新嘗祭(勤労感謝の日の真実) | ひふみ塾 世回りブログ

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「新」は新穀を「嘗」はご馳走を意味します。



毎年十一月二十三日に全国の神社で行われ、新穀を得たことを神さまに感謝する新嘗祭は、五穀の豊穣を祈願した二月十七日の祈年祭と相対する関係にあるお祭りで、この日、宮中では天皇陛下が感謝をこめて新穀を神々に奉ると上もに、御自らも召し上がります。

新嘗祭の起源は古く、『古事記』にも天照大御神が新嘗祭を行ったことが記されています。

現在では「動労感謝の日」として、国民の祝日となっていますが、一説によるとその祝目名は、命の糧を神さまからいただくための勤労を尊び、感謝をしあうことに由来しているといわれています。



天皇陛下が国家、国民の為に五穀豊穣を感謝し祭事を執り行われる、「新嘗祭」が執り行われる日です。

23日の深夜から翌日未明にかけ、天皇陛下が天照大神をはじめとする神々に新しくとれた米や粟(あわ)のご飯や酒などをお供えし、自らも召し上がりになる祭祀なのです。



この日は祭日で、全国の農山漁村ではもちろんのこと、それぞれの地方で神社に新穀を捧げ、その年の収穫を神々に感謝してお祝いをしてきました。



古来から日本は、この日を最も大切な日として来ました。

そして日本人は、「食べる」という行為を、神聖なものと捉え、大切にしてきました。



神道の祭式は、突き詰めれば、食事を儀礼化したものです。食事を通じて、神の存在を感じ、その恵みに感謝し、命の大切さを思い、生かされているという謙虚な気持ちを確認してきました。

伝統的に、日本人が食事の前に言う「いただきます」という言葉には、そうした意味が込められています。 

更に、古来から命の源である米を作る事が一番の仕事とされ、それを最も尊ぶのは当たり前の事です。

その最も原点であり、喜びを、天皇陛下を中心に感謝を祈り続けて来たのです。



しかし終戦後、GHQ(連合国軍総司令部)から新憲法を一方的に押しつけられたことはその最たるものだったが、「祝日」が全面改定されたのです。

戦前の日本には、国の祝日と大祭日とからなる12の「祝祭日」があった。そのほとんどは紀元節、天長節など皇室の祭祀(さいし)を国民がともに祝う性質のものだった。

しかし昭和20年12月、GHQはいわゆる「神道指令」で、そうした祭祀を皇室の「私的な行事」として祝日から排除した。

代わりに昭和23年7月に制定されたのが、9つの「国民の祝日」である。このうち「春分の日」「文化の日」など6つの祝日は、それまでの祝祭日とおなじ日で、名称や意義を変えたものだった。

新しい祝日が何を、何のために祝うのか極めてわかりにくくなった。

こうして天皇陛下の存在を国民の意識から遠ざけ、意味も知らない事に疑問も持たず、決まり事には無意識に従うという一種の洗脳に見事にはまってしまっている。

戦後、民主主義とはアメリカがもたらしてくれた、歴史上もっとも高度な社会的価値観と私たちは思い込んでいる。

しかし彼らが弱り切った日本に土足で上がり込み、好き放題する以前の日本は、世界でもっとも自由と平和を愛する国の姿があったのです。

そう言った「真実」は戦後教育や情報操作で見事に隠されてきたのです。

天皇陛下は毎日毎日国民の平和と繁栄を祈り、国民もまた天皇陛下の御存在に感謝をし、神様の姿を重ねて来た。

無私の愛である親と子が、互いに祀り合いながら生きて来たのです。

これを失った私たちは、「今だけ・金だけ・自分だけ」。

そして自然の摂理すら支配しようとする「科学」と言う偏った常識に閉じ込められ、本当の自由と愛を失いつつある。

その結果、物質的には豊かになれど、精神的な充足は遠のくばかりとなってしまっています。

本当の幸せを求め、調和的な社会を望むのであれば、私たちが失った「真実」を取り戻す事が何よりも大切なのです。



そして日本が守り続けて来たものを取り戻す事が必要とされているのです。

その大きな一つが、この「国民の祝日」にあり、それを取り戻す事が日本の本当の在り方の始まりでもあるのです。


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