アット・エンタテインメント
ブエノスアイレスの夜



軍事政権下のアルゼンチンを脱し、マドリードに住んで20年になるカルメンは、父の病気を機にブエノスアイレスに帰ってきます。かつて受けた拷問のトラウマにより、人と触れ合うことのできないカルメンは、偶然、電話で耳にしたグスタボの"声"に惹かれます。グスタボを雇い、壁越しに本を読ませるカルメン。カルメンは、その声を聞きながら陶酔の時を過ごします。やがて、二人は、惹かれあうようになり...。

軍政がいかに酷く人を引き裂き、その人生を狂わせたか...。非道な政治を批判しながら、それだけとどまらず、人間の根源に関わるような悲劇が見事に描き出されています。自分の運命が分からない神ならぬ身の哀しさ、切なさ...。そして、過酷な運命は、カルメンの周囲の人々の人生をも巻き込んでいきます。

声だけの男女の交わりが実に官能的です。直接の接触がないにも拘らず、むしろ、そのために、独特の緊張感と異様なまでの興奮がもたらされます。

癒えない傷を抱き続けるカルメンをセシリア・ロスが見事に演じています。いかに深い傷を抱えているか、説得力のある演技でした。そして、そのベテランに負けない存在感を出したガエル・ガルシア・ベルナル。


何とも重く悲劇的な作品ですが、心に染み入ります。悲劇と絶望の果てにある最後のカルメンのセリフ。そこには、生に向かう気持ちが表されているようで一筋の救いが感じられました。




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