【前回のあらすじ】


不思議な夢を見たその晩。薫は、亜希子の彼氏である、誠二の経営する店で、失恋を癒す為に自棄酒を飲んでいた。そこへ、やってきた誠二の友人であるという、秋斉と出会う。以前から知り合いであるという、秋斉の存在を忘れていた薫だったが、自宅まで送るという秋斉の車に乗り込んだのだった。


#1



【I'll be there...】 #2


「秋斉、薫ちゃんを頼めるか?」

「その為に俺を呼んだんだろう」

「バレてたか」

「…………」


悪戯っぽい笑顔を見せる誠二さんと、そんな誠二さんに少し呆れ顔の秋斉さんを交互に見やる。


(誠二さんが、秋斉さんを…。偶然、ここで会ったわけじゃなかったんだ。)


その後も、何が何だか分からないまま亜希子さんと誠二さんに見送られ、秋斉さんの運転する車の助手席を占領していた。




3、What do you mean?

  (よく分からないんですよ。)



「…すみません。なんかその、面識が薄いのにこんな面倒なことになってしまって」


今の想いをそのまま伝えると、秋斉さんは、「もう慣れている」と、溜息まじりに呟いた。


(どういうことなんだろう?慣れているって…)


「その、もう一つ。謝らなければいけないことが…」

「俺の事を忘れていたことで?」

「え、あ……はいッ…」

「気にしなくていい。忘れていて当然なのだから」

「え?」


その意味がいまいち分からないで、きょとんとする私を横目に、秋斉さんは薄らと微笑みを浮かべた。


「無理に思い出す必要もないしな…」

「はい?」


だいぶ前に、さっきの店で会って挨拶を交わしたくらいだったからだろう。と、言う秋斉さんの言葉に、やっぱりそうだったのかと、改めて思う。


何度か会って話をしないとなかなか顔と名前が一致しない私だけど、こんなイケメンを覚えていないなんてことは、普段の私ならあり得ないことだ。


きっと、何か他に重大な出来事を抱えていたか、その時はイケメンに興味が無かったかのどちらかだったに違いない。


いずれにせよ、お酒が入っているせいもあるのだと心の中で言い聞かせながら、家に着くまでの間ずっと、お互いのことについて語り合った。



秋斉さんの話だと、誠二さんとは二年前に知り合い、現在は実家の稼業を継ぎ、能舞台で演じる人が身に纏う、着物を手掛ける仕事をしているらしい。


(呉服屋さんみたいな感じなのかな?とても、そんなことしているようには見えないけど…)


これはあくまで個人的見解だが、長身スーツで少し影のあるような眼差しを浮かべた時の秋斉さんは、IT企業とかで剛腕を振るっていそうな、いわゆる出来るタイプの男性に見えるから。


「私はてっきり、お堅いビジネスマンだとばかり思っていました」

「よく言われる」


赤信号につかまった後、カーナビをチェックし直しながらそう言うと秋斉さんは微かに私の方を見て、微笑んだまま瞳を細めた。


その微笑みを直視して、何故か速まる鼓動に躊躇いながらもぎこちない笑みを返す。


(何だろう、このそわそわした感じは…)


「普段からスーツを?」

「いや、今日は別件でスーツを着ているが、普段は着物や浴衣が多い」

「やっぱそうなんですね」


(着物姿…か。やっぱ、想像できない。スーツが似合いすぎて…)


そんな私のモノローグが聞こえたかのように、「意外って顔しているな」と、言う秋斉さんの横顔を見やる。きっと、今の秋斉さんを目にしたら誰でも同じように思うのではないだろうか。


それでも、秋斉さんにとって、和を主流にした日常は一番安らげるらしく、同様に洋服よりも着物や浴衣を身に纏ったほうが楽なのだそうだ。


「着物かぁ…成人式以来、着てないな」

「今度着てみるか?」

「はい?」


きょとんとしながら、前方を見つめたままの端整な横顔を見やる。


(それって、どういう……着てみるか?と、いうことは、必然的に秋斉さんの家にお邪魔することになるのではないか?)


