こんにちは、さっちんです
先日のカレンダーのお届けで登米市訪問に際し、登米市がどこにあるのか改めて地図を出してみました。
宮城県の北東部にあり市の北部は岩手県に隣接している県境の市です。でも、仙台市まで70kmという距離は実は想像よりずっと身近なものでした。
何年も前に伊豆沼に行ってから、こちら方面に足を延ばすことがありませんでしたので本当に久しぶりです。
土地勘のない私たちは少し迷いながら、今回最初の目的地「コンテナおおあみ
」さんへ向かいました。
青と白のコントラストが素晴らしい建物は、何か期待してしまうほどのインパクトがありました。
出迎えてくださったのは
アートディレクション事業部の千葉智恵さん。
「企業家支援のインキュベーション施設としてスタートすることになっていたんです。」
その準備の最中に震災は起きました。
「私たちが行動しようと思うとき、大切にしたいのは物理的な空間の提供だけでばなく、人と人をつなぐことで新たな活路や希望を見いだせるようにすることです。震災後、私たちは避難所支援という活動からスタートしました。また、南三陸町から登米市のアパートに移住してきた家庭の子どもたちは、勉強する環境が整わず、その機会を作ってあげたいと思いました。」
千葉さんたちは、ボランティア活動で登米市に来ている大学院生たちにお願いをして、コンテナおおあみのコミュニティルームで学習支援を始めました。
今回、海外の子どもの絵を入れたカレンダーの配布には、千葉さんにたいへんご尽力いただきました。
そこには「コンテナおおあみ」さんの志と、千葉さんのお人柄がとても大きかったとお会いしてみて思いました。
登米市には沿岸部の南三陸町の方々が避難されてきており、コンテナおおあみからもほど近い南方町にも350戸もの仮設住宅があります。そこだけでも1,000人の南三陸町民が住んでいます。
その仮説住宅でも、学習支援をしているということで、そこの子どもたちにもカレンダーを届けるお話をしてくださっていました。
丁寧なお礼を言う子ども、ふざけて逃げ回る子どももいたりして、私の知っている子どもたちの反応だなあ、となぜか嬉しくなりました
「一つ今日のルールを書くと、あとは自分たちでルールを作るんですよ。」
東京大学大学院生であり、特定非営利活動法人「人間の安全保障」フォーラム
(HSF)事務局長の内尾太一さんは、子どもたちとのふれあいの中から子どもの自立を促しているそうです。
HSFは、宮城県内の様々な仮設住宅地において、被災した子どもの学び、遊び、育ちの場づくりを行う、「子ども未来館」プロジェクトを行なっています。
夜は、コンテナおおあみでの学習支援。彼らは、“実践”することで自分自身も学んでいると言います。
コンテナおおあみの及川幾雄事業部長は
「シャッター商店街を人が集まる場にしたいと思っています。現在仮設住宅に住んでいる南三陸町のみなさんと一緒に話し合って、“みんなで集える空間”を作り上げていく必要もあると思うんです。コミュニティカフェはその一つ目として作りたいと考えています。すでにプロジェクトも立ち上げました。シャッターも一つ開くと次々開いていく、そういうものです。」
そこには、登米市の人、南三陸の人という垣根はどこにもありません。
みんなで自分たちの暮らすまちを作り上げていく。
本当はみんなそうしたいのに、何とかしなくちゃと思っているのに、自分ひとりじゃ何もできないと思い込み、なかなか動きだせないものです。
及川事業部長のお話には、壮大で夢があり、そのプロジェクトに私も引きこまれていくのを感じました。
そして、この先にある登米市の姿を見てみたいと思いました。
それは、きっと「行動」が見えるからですね。
「思っているだけでは、思っていないのと同じ」
以前講演 で言っていた伊勢谷友介氏の言葉を思い出しました。
きっと、また行きます。
海外の子どもたちの絵が結んでくれたこのご縁。
大切にしていきたいと思います。
「コンテナおおあみ」さんの活動の様子は
こちらのブログでも紹介しています。
ぜひご覧ください。