茨城県大子町の廃校休校巡り:後編(2022/05/04) | haiko-riderのブログ

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2010年春から現在まで、趣味で廃校休校巡りをしてます。
これまでに訪れた校舎や思い出を記事にしてます。
無分別な廃墟探索とは全く異なりますので、誤解無きように。

今回は、前回掲載した茨城県大子町の廃校休校巡りの後編となります。

前回の記事は⇒ こちらへ

なお、今回は成り行きで、隣接する栃木県大田原市の廃校を

一校含んでおります。

 

大子町(だいごまち)は、茨城県久慈郡の町です。

北西部の県北地域に位置し、福島県や栃木県と県境を接しています。

 

大田原市(おおたわらし)は、栃木県の北東部に位置する市です。
松尾芭蕉「奥の細道」と縁の深い地として知られており、

市の中央を流れる那珂川や八溝山系の里山など自然豊かな地域です。

特産品の唐辛子は生産量日本一を誇ります。

 

大子町中心部から県道160号を北上、沿道に正門と奥に校舎が

見えてきました。

 

ごつごつした岩のような太い門柱

表札は激しく劣化、亀裂に錆が入り判読不能です。

 

左手に瓦屋根の校舎が見えます。

校庭を囲むようにL字型に並んでいます。

 

トタン屋根の平屋校舎は、2号棟と呼ばれ1937年(昭和12年)に

建てられたものです。

 

目を引くのは、瓦屋根の古い木造校舎です。

 

こちらは、1号棟と呼ばれ、1913年(大正2年)3月落成、

2号棟の新築の際に、現在の位置に曳家(そのまま移動)されました。

 

校舎の近景

 

校舎の前に生い茂る樹木を回避して、斜めから撮ってみました。

 

玄関の近景

表札をみると、「大子町社会福祉協議会指定訪問介護事業所」

となっており、訪問介護の施設として利用されているようです。

 

樹木の陰で気が付きませんでしたが、屋根に小高い換気塔があり

丸時計が設置してあります。

 

サッシ窓に下見板張りの壁

 

奥の渡り廊下で2号棟と繋がっています。

 

校舎裏の様子

三角形の支え板が、風雪や地震から守る役割を果たしています。

地味な裏方ですが、木造校舎ならではの趣がありますね。。

 

校庭の様子

 

校庭の一角に藤棚

 

制作時期は不明ですが、昭和30~40年代の卒業記念作品でしょう。

リスの周りに卒業生の名前が刻んであります。

「努力」を積み重ねてきたリスの姿がありました。

 

小学校跡記念碑

「此の地に 我が母校 浅川小学校 ありき」

 

1号棟、2号棟の二棟は、国登録有形文化財となっています。

 

解説板

文化庁の銘板付きです。

 

浅川小学校(2001年閉校)

沿革をみると、

1873年(明治6年)11月 創立
1913年(大正2年)3月 1号棟竣工
1937年(昭和12年)5月 2号棟新築、同時に1号棟を現在の位置に曳家
1987年(昭和62年)3月 児童数は62名
2001年(平成13年)3月 だいご小学校への統合に伴い閉校
2006年(平成18年)4月 通信制のルネサンス高等学校として開校
2021年(令和3年)4月 大子町指定訪問介護事業所として活用
大子町に数ある国登録文化財(建造物)の一つです。

郷愁漂う木造校舎は、映画のロケに使用されています。

 

県道160号を引き続き北上し、槙野地(まぎのち)地区に入ります。

沿道に大子おやきの幟を見て、ゆっくりとスロープを登ります。

 

おやきとは、大子町の特産品で古くから伝わる郷土食のひとつです。

 

門柱の表札は、大子おやき学校になっています。

 

反対側の門柱は、往時の表札が残っていました。

(門柱は生垣で覆われており、このアングルしか撮れませんでした。。)

 

校舎の全景

芝生の奥、山を背に対峙するのは、

横に長~い平屋建て木造校舎です。

長さは38間(約70m)あります。
 

土手には丸刈りの植栽達が並んでいます。

 

校舎中央の近景

石段の両側の植栽も綺麗に手入れされています。

 

丸ランプに木板の表札、レトロな雰囲気が漂います。

 

構内に入ると、天井は高く傘型の屋根が組んであります。

 

