車椅子の作家、千代泰之さんの「一拳一会」(エベイユ刊:¥2000)を先日ホールのロビーで買いました…
これはボクサー自身の、あるいはその近親者の方が語る、「ボクシングの魅力」と「ボクサー像」のコラム集であります…
幾度かホールでお見掛けもしていたのですが、今回、その出版された新刊をロビーでご本人が販売されていたので、買い求めました…
で、定価¥2000か…で、僕はお財布からお金を取り出し、車椅子でニコニコしてらっしゃる千代さんに差し出しました…
で、はっとしたのです。
千代さんは19歳でオートバイ事故に遭っていて、首の骨を折ってしまい四肢麻痺と戦っているそうで、僕はそのような詳細を知らなかったのでありますが、僕の差し出したお金を受け取るだけでも大変だったわけですね…
千代さんの指は硬く曲がってしまっていたのですが、その掌と掌で僕からお金を受け取ると、笑顔で「ありがとうございます」と言って下さったわけですが、要するに、その「障害」の深さと痛みというものに対して、僕の認識は非常に浅かったのだな…と思わず恥ずかしい思いをし、また、千代さんに対しても、申し訳ないことをしたのかなぁ…と考えてしまいました。
好意を持って購読を希望したのですが、お金の差し出し方ひとつで「つまずいて」しまう…という、僕には想像できないような日常に触れたわけですが、正直、複雑な気持ちになったのです。
ただ、そのような「つまずき」に対して、その「垣根」を超えようとされている千代さんの創作活動であると思うので、この先はこの「一拳一会」という書籍についての感想を書こうと思います。
ボクシングファンならば知っている選手たちの「日常」と、その背負った「意気込み」、更に踏み込めば、「生き方」を近親者、あるいは、ご本人が書かれているコラム集とは、先に申し上げましたが、僕が特に印象に残ったのは、現日本ライト級チャンピオンの石井一太郎選手でありましょうか…
石井選手の学生時代からの親友の方が書かれた「石井像」と、さらに、石井選手本人が書かれた「ウィラポン像」が楽しめるわけですが、そのファイトスタイルと寡黙な様子を覗き見たような気がして興味深かったのですね…
石井選手、07年4月に当時の日本ライト級チャンピオンの長嶋建吾選手に挑戦する前、こう漏らしていたそうである…
「俺は長嶋には勝てない」
その筆者の方でさえ一度しか見たことのない弱々しい石井選手の姿だったそうな…
そう、そのタイトルマッチで石井選手は惨敗を喫する。長嶋選手の老獪な技巧の前に空転、さらにクリンチを駆使され、その最大の武器である「破格の強打」は完全に10ラウンド丸ごと封殺され続けた…
そして、その試合で負けた悔しさ以上に、「盛り上がりに欠けた試合をしてしまった自分」に腹を立て、悔しがっていたそうだ…
奇抜な入場や、派手なパフォーマンスを嫌う…という石井選手、そういえば、そのトランクスは単なる「黒」であり、全くほとんど装飾もされていない、非常にシンプルなデザイン…
そう、無駄がない…という印象は確かに僕にもあったが、なるほどぉ…と改めて感じたわけであります。
さらに、石井選手自身が書いたモノが別に収録されていて、それは先の長嶋戦前に合宿を行ったタイの地での出来事と、バンタム級の名王者、あの「デスマスク」のニックネームを持つウィラポンとの交流について…である。
40歳になってもなお、その闘志が衰えることを知らないウィラポンのその当時の目的は、2度退けられた長谷川穂積選手への雪辱に他ならなかった…という(その後、マリンガとのWBC世界挑戦者決定戦でアッパー連打を食い敗退し、残念ながら引退を表明されましたが…)。
その壮絶な執念と、「あたたかさ」…が綴られていましたね。
その無駄のない「文章」に漂うは、なにやら「ハードボイルド」な印象であり、これがなんだか心地よいですねぇ。
さて、石井選手ですが、その後、この長嶋選手がタイトルを返上、そこで王座決定戦出場の再びのチャンスが訪れたわけですね…
沖縄は平仲さんのジムから出場の中森宏選手がその対戦相手で、連続KO勝利の勢いが輝かしく、下馬評では石井選手の不利…が囁かれた一戦でしたね…
それを再収録してみますか…
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2008 3 15 ダイナミックグローブ 後楽園ホール
日本ライト級王座決定戦
