたものの、巡り巡って、アルバートが関わった人々を幸せにした...ということになるのでしょうか。


ヘレンに相手にされていないことを知っていながら、それでもなお、最後の最後まで彼女を守ろうとしたアルバートの気持ちは、結果的には報われたわけです。アルバート自身がそれを知るチャンスがなかったのは何とも残念ですが...。


ホテルの客に対しては相手の気持ちや要望を的確に汲み取り痒いところに手が届くようなサービスをできるアルバートがヘレンに対しては、自分の気持ちだけで突っ走ってしまう辺り、少々、違和感ありました。ヒューバートの人生に接して、それまでは想像もしなかったような選択肢が自分にもあるかもしれないと勘違いしてしまったということなのでしょうか。ずっと大きな秘密を抱えて生きてきたアルバートが、ヒューバートとその秘密を共有できたことで、一気に緊張が途切れてしまったということなのでしょうか。


もしかしたら、アルバートは、ヘレンに恋心を抱いていたというよりは、ヘレンに生活の手段を与えたかっただけなのかもしれません。女性が自分の力では生きにくい時代、まして、子どもを抱えた未婚の女性が生きるのは相当に困難なことでしょう。自身が私生児だったというアルバートですから、ただでさえ差別され生きにくい女性が、それ以上のハンディを抱えた時の厳しさを身に沁みて分かっていたはず。そして、ヘレンの子どもが私生児として生まれてくるであろうことはアルバートも予測していました。大きな秘密を抱えながら孤独に生きるよりも、アルバートの他に手を差し伸べる人物はいないであろうヘレンと生まれてくる子どもを守りながら、彼女たちと生活をともにしたかったのかもしれません。


生きるために抱え込まざるを得なかった大きな秘密。それを背負い続ける緊張感から少しばかり解放されたことで、それまでとは全く違った行動をするようになったアルバート。それは、絵にかいたような幸福をアルバートにもたらすことはありませんでしたが、アルバートの与り知らぬところでではありましたが、アルバートが懸命に働いて遺したものが、結果的に、ヘレンとヒューバートを幸福に導いたのです。


そして、アルバート自身も、本当に一瞬の僅かなものでしかなかったですが、確実に幸せを味わうことができた。不幸が大きかっただけに、そのほんの小さな輝きは、アルバートを大きく満たしたのではないでしょうか。普通に考えれば惨めで哀しいアルバアートの人生ですが、最後の表情がアルバートにも確実に幸せがあったことを伝えてくれているように思えました。


皮肉な感じもしますが、どこかで多少は辻褄が合うのが人の世の温かさであり、ささやかな希望なのかもしれません。


もうちょっと確かな幸せをアルバートにプレゼントして欲しかった感じはしますが、心に沁みる印象的な作品でした。



公式サイト

http://albert-movie.com/