【ディランを追いかけて~ヘッケル】特別編:

ボブ・ディラン 2016年10月14日(金)”Desert Trip”
 

 

ボブは天才だ!

 

生涯一度の世紀コンサートと言われれば、見に行かないわけにいかない。デザート・トリップと名付けられた3日間のロック・フェスティヴァルがそれだ。若者に人気のコーチェラ・フェスティヴァルとおなじ会場、カリフォルニア州インディオにあるエンパイア・ポロ・グラウンドに毎日7万5千人を集めてコンサートがおこなわれる。ただし従来のロック・フェスティヴァルとちがって出演アーティストは1日2組だけに限られている。初日はボブ・ディランとローリング・ストーンズ、2日目がニール・ヤングとポール・マッカートニー、3日目はザ・フーとロジャー・ウォーターズと年配のロック・ファンは想像できないよう豪華な組み合わせのアーティストを見られるチャンス。まさに生涯一度の世紀のコンサートだ。また。若いファンにはロック・ミュージック界のレジェンドたちの音楽を、生で体験できるチャンス。見逃すわけにいかない。

 

デザート・トリップに出発した日、ぼくはノーベル文学賞受賞のニュースを飛行機に乗る直前に聞いた。毎年、10月になりノーベル賞のシーズンになると、ボブが文学賞を授与されるのではないかと心の準備を続けてきたが、今年はないと決めつけ、全く受賞するなんて考えていなかった。すごいなボブ。ボブは天才だ!

 

ノーベル文学賞と1週目デザート・トリップの評判がかさなり2週目デザート・トリップのディランのコンサートにぼくの期待は高まるばかりだった。ボブはファンの予想や期待を裏切ることが多い。しかし、デザート・トリップのボブはちがった。すごかった。あらためてボブは天才だと思った。

 

6時40分、ステージの照明が落とされ、スチュがエレクトリック・ギターで演奏するトラディショナル曲「フォギー・デュー」の一節が流れる。ステージ背後を占拠する巨大なプロジェクターは3分割されてモノクロ映像を映し出す。両サイドの2画面にはステージ上で歌うその夜のボブの映像が、中央の画面には1930~50年代のアメリカ社会をとらえたニュース映像のようなものがやはりモノクロで映し出される。この演出は最後まで変わらなかった。そう、ボブが歌っている映像が最後まで映し出されたのだ。デザート・トリップ第1週では、頭の数曲はボブの映像が映し出されたが、その後はボブの映像は全く映し出されず、代わりにアメリカ社会の様子がモノクロで映し出されたという。これには観客から不満の声が上がった。当然だろう。巨大なフェスティヴァル会場でステージの様子をみるにはプロジェクターを頼るしかない。それなのに、ボブの映像が映し出されなかったのだから、不満が爆発したのは当然だ。その反省から、2週目ではボブの映像がコンサートの最後まで映し出されたのだろう。写真や映像が嫌いなボブが、めずしくファン・サービスをしたというわけだ。

 

 

ただし、プロジェクターにボブの映像が映し出されると、観客の視線は画面に集中する。ライヴ・コンサートを見るために集まったにもかかわらず、カメラマンの意図で切り取られたステージの一部分しか見なくなってしまう。極論すれば、パブリック・ビューイングのようなものだ。一方、プロジェクターには、客席からは見えない映像も多数含まれていた。ステージ背後から撮影するカメラには観客をバックに歌うボブの姿がとらえられていた。頭上から撮影するカメラは、ボブがいかに軽やかな身のこなしでマイクスタンドを操っているかをとらえていた。客席からでははっきりわからなかったが、ボブは一度も用意された椅子に腰を下ろすことなく、立ったままピアノを演奏して歌った。とにかく元気だ。日本公演のステージではストレッチをなんどもしていたが、今回はまったくしない。

 

ボブは帽子をかぶらずにステージにたった。よく見えないがシャツを着ずに素肌に黒いカントリースーツを着ているように見える。確かに暑い夜だ。アメリカン・スタンダード曲を組み込んだ最近の「ザ・セット」とはまったくちがうセットリスト、ボブのヴォーカル・デリヴァランスの巧みさ、バンドが支える完璧なサウンド、どれをとっても今夜のショーは最高だ。確かにボブ・ディランはノーベル文学賞受賞に値する、資格のあるアーティストだと、ぼくは確信した。

 

1. Rainy Day Women #12 & 35 (Bob on piano)

2. Don’t Think Twice, It’s All Right (Bob on piano)

3. Highway 61 Revisited (Bob on piano)

4. It’s All Over Now, Baby Blue (Bob on piano)

5. High Water (For Charley Patton) (Bob center stage)

6. Simple Twist Of Fate (Bob center stage with harp)

7. Early Roman Kings (Bob on piano)

8. Love Sick (Bob center stage)

9. Tangled Up In Blue (Bob center stage then on piano with harp)

10. Lonesome Day Blues (Bob on piano)

11. Make You Feel My Love (Bob on piano)

12. Pay In Blood (Bob center stage)

13. Desolation Row (Bob on piano)

14. Soon After Midnight (Bob on piano)

15. Ballad Of A Thin Man (Bob center stage, then on piano)

(encore)

16. Like A Rolling Stone (Bob on piano)

16. Why Try To Change Me Now (Bob center stage)

 

ほかのミュージシャンのことも簡単に書いておこう。3日間のフェスティヴァル出演者6組を良かった順に、もちろんぼくの好みに合っているかどうかという基準で順位をつけてみた。1位は当然ボブ・ディラン、2位はニール・ヤング、3位はロジャー・ウォーターズ、4位はローリング・ストーンズ、5位はザ・フー、6位がポール・マッカートニーという結果になった。

 

ボブは、エンターテインメントやショービズの世界とは無関係なアーティストだなとあらためて感じた。自分の頭の中にある音楽を、その時その場の刺激に反応させて、自分流に表現する。観客のためではない。自分のためでもない。芸術家として、その瞬間のアートを表現しているように感じる。この姿勢は時代や流行とは一切無縁だ。だからこそボブの音楽は普遍なんだ!

 

ニール・ヤングはブーマー世代が育って来た60年代ロック・スピリットを今も持ち続けていると感じた。しかも体型は大きく変わってしまったが、ヴォーカルとギターに衰えはない。若いルーカス・ネルソンのバンドとも何の違和感もなく溶け込み、競い合っている。コンサート終了時にはステージ上で全員が肩を組んでエンジンを作り、何度もぴょんぴょん飛び跳ねていた。若いな!

 

ロジャー・ウォーターズは野外の巨大フェスティヴァルにもかかわらず、会場各地に設置されたスピーカーを巧みに使って、サラウンド音響を実現させていた。プロジェクターの使い方も見事。単にステージ上の様子を拡大するだけでなく、ピンク・フロイドの時から得意として来たヴィジュアル効果を究極にまで高める手段として使っていた。フェスティヴァルでのプレゼンテーション方法のお手本というべきものだった。

 

ストーンズはエンターテインメント・ショーとしてのロックとはこれだ、というべき楽しい内容だった。やや衰えたとはいえミックは相変わらず超人的な動きをするし、キースはそうぞう以上に元気で容器に演奏していた。キースはボブのノーベル賞受賞を素直に褒め称え、ミックは少し斜に構えたことばでおめでとうをステージ上から伝えた。

 

ザ・フーは前半はかなり興奮させられたが、途中からやや単調な気がした。ポールは、ファンの人には申し訳ないが、ぼくのテイストから外れている。途中で帰って来てしまった。ごめん。

 

菅野ヘッケル 2016年10月16日、デザート・トリップにて