ジェネオン エンタテインメント
ブラウン・バニー


「オトコの未練」が切々と痛々しく描かれています。


オートレーサーのバドは、ニューハンプシャーでのレースを終え、マシンを黒いバンに積み込んで、次のレースが行われるカリフォルニアへ向います。その途中、幼馴染のデイジーの実家に立ち寄り、娘から何の連絡もないと嘆く母親に、カリフォルニアでデイジーと二人で生活していると話します。さらに旅を続け、カリフォルニアに辿り着いたバドは、一軒の家のドアを叩き...。

ただでさえ、自分にとって大切な人の死というのは受け容れがたいもの。恋人を失う。そして、その死を止められずにいた自分。そういう状況がある中で、大きな後悔が残るというのはわかります。けれど、この全編を貫く、苛立たしいまでの後悔と未練は何だったのか?


何人かの花の名前を持つ女性たちと出会い、関係が深まりそうになったところで逃げてしまうバド。その姿に見え隠れするのは、デイジーへの未練。


単調な映像は、観る者を退屈させるばかりか、苛立たせるような平坦さ。それは、バドの心象風景そのものでもあるのでしょう。心を突き刺す痛々しさを見事に表現した映像と言ってもいいかもしれません。


危機に瀕している恋人を目にして立ちすくんでしまったバドは、その恋人に対する未練からも逃れることができません。


第三者に何かを伝えようとしているというより、心の中にあるものを何の加工もせず表に出したという感じが生々しく、観る者の心に突き刺さります。それは、表現というには、あまりに、ピュアでこなれておらず、時に、観客を戸惑わせることでしょう。商業ベースに乗せ、お金を取って見せるべき「映画作品」として考えると、良くできた作品とは言い難い気がしますが、酷く傷付いた心の痛々しさを真摯に表現した作品として独自の地位を気付く作品になっていると思います。




ブラウン・バニー@映画生活