屋根の真下に、二宮尊徳像が。

屋外から移設したものでしょうか。。

 

構内は改修されていますが、往時使用していた机や椅子、黒板が

懐かしい空間を作り上げています。。

 

かつて、このような教育目標が各教室にも貼ってありましたね。。

 

手作りの籠やカバン

広いスペースは売店にも使用されており、手作りの工芸品、

お土産品などを置いてあります。

 

おやき学校トートバッグ

 

小豆、野菜、野沢菜、おかか、かぼちゃ、きんぴら、チーズ、リンゴ等

いろんな種類のおやきを実演販売しています。

小生は、リンゴ味を頂きましたが、ふるさとの温もりとリンゴの

甘さが相まって実に美味しかったです。。

 

きのこ以外は150円です。

おやき作り体験もできるようです。

 

校庭の様子

 

校庭の片隅にポツンと小さなモニュメント

 

先生と児童でしょうか。。

向き合って手を繋ぎバランスを取っています。

 

卒業記念モニュメントと思われます。

ペンギンかな?

 

こちらにも劣化したモニュメントが残っていますが、

右側は台座だけになっていました。

 

学校跡記念石碑

此の地に 槇野地小学校 ありき

 

沿革碑

 

下見板張外壁の正面中央に切妻屋根の玄関を擁した美しい

木造校舎は、国登録有形文化財(建造物)に指定されています。

 

解説板

 

槙野地小学校(1996年閉校)

大子町北部の山奥に建つ長大な木造校舎です。

沿革をみると、

1874年(明治7年)佐原村立左貫小学校槙野地分校として創立
1879年(明治12年)火災を機に、同年現在地に移転、校舎新築
1947年(昭和22年)学制改革により佐原村立佐原小学校槙野地分校と改称

1951年(昭和26年)現在地へ移転により校舎竣工
1955年(昭和30年)町村合併により大子町立佐原小学校槙野地分校と改称
1956年(昭和31年)独立し大子町立槙野地小学校と改称
1987年(昭和62年)児童数21名
1996年(平成8年)さはら小学校への統合に伴い閉校

1998年(平成10年)改修を加え「おやき学校」として活用
2021年(令和3年)リニューアルオープン

今後も、「おやき」に象徴される失われつつある里山の文化を

継承していく学び舎として、多くの人々に愛されていくことでしょう。。

 

 

県道160号を引き続き北上し、県道28号を南下、上郷(かみごう)

地区の沿道の石垣に古い講堂らしき建物を見付けました。

 

閉校となった黒沢中学校の標柱です。

 

現在は、民間企業の社用地となっており注意事項を記した看板が

立っています。

社用地は柵やロープで囲まれ、立ち入り禁止となっているのが

一般的ですが、注意事項を守れば見学はできるようです。

 

コンクリートの門柱に残る往時の表札

生垣に覆われて正面から撮れませんでした。。

 

手前に講堂、奥に2階建て木造校舎です。

 

こじんまりとした講堂

 

間口の広い大きな玄関ポーチに丸窓が特徴です。

 

校舎には渡り廊下で繋がっています。

 

校舎全景

無数のソーラーパネルや関連設備が景観を損なっていますが、

社用地内で見学させて頂けるのはありがたいことです。。

 

下見板張りに白い窓枠の美しい2階建て木造校舎

本館と呼ばれ、長さ81m、建築面積870㎡と大規模な校舎です。

 

正面玄関

どっしりと構えた玄関ポーチ

平屋根を支える重厚な柱が印象的です。

 

正面玄関(斜めから撮影)

新緑の季節に、赤く枯れた松の木が廃校を象徴していました。

 

玄関の左手に続く校舎

奥にも幾つか棟がみえますが、樹木に遮られ近づけませんでした。

 

草むらに覆われた朝礼台

 

校庭の様子

ソーラーパネルが敷き詰められています。

 

奥にみえるのは体育館です。

 

こちらは、まだ新しいので、何か活用されている様子です。

 

玄関前に建つ国登録有形文化財の看板

本館を含めて5棟あるのですね。。

 

解説板

 

黒沢中学校(2013年閉校)

