短 信(23) | 光のエレベーター

光のエレベーター

光のエレベーターに乗ってみませんか。
光にそっと乗るだけであとは輝きながら
昇ってゆくだけ・・・大丈夫!
五井先生、ありがとうございます。

 お手紙拝見致しました。現実というものは
中々大変なことの連続で、そうしたなかで
世界平和の祈りを実行するということは、
さぞお辛いだろうと思います。


 世の中理屈どおりにはゆかないというのが、
大体の人の心を占めているおもい
なのであります。


 これはこのとおりでして、一つの祈りや
宗教でこの世が地上天国になるのであれば、
とっくにこの世は地上天国になっているわけ
であります。


 それが、そうなって参らなかった原因は
何かと申しますと、人間が、我のおもいの
なかで、地上天国をゆめみてきたから
なのであります。


 ひらたく申しますと、人間の慾、自分
というものを捨て切れずに、いつの間にか
自分が自分がになってしまうという現実。
 そうしてそういうものをかかえたままで、
パラダイスを夢みてきたところで、それは、
真実の天国とはならなかったのであります。


 ところで、いつも申しますように、人間
というものは、我にとらわれた存在ではなく、
本来は、とらわれや、こだわりから放たれた
光そのものの存在なのでありますが、
いきなり、神の子、光の子といっても、
この世の中に生きてゆく以上、何かしら
辛いことが起きる、苦しいことが起きて
ゆく現実というものは否定できない
のであります。


 そこで、消えてゆく姿で世界平和の祈り
ということを申し上げているのであります。


 そして、それでもなお、辛い苦しい思いは、
全部私に下さればよろしいのです。遠慮
なさる必要はありません。


 かなしい時にはかなしいし、辛い時には
辛いのです。 


 私は、人間の心の自然な動きまでを、
いけないというつもりは全くありません。
 あなたもそのお一人だろうと思いますが、
宗教をやっていて、良心の鋭い人程、私は
駄目だ、永年やっているのに、まだこんな
ことも出来ないという風に自分を責めて
しまいがちになる。
 そして、私なんかというおもいにつつまれ、
とらわれてしまうのであります。


 私はここではっきり申し上げますが、
神様は、私どもをそれ程出来のわるい
子どもには作っていらっしゃらないのです。
 元々神の光のひとすじなのですから。


 今のあなたの辛い苦しいおもいを、
どうぞそのまま、私に預けて下さい。


 いつも申しますように、世界平和の祈りは、
肉体の私達が祈っているようにみえますが、
実は、霊体神体という奥のからだが祈って
いるのであります。


 ですから、祈りが、唇から突いて出て
こないという時には、これらのあなたの
いのちを生かしている霊体神体が祈り、
守護霊守護神が祈り、また、私がかわって
祈っているのだということを、どうぞ覚えて、
心をのんびりとさせて下さるように
お願いしておきます。


 どうぞ、何も心配なさらず、ありのままの
自分の心を抱き、祈れるようになったら、
世界平和の祈りをなさって下さいますように。


               合 掌
                 昌 久