アリババの上場申請(Form F-1)が公表されました。
343ページというボリュームなのでとても詳細見切れませんが、ちょっと覗いてみたところを簡単に纏めておきます。
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まずはアリババグループの出資構成(中国のVIEストラクチャー)について。
そういえば、こういうのありましたね。
今回上場するアリババグループの親玉は、ケイマン法人のAlibaba Group Holdings Limited(以下、Alibaba HD)です。ソフトバンクが約37%株式を保有しているのはこのAlibaba HDです(F-1では、諸々のdilutionを勘案して34.4%とされています)。
TaobaoやTmallについては、Alibaba HDの傘下の香港持株会社(Taobao Holding LimitedとTaobao China Holding Limited)を経由して、中国のTaobao (China) Software CoやZhejiang Tmall Technology Coといった子会社に辿り着きます(これらの中国子会社はwholly-foreign owned enterprise "WFOE"と総称されます)。
但し、中国ではインターネット事業者等に係る外資規制があり、一部業種には外資が50%超出資することが認められていません。
これに対応する方策がVIEストラクチャーと呼ばれるものです。
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(上場申請書より抜粋)
VIEとは、Variable Interest Entityの略称で、米国会計基準では変動持分事業体と訳されているものです。
外資規制の対象となる事業は実際には中国のVIEが行います。VIEの株式は、形式的に中国人株主(アリババにおいては、経営者のJack Ma氏やその関係会社等)に保有されます。
但し、Alibaba HDのWFOEである在中国子会社との契約により、VIEに係る支配権及び配当等の利益参加権は全てWFOEに帰属させることになります。
これにより、Alibaba HDはVIEを会計上、子会社として連結対象としています。
これは、中国の外資規制対象業種を外資が実質的に支配する手法として、一般的に採用されているものだそうです。この点、中国でのリーガルリスクについてもF-1で触れられています。(詳細は後述)
また、F-1によれば、AlibabaのVIEストラクチャーは一般的な他社事例とは異なり、本当に外資規制の対象となる部分以外の事業や資産保有を実際にWFOEで行っているとのこと。また、WFOEはVIEとの包括的技術支援契約により、VIEは税前利益のほぼ全額を税前段階でWFOEに支払う形になっています。
従い、VIEにはほとんど税前/税後利益は残らず、利益やCFは全てWFOEに残る形になります。
尚、F-1からははっきりしませんが、中国でAlibaba.comや1688.comといった事業を行っているWFOEはAlibaba (China) Technology Coで、その親会社は香港ではなく在BVIのAlibaba.com Investment Holdings Limitedという法人のようです。
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次に、税務上の取扱いです。
前回アリババを取り上げた記事では、米ヤフーの10-Kに記載されているアリババの業績で、法人税率が低い(10%程度)点に注目しました。
その理由は、極めて単純に、中国での優遇税制だったようです。
上記のWFOEは、各々High and New Technologyや、Software Enterprise、Key Software Enterprise等のステータスで優遇税率が適用されています。中国の法人税率は25%ですが、これらのステータスにより、法人税率15%や10%、2免3減(利益計上後2年は免税、その後3年は50%免税)等となっています。
一方、面白いのは、Alibaba HDの連結財務諸表上、中国WFOEが稼いだ税後利益は、全て将来的にAlibaba HDまで配当される前提で繰延税金負債を計上している点です。
よく米国企業では、海外利益は永久に海外で再投資に回すという戦略を元に、海外子会社の未分配利益に対して税負債を計上しないようにしていますが、Alibaba HDは配当前提にしているんですね。(今後、変更の可能性もあるとのことですが)
ただ、実際に現時点で配当しているわけではないようですが。
ちなみに未分配利益に対する税負債の計上については、中国における配当の源泉税率は10%のところ、主なWFOEは香港持株会社経由の投資となっており、中国/香港の租税協定に基づき5%の税率で計算されています。(Alibaba.comはBVI経由と思われるので10%だと思いますが、F-1からは確認できません)
尚、香港やBVIからケイマンへの配当は、いずれの国においても税金は発生しません。
さらに税務については、ケイマンのAlibaba HDやその香港子会社等が、中国税務上、中国居住者として取り扱われるリスク及びその影響についても記載されています。(詳細はとりあえず割愛)
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最後にコーポレートガバナンス的な話です。
Alibaba創業者のJack Ma氏を中心としたメンバーで、Alibaba Partnershipなるものが組成されています。
そして、定款上、このPartnershipはAlibaba HDの取締役候補の過半数を指名する権利を有しており、また大株主であるソフトバンクと米ヤフーは株主総会でこの役員選任に賛成票を投じる義務を負う契約を締結する予定とのこと。
Google等でよく用いられている種類株式の活用ではなく、Partnershipによる取締役過半数の確保により、経営支配の継続を行う仕組みというわけです。
ちなみにソフトバンクは引き続き30%以上の株式を保有する予定で、但し、30%を超える議決権は信託を介して経営者のJack Ma氏に付与、また15%以上を保有している間は取締役1名を指名する権利を得るようです。
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ということで、今回はここまでです。
前回の記事でも米ヤフーの絡む資本政策等について書いてましたが、ここについては別途答え合わせをしたいと思います。
(ちなみにソフトバンクの保有株約8億株というのはドンピシャでした)
(5/8補足)
ちょっと細かいですが、VIEストラクチャーに係る契約関係を整理しておきます。
①融資契約:WFOEからVIE株主への無利息融資により、VIE株主はVIEへの出資を行う。WFOEはいつでも早期返済を要求することができ、その場合、融資額面でVIE株主からVIE株式を買い取る。
②コールオプション契約:WFOEはVIE株主からVIE株式を払込資本額面で買い取る権利を有し、またVIEから保有資産を簿価で買い取る権利を有する。また、WFOEは、VIEが行う配当その他の分配及びVIE株主がVIE株式の譲渡により得た対価の内払込資本を上回る額を受け取る権利を有する。
③委任契約:VIE株主はWFOEが指名する者に対してVIEに係る権利行使を委任する。
④株式担保契約:VIE株主はWFOEからの借入に係る担保としてVIE株式を供する。
⑤包括技術支援契約:WFOEによる技術支援の対価として、VIEは税前利益のほぼ全額をWFOEに支払う。
これらの契約により、VIEのリスクと経済価値及び支配権をWFOEに移転させているわけです。
但しいずれも、中国法制上認められる範囲でという限定が付きます。
この点、中国の法律専門家であるFangda Partnersの見解がF-1に記載されています。
①VIEストラクチャー及びWFOE/VIE/VIE株主間の各種契約は、現時点においては中国の法規制に準拠しており有効である。
②但し、中国の法解釈には重要な不確実性があり、将来において中国当局が違法との見解を示す可能性があり、その場合、事業停止等に追い込まれるリスクがある。
不確実性の程度は何とも言えませんが、投資家はこのリスクを認識した上でアリババ株式に投資する必要があるわけですね。
取り敢えず補足はここまでです。