1947年(昭和22年)創立
1950年(昭和25年)現校舎を建設

1987年(昭和62年)生徒数105名
2013年(平成25年)閉校

閉校後は地元企業により管理されることになり、

教室内には机や椅子が今でもきれいに並べられたまま

残されているそうです。

なお、近隣の黒沢小学校も児童減少により2019年(平成31年)に

だいご小学校への統合に伴い閉校となりました。。

 

県道28号を再び北上し、上野宮地区に入ります。

沿道から小高い丘の上に学校跡があります。

校門から芝生の奥に、赤い屋根の平屋校舎、一段上に白っぽい

講堂が見えます。

 

平屋校舎の手前右手にも古い校舎ががあります。

 

年季の入った瓦屋根の校舎です。

 

門柱の表札は、劣化により脱色していますが、近付いてみると

大子町立上野宮小学校と刻まれています。

 

瓦屋根の黒壁校舎の全景

いかにも廃校、木の温もりとノスタルジーな雰囲気がありますね。。

 

赤い屋根の校舎とは、渡り廊下で繋がっています。

 

赤いトタン屋根の校舎全景

 

斜めから撮った校舎

校舎の倒壊を防ぐ三角形の支え板も懐かしいですね。。

 

木製の窓枠、トランペットスピーカーに、昭和の記憶が甦ります。

 

校舎の近景

 

正面玄関の近景

古びた玄関は田舎の駅舎のようにも感じられました。

 

校舎裏

 

跨線橋のような階段の先は。。

 

講堂へと繋がっています。

 

木造校舎とは対照的にコンクリートの重厚な造りです。

 

高台から見る校舎群

 

芝生の校庭

 

久しく遊ばれなくなった遊具

 

雲梯と滑り台

カラフルだった遊具も草色に同化しつつあります。

 

上野宮小学校(1983年閉校)

八溝山の麓、美しい緑に囲まれた、大子町最北部にあった小学校です。

寄棟屋根の年季の入った木造校舎は見応え十分です。

1885年(明治18年)創立
1983年(昭和58年)黒沢小学校への統合に伴い閉校
2006年(平成18年)自然体験・交流を行う「大子自然塾」として利用

大子自然塾のHPは2014年(平成26年)以後更新されていませんので、

現在は活動休止されているようです。

 

折角なので、大子町と県境を接する栃木県大田原市にある廃校に

立ち寄ってみました。

大子黒羽線(県道13号)を南下していくと、美しい木造校舎が

残っています。

黒羽町(くろばねまち)は、栃木県北東部にあった町です。

2005年10月1日、隣接する湯津上村とともに大田原市へ編入され

消滅しました。

黒羽町は、江戸時代、松尾芭蕉が奥の細道の旅中14日もの間

滞在し数々の句を残したことから「芭蕉の里」と呼ばれています。

 

趣のある2階建て木造校舎です。

植栽も綺麗に手入れされています。

 

校舎近景

正面玄関は、樹木の陰で全景が撮れませんでした。。

 

校舎裏

 

玄関傍の藤棚、池には鯉が泳いでいました。

 

小鳥?の飼育小屋

 

玄関窓に記した校名

 

二宮尊徳像と創立90周年記念碑

記念碑のモニュメントに校歌を刻んだ石板が掲げてありますが、

真っ黒で判読困難です。。

 

苦労が偲ばれる表情をされています。。

 

校庭の様子

 

校庭の奥、土手に時計台が見えます。

 

台座の銘板には、理想を刻む 創立90周年記念 とありました。

 

打ち捨てられた遊具用の古タイヤ

 

手を合わせ空を仰ぐ二人のモニュメント

制作年は不明ですが、卒業記念作品でしょう。。

 

教育標語

 

須賀川小学校旧校舎(2006年新校舎へ移転に伴い閉校)

1955年(昭和30年)に建てられた木造校舎は、新校舎の竣工後も

解体されることなく綺麗に保存されています。

植栽も手入れが施され、周りの自然と溶け合っています。

構内は開放されていませんが、立派な外観は、訪れる人たちに

郷愁と安らぎを与えてくれます。

美しい木造校舎は、NHK連続テレビ小説「ちむどんどん」「とと姉ちゃん」の

ロケ地に使われました。

現在の須賀川小学校は、須佐木集落にある新校舎に引き継がれていますが、

2021年度の児童数37名と決して多くはありません。