大学に上がる前にいくつか説明を・・・


中学の時に富山市から引っ越してきた「ゆうせー」という(〒ではない・笑)友達がいた。彼はバスケ部だったけれど彼の兄が高校の吹奏楽人で、彼が言うにはT山工業高校の吹奏楽部の演奏会が面白いとの事で、中学時代から富山市公会堂まで聞きに行っていた。ゆうせーはその後T山工業高校に進学した。演奏会を見に行くとホールで紙テープやらクラッカーをいろいろ貰った。ドリルの時にそれらをステージに向かって投げたりパンパンと鳴らしたりしたものだ。


えぢりさんの弟さん(私より2級上)がとにかくカッコよかった。


舞台上のこしおくんやわたべさんは同じ歳で、その後同じ吹奏楽団でいっしょに演奏する事になる。自分は客席にいて『いつかは富山(市)で吹奏楽をやってみたい』と思っていた。



高校1年の時の吹奏楽祭でTpの同級生の修二とチケットを清算しに行ったついでに客席に座って聞いていた。彼は彼の後輩のいるところに喋りに行ったのでついていった。女の子の後輩と仲良く喋っていたのを見て『開けている学校だな』とか思った。うちの学校は男女間の情報交換が少なかったんだな。。。そのうち彼の後輩の女の子に「せんぱいのともだちですかぁ?」なんて興味を持たれたりした。この時期の女の子って変わったものに興味があったりするんだよなぁ。まあ悪い気はしないけれど(^^;



他校の演奏会もいろいろ聞きに行った。毎年行っていたのは前述のT山工業高校と地元のT岡商業高校。あまり内容を覚えていないのだけれどT岡商のベルキスはかなりインパクトあったと思う。ああいう曲を演奏したいなと思った。


T岡商の演奏会では中学の吹奏楽部の同級生で女子高に進学した女の子とホール(というかロビー)で再会できるのが密かな楽しみだった。。。今とは違って携帯電話というツールが無かった時代。。。そういう機会でもなければなかなか会う事がないんだな。。。



大学受験はセンター試験でイマイチな結果に終わってしまい、東京や大阪の私立大学(どちらも工学部)も受けて合格したものの、私立に行く財力があるわけもなく、結局地元の国立大学への進学しか許されないような状況に追い込まれた。


合格発表の日、高岡から五福まで片道20kmをチャリをこいで見に行った(笑)ちゃんと自分の受験番号があって安堵した。アメフト部の方々に胴上げされたような記憶がある。