吉田修一の同名小説を映画化した作品。原作は、既に読んでいます。


保険外交員の女性の遺体が発見されます。当初、彼女が待ち合わせをしていると友人に話していた地元の大学生に疑いの目が向けられますが、捜査が進み、彼女と出会い系サイトで知り合っていた土木作業員の清水祐一が容疑者として浮かび上がります。その頃、祐一は、やはり、出会い系サイトを通して知り合った光代と付き合うようになっていました。やがて、祐一が指名手配されるようになり、光代は、祐一と行動をともにしますが...。


長編の原作の映画化ですが、なかなか、巧く原作の味わいを残しながら、重要なエピソードを削って纏めていると思います。祐一の性格特徴を示し、逮捕される場面での祐一の行動に繋がるエピソードが削られていたりもしましたが、それも、映画化に当っては必要なことだったのだと納得できました。


本作は本作として、原作とは別の作品として、きちんと成り立っていると思います。原作のある映画作品としては珍しく、原作を読んだ後でも映画作品を楽しむことができましたし、本作だけを観ても十分に作品の世界を堪能できると思います。


祐一と光代、それぞれの物語、そして、二人の関係に纏わる物語が、胸に沁みてきます。それぞれが抱えていた孤独の深さ、明るい未来が見えない中で日々を生きる空しさ、そんな中で、初めて心を許せる相手に出会った嬉しさ。けれど、すでに大きな罪を犯してしまった祐一にとって、光代と出会えた喜びが大きかっただけに、彼が抱えていた闇との落差に苦しめられたことでしょう。


そして、祐一の罪を知った光代。この辺りの表情の変化が実に見事に彼女の心情を表現していて、作品の世界に引き込まれました。


手塩にかけた可愛い孫が殺人を犯し、悪徳商法で脅されるように虎の子の貯金を巻き上げられ、大きく痛めつけられ傷つけられた祐一の祖母が、悪徳業者に金を返すよう迫るシーン。愛娘を殺された父親がその事件きっかけを作りながら全く反省のない大学生に思いをぶつけるシーン。この2つのシーンは、本作のメインストリームからは、やや、外れますが、白眉の場面だったと思います。


両方とも、立場は違えど、それぞれ、自分に直接の責任がないところで起きたことにより大きく運命を変えられてしまった者が、虐げられた立場から自分なりの人間としての尊厳を取り戻し、事件から立ち直っていく姿が表現されていたと思います。そして、多分、二人とも、何が悪なのかを知ったことで、それぞれの行動を起こしたのでしょう。樹木希林、柄本明がさすがの好演。


では、祐一はどうだったのか?祐一が逮捕される場面での光代への行為の背景を考えれば、それは、光代を"悪"から守るための行為だったのでしょう。そして、祐一は、すべての"悪"を引き受けることになるのでしょう...。


ラストの光代の行動。彼女は、その場を離れるのか、それとも、父親がそこからいなくなるのを待つのか?光代が、祐一の犯行現場を訪れながら、そして、その場で手まで合わせながら、花束を置かなかったのは、殺された被害者より祐一への同情が強かったからかなのでしょう。そして、自分を祐一の"被害者"と位置づけなかったからなのでしょう。これも、光代が、何が悪かということに答えを出したということなのかもしれません。


光代の祐一と過ごした時の回想で終るということは、光代が祐一の想いを確かに受け取っているということなのでしょう。そこに、本作の光があり、"悪"というものの、人生というものの複雑さが現れています。


そもそも、祐一の"罪"も、いくつかの偶然が重なった結果。被害者がそこに現れなければ、祐一が長時間待たなければ、大学生が居合わせなければ、彼女が大学生の車に乗らなければ、祐一が二人を追わなければ、大学生が彼女を蹴りださなければ、祐一が彼女を助けようとしなければ、彼女が祐一に対して暴言を吐かなければ...、起こらなかった事件です。人は、ホンの些細なきっかけから大きな罪を負うことにもなり、酷いことをしながらも犯罪とは認定されないこともあり、自分に責任のないことで痛めつけられることもあり...。


ままならない人生をどう生きるのか、祐一の祖母、保険外交員の父、光代は、その自分なりの答えに辿り着こうとしているのでしょう。


重く暗い雰囲気の作品ではありますが、読み応えのある原作、しっかりした脚本、確かな演出、深みのある映像、力のある演技陣が揃えられて印象的な作品になっています。


一度は観ておきたい作品。間違いなく、今年の邦画ランキングのトップクラスに入る作品だと思います。お勧め。



公式サイト

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