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赤い文化住宅の初子


松田洋子のコミックを原作とした作品です。原作は未読です。


兄の克人と二人暮らしの初子は高校受験を控えた中学3年生。同級生の三島くんとの「一緒に東高へ行く」という約束を果たすべく勉強をしていたのですが、父が借金を残して蒸発、母は死亡という境遇にある兄妹二人の生活は苦しく、高校進学はかなり厳しい状況にあります。初子は何とか生活費を稼ごうとラーメン屋で働きますが、仕事を上手くできずクビ。高校を中退して働いていた兄まで会社をクビになり...。


それにしても、これは、かなりの貧乏です。そして、貧乏は必ずしも不幸ではないはずですが、初子には、数々の不幸が訪れます。父親は蒸発。母親は死亡。生活のため兄は高校を中退して働き出すが、クビ。初子自身もラーメン屋でバイトをするがクビ。想いを寄せていた同級生、三島くんからは誤解され...。周囲に彼女のことを真剣に考え、助けてくれる人はいません。まだ若い兄には、経済的にも精神的にも初子の面倒まで見る余裕はなく、三島くんも初子の気持ちを思い遣る器量はなく、教師たちも彼女のことをきちんと受け止めようとはしません。そんな中で、通りがかりの女性が初子に手を差し伸べようとしますが、それも怪し気で下心見え見え...。


一方、初子も何も話そうとはしません。あまりに辛く悲しい現実を周囲に知られたくなかったのか。恥ずかしさもあったかもしれません。


救われる道もあったはずなのです。生活保護とか、児童養護施設とか...。けれど、そういったものも、誰かが役所に働きかけなければ、向こうから助けに来てはくれません。


不幸な人生に負けずに過ごす方法。黙って耐え忍ぶ、空想の世界に逃げ込む、抜け出すべく自分で努力する、周囲に助けを求める...。初子のあり方が良かったのかどうかは微妙なところ。彼女なりの不幸に負けない生き方が切なく感じられました。


初子にとって、理解されない切なさ、自分の思いを受け止めてくれる人の存在がない寂しさ、それは、貧乏なことよりも大きな苦悩だったことでしょう。けれど、まだ、若く社会経験も少ない兄や同級生に、説明抜きで理解されることを求めることにも無理があったことでしょう。


初子も、自分が何も話さないことが三島くんをどれだけ傷付けているかということには思い至りません。このすれ違いは、思春期の若者の幼さ故なのかもしれませんが...。


初子を追い詰める不幸の数々。けれど、その中で、時に、ほんのりと感じられる小さな安らぎ。


そして、本作で印象的なのは、「赤毛のアン」についての初子の解釈とアンに対する複雑な思い。不幸にあって空想の世界に幸せを見出し、少しずつ周囲に受け容れられていくアンとなかなか周囲との壁を崩すことができない初子。そんな初子も少しずつ変わっていくのでしょうか。


冒頭の初子が「カネ、カネ、カネ...」と呟きながら歩く場面、初子が三島くんに「赤毛のアン」についての解釈をぶつける場面、克人が亡くなった父親に思いをぶつける場面は特に印象的でした。


そして、ラストの三島くんとの約束の場面。「一緒に東高に行こう」という約束は果たされませんでしたが、こちらの方は、成就するのか?これから、それぞれが別の場所で過ごす時の長さを考えると、なかなか、厳しい道のりだとは思うのですが、けれど、ちょっとは期待をしたくなる、そして、一筋の光を見出したくなる場面でした。


地味だけれど、深い味わいのある作品です。



赤い文化住宅の初子@映画生活