日本1位 中森宏 23W14KO1L1D
×
日本2位 石井一太郎 16W15KO2L1D
まさに、素人にも目で見てわかる天性のソリッドパンチャー、圧倒的な身体能力を発揮し続ける中森選手と、地味ながらも破格のKO率を誇る豪腕・石井選手の対決…
日本ライト級の前王者は今夜のメインに登場の長島建吾選手でしたが、世界戦狙いの王座返上により空位となったこのタイトルを争うこの両者…
実は、僕は中森選手があまり好きではなかった…
未だに根に持つのはVS小野寺洋介山戦における、ダウン後の加撃シーンが頭によみがえってしまうと、どうにも認められない気持ちになる…
中森選手の鋭いコンビネーションの前に「なにくそボクサー」の洋介山選手、ついに膝をマットについた、その瞬間である、中森選手、自分のへその前にあった洋介山選手の顔面にアッパーカットを笑顔で食らわせたわけであります…(で、この試合が評価され、中森選手は月間賞を受賞したわけですが、僕は納得いきません)
あれは心臓が止まるかと思いました…
残酷な一瞬、スポーツがスポーツでなくなった一瞬でありました…
もちろん、生き死にをかけてボクサーたちはリングに上がるわけで、止められないパンチ…もあるでしょう。
しかし、中森選手、笑っていたように僕には見えた…で、その彼の圧倒的に豊穣な才能を目の当たりにして震える一方で、どうにも認められない存在に僕の中では陥ったのですね…
気に入らないが強い、素晴らしい、そして、美しいのであります…
この、僕のひび割れた心のジレンマですが、お分かりになりますでしょうか?
さて、一方の石井選手、前のタイトルマッチでは老獪な超ベテランの長島選手に強打を封じ込められていいところなしの判定負け…
しかし、当たれば倒れるその豪腕は戦績が示すとおりであります。
とは言え、そのガードを固めて強打をドカンと振るうボクシングですが、地味な印象を受ける。豪快に倒すのに、地味な戦いをする…
フットワークや身のこなしに惚れ惚れするタイプではなく、観客も彼の愚直なボクシングにはちょっぴりこんな気持ちになるのではないか?
「早く倒せよ、もう…」
ギリギリとホールでそんな気持ちになったことが実は多い…(すんません)
さて、見事に好対照な二人による空位の王座を争う決定戦…
僕の予想は中森選手の大差判定勝ちであった…
距離感よし、スピードよし、コンビネーションよし…の中森選手が打ち合いに付き合わなければポイントを奪い続けるのではないか、それが彼には可能なのではないか…と、なんの疑いもなく想像していました。さらに言えば、前出のあのど根性ボクサーの洋介山選手でさえ打ち砕いた芸術的なコンビネーションがあれば、ガードの固い石井選手とは言え、カウンターを入れ続ければ終盤KOも十分ありえる…と考えていました。
さて、しかし、勝気であり、自分の身体能力を過信するあまり防御がおろそかになる部分は露呈済みでもありました…
度々中森選手はダウンを奪われるのであります…
そして、打たれ脆い…ような印象もありました。
では、試合開始…
1R 両者オーソドックス… リズミカルで、そして、スピーディーな中森が距離を測りながら鋭いジャブでけん制、それに対し愚直なハードパンチャー・石井が前へプレッシャーをかけて行く…
中森のパンチは俗に言う「切れるパンチ」…
石井のパンチは俗に言う「重いパンチ」…
刃物に例えるならば、中森のパンチは「刀」で、石井のパンチは「鉈(なた)」とでも言いましょうか?
石井が思い切ってプレスをかける、そして、重いボディーフックを見舞う。中森、立ち上がりで身体がまだ温まっていないのか、やや精彩を欠いてゆく…いや、早速の左ボディーフックが効いたのか?さらに石井のいきなりの右が中森の顔面を跳ね上げる… さて、立ち上がりに石井の距離を詰めるラッシング攻撃が印象的、ここは石井のRとしました。 石井10-9
2R 中森、その格別の身体能力が発揮されるには「自分のリズム」で戦えなくてはならない。しかし、立ち上がり早速の石井の重いパンチとラッシングにやや動揺したか? 一方の石井であるが、いつものボクシングである。 自分から攻める、そして、コツコツとダメージを与えながらもここぞで一発を狙うボクシング。石井が中森をコーナーに追い詰める、そしてズシン、ズシンと重いコンビネーションを叩き込む、中森、ここで勝気な気質が自分を抑えられなかったように見えた…
バコーン!!!
