フランスの片田舎の町で兄夫婦と生活しながら精神科に通院しているファニーは、兄のガブリエルに心配をかけてばかりです。義姉のセシルとは、元々、折り合いが悪かったのですが、ある日、ファニーがセシルの不倫現場を目撃したことで、益々、悪くなっています。ファニーは、家を出る決意をし、ドイツに葬られた父の墓を目指して旅に出ます。途中、森の中で車がパンクし、困っているところを助けてくれたオスカーに出会います。オスカーとは、全く言葉が通じないのですが、ファニーは、オスカーの助けにより父の墓を見つけ、その後、しばらく、オスカーの家に居候し...。


ファニーが、なかなか、ユニーク。普通は、大人がしない、したくても人目を気にしてできないことを平気でしてしまいます。その姿を「何をバカな」と否定する自分がいる一方、どこか、羨ましさを感じる気持ちがあったりもします。「精神科に通院=純粋な魂の持ち主=世間と上手くやっていけない」という描き方は、あまりにステレオタイプで単純すぎる感じもします。けれど、演技力もあるのか、「あまりに未熟なだけの無知な大人になれない子ども」という嫌味な感じにはならず、不思議と観る者の心を惹きつける魅力を持った存在となっています。そして、このファニーの独特な雰囲気が本作の味わいを決定付けています。


普通、私たちは、コミュニケーションをするために最も大切な役割を果たすものは言葉だと信じています。けれど、コミュニケーションにおけて言葉そのものの影響力はわずか7%に過ぎないのだという研究があると聞いたことがあります。言葉そのものより、態度や表情、声の調子といったものの力がずっと大きいのだとか。


本作では、言葉の通じない男女が出会い、身振り手振りで意思の疎通を図りながら生活を共にし、恋に落ちます。二人のぎこちなく戸惑いがありながらも、通じ合っていくコミュニケーションの様子が、時に可笑しく、時に清々しく、時に感動的でした。


そして、それまで、人と触れ合うことへの抵抗が強かったファニーがオスカーと結ばれ、新たな人生のスタートを切ろうとしています。彼女を変えたものは、オスカーの存在と二人を囲む自然。とても根源的な人と人との繋がりあいがあり、人を癒し育てるものとしての他者の存在と自然の存在が、そこにはあります。


大きなドラマがあるわけではありませんし、「他者と自然が人を癒す」というのも、ありきたりな展開ではありますが、ファニーとオスカーを包む木漏れ日が心地よく、とても繊細で優しい作品になっています。




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明るい瞳@映画生活