無能の人/竹中直人
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つげ義春の原作を元に映画化した作品です。原作は、随分前に読みました。


かつては漫画で名を成したこともある助川は、様々な商売に失敗した挙句、多摩川の川原で元手のかからない石を売ることを思いつきます。けれど、多摩川の川原で、その近くで拾った石を並べたところで売れるはずもなく、掘っ立て小屋のような小屋も閑古鳥が鳴くばかり。ある日、石のオークションが開催されることを知った助川は、妻と会場に向いますが...。


何をしても上手くいかない...。というより、よりによって、何故、そんなことを???といった感じの助川。もっと地道に確実に収入を得る方法がないわけではないだろうに...。助川の妙にこだわりを持った"無能ぶり"が情けなくも可笑しく、人間の愚かさと愛おしさを感じさせてくれます。


そして、そんな助川を見捨てない...というより、時には助川以上に無謀な行動に出る妻。


無能で情けないけれど、彼も家族にとって"無用"ではない。取り立てて他に親しい人がいるようにも思えないそれぞれに孤独な3人が寄り添い生きていく。原作で特に印象的だったのは、「世の中から孤立してこの広い宇宙に三人だけ」というひとコマ。ここに、何故、この夫婦が別れないのか、この家族を結びつけるものが何なのかが表現されていたような気がします。本作のラストシーンとこのひとコマが繋がります。


そう、彼らは、多分、収入は無いけれど、さして"貧しい"わけではないのです。もしかしたら、それなりの経済的な基盤もあるのかもしれません。助川が熟れていた時代の蓄えが残っているのかもしれません。きちんとした雰囲気の家で生活しているし、少なくとも食べられないという状況ではなさそうだし、それなりに"散財"する余裕すらある...。それが、確かに経済力に裏付けられた余裕なのか、そんなものとは関係ない精神的な余裕なのかはよくわかりませんでしたが...。


世の中に特に役に立っているわけでもなさそうだけれど、悪をなしているわけでもなく、ただ、ひっそりと社会の片隅で、少々、方向を間違った努力をしながら、報われずに生きている。それはもしかしたら、相当に省エネルギーでロハスでエコな生き方なのかもしれません。


主人公のダメダメ振りを描き、未来への希望など感じられないにも拘らず、温かさが感じられる作品でした。ダメでも無能でも、生きる場所はある、存在する価値はある。そして、そんな彼を受け容れることが出来る家族こそが幸福なのであり、そうした存在を受け容れられる社会こそが人々を幸福にする社会なのかもしれません。


キャスティングの成功もあると思います。特に鳥男役の神代辰巳は短いシーンながら際立った存在感を示しています。妻役の風吹ジュンも好演。しっかりしているのかいないのか、常識をわきまえているのかいないのか、不思議なバランスの上に成り立っている人物像が上手く表現されていたと思います。



無能の人@映画生活