なんらかのコンビネーションの最中、また、強打者・石井にとってもっとも得意な距離で左フックが炸裂…
中森は頬から顎先を見事に打ち抜かれた…
ダウン…
中森、立ち上がるも膝に力が入らない… 続行するも猛進してきた石井の前にガードもあげられずに連打を浴びてレフェリーが割って入った…
2R 2:46 TKOで勝者、新チャンピオン…
石井一太郎!!!!!
やりました、石井選手、会心の左フック一発炸裂!!!
さて、で、試合を振り返る…
なぜ、中森選手は打ち合いに挑んでしまったのか? 相手は言わずと知られる「強打者」である… スピードと距離で翻弄、切れ味鋭いコンビネーションを中間距離から叩き込みながら戦うはずではなかったのか?
まさに玉砕であった…
一方の新チャンピオン、石井選手、思い通りの戦いができたのではないか? 身体能力で上回る中森選手を立ち上がりで早速リズムを壊すことに成功、勢いに乗られたら手がつけられない選手であることは了解していたはず… まさに、先日の佐々木基樹選手のサンティリャン攻略成功ではないが、まだ硬い序盤にしっかりと自分の意思を貫けたことが勝因ではなかったか?
おめでとうございました…
痛快なKO勝利でありました…
で、それでである…
僕は中森選手の才能と天性に惚れ惚れしながらも、嫌悪していたわけであるが、まさに、これがボクシングの恐ろしさである…と、生で目撃するにいたり、なんとも言えない奇妙な物悲しさに打ち震えたのであります…
僕は努力のボクサー・石井選手を応援しながらも、その才能が一旦であるにしろ粉々に粉砕された瞬間、ボクシングの、いや、リングの魔物を呪いたいような気持ちになったのであります…
天才が粉々になってゆく瞬間…
まてよ、中森選手の才能をこうも評価するのはまだ早い… この敗戦をいかにして肥やしにし、這い上がってくるか… これを成し遂げ、さらに「自分を抑える術」と「精神コントロール」を自在に操れるようになったときこそ、その才能は晴れて開花するのではないか…?
試合後、ホールのエントランスに立ち、平仲会長と後援者の一人一人と握手していた中森選手…
期待してます、がんばってください。
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…そうそう、あのワンパンチKOはまさに「豪快な一発」でありましたなぁ。
で、僕は石井選手がこの王座決定戦で勝利し、チャンピオンになってから暫くして、ホールで見かけて思わず握手を求めたことがあったのですが、僕の「がんばってください」に、こう言ったら失礼ですが、ちょっと無愛想な感じで、「はぁ」みたい感じで握手に応じて貰ったのですが、まぁ、その無愛想ですが、すでにそのブログを拝見していたし、その「ハードボイルド体質」も理解できていたので気になりませんでした…(笑)
「ぶっ壊してやる。負けたらこれで最後だ」
…という意気込みで臨んだと言う、この衝撃の王座決定戦、しかし、強烈だったなぁ。
ミスター・ハードボイルド…と、僕は勝手に名づけてしまっている石井選手ですが、この「一拳一会」を通じて、
その興味深い実像に触れられた感じがして、そこが特に面白かったですね…
で、その石井選手は初防衛成功を果たしましたが、これが「満足できない負傷判定」となってますね…
次に期待…
さて、石井選手以外にも、注目の選手が登場するこの一冊…
先日、日本チャンピオンの江口選手をKOした東洋太平洋ミドル級チャンピオンの佐藤選手や、あのバレロに挑んだ36歳の嶋田選手、そして、元世界チャンピオンの佐藤選手や、なんと言っても、日本ランカー秋葉慶介選手の髪の毛は強烈な天然パーマでバリカンが通らない…って話も面白かったですね…
ただし、僕はマニア衆の部類に入るから面白く入りましたが、一般の方には飛び込みづらいかもなぁ…とは正直な感想…
つまり、「生観戦」をしてもらい、そこで、「強烈・衝撃的な勝負」に出会えなければその先が続かないのだよなぁ…
僕も知り合いにボクシングを薦めながらもそこにある種の「壁」があることを実感する日々ですからねぇ…
さて、しかし、僕もボクシングを生観戦しながら「生きるエネルギー」を得、それを『実人生』に如何にして取り込み、反映させようか…って考えている人間なので、千代さんの試みには非常に共感するところが多かったですね…
さらなる続編、楽しみにしております。
しかし、石井選手、あのウィラポンに「M-150」のトランクスをプレゼントされた…って書いてありましたが、それを思い切って穿いてリングに上がってくれないのでしょうか?
そうしたら、非常にマニアックなサプライズですが、ちょっと、妄想しちゃいました…
御愛読感謝
つづく