もしも興味があるなら。と、言って一瞬、ちらりとこちらを見やる秋斉さんの柔和な眼差しと目が合う。


今まではなんの興味も無かった着物に対して、何故か携わってみたくなっている自分に気付く。それは、織師として振舞っている秋斉さんが気になるからだけではなく、もっと別の何かと触れ合えるような気がしたから。


ほんの少し考えて、今度お邪魔させて欲しいということを伝えた。




やがて、マンションに辿り着くと私達はお互いの連絡先を交換し合い、走り去る車を見送った後。部屋に辿り着くまでの間、さっきの電話の内容を思い出していた。


(誰と話してたんだろ?)



赤外線で情報を交換していた時のこと。

不意に秋斉さんの携帯が鳴り、しばしの間、誰かとの会話を聞くことになった。


自分には関係無いと思いつつ、交換途中だった為、会話が終わるまで待つほかなかった私は、その会話の相手と内容が気になって聞き耳を立ててしまっていた。



『今度こそ間違いない。やっと見つけた…』



穏やかな顔で話している秋斉さんから目が離せなくなって、あの夢の中の男性が私に言ってくれた言葉に似ていると思った瞬間、まるで愛でるような瞳と目が合った。


一瞬だったし、私の視線を感じて目を向けただけであって、話しの内容も仕事関連のことだったに違いないと思いつつ、どこかであの夢と、この出逢いを結びつけてしまっていた。



けれど、そんなのはドラマやお伽話だけのシチュエーションであり。現実はといえば…


「うぅぅぅ。つ、辛いよぉ…だぁれか、だずげでぇぇ」


しばらくの間、トイレに蹲り、第二次接近遭遇と相成っていた。それでも、車の中でなくて良かったと思いながら、なかなかその場を動けずにいた。


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4、It is a pleasure for some reason.

  (なんか、ドキドキですよ。)



翌朝。


いつものように目覚め、支度をして出勤する。遅くまでトイレにいたことを合わせて考えても、しっかり目覚ましの音だけで起きられたことが奇跡的なことのように思える。



「…あー、完璧引きずってる」


満員電車に酔いながらも、無事お店へ辿り着いた私を見て、亜希子さんは苦笑を浮かべた。


「大丈夫…じゃないみたいね」

「あい。全然、大丈夫じゃないですぅ…」


まだ、ほんの少し気持ち悪さを引きずったまま、荷物を所定の場所に置いて掃除の準備を整え、いつものように分担された場所を確認しながら綺麗にしてゆく。


「無理だけはしないようにね」

「すみません…」

「毎日じゃ困るけど、今回の場合は仕方がないでしょ」

「そう言って貰えて、少し気が楽になりました」


そんな中、昨夜のことを尋ねられ、その全てを話すと亜希子さんは、秋斉さんのことを話してくれた。亜希子さんも、織師のことはよく知らないらしいのだが、初めて、誠二さんと一緒に招待されて秋斉さん宅を訪ねた時は、その敷地の広さと立派なお屋敷に感嘆の息を漏らしたという。


「都内に、よくあれだけの…って感じでね。さすが、代々続いている家だけあるわ」

「そうなんですね…」


(そうなると、秋斉さんに嫁いだら玉の輿に乗れるんだなぁ…)


そう、思って独り苦笑していると、後方でまるっきり同じ言葉が返って来る。


「だから、秋斉くんと結婚したら玉の輿に乗れるってことね」

「あはは、そうなりますよね…」


(同じこと考えてる…)


「だけど、古くから伝わるしきたりとか、覚えなければいけないこととか沢山ありそうで…お嫁さんになる人は大変だろうなぁ」


そう言いながら、奥の部屋へ向かう亜希子さんを見送って、最終チェックを済ませていたその時、


「??」


ドアが開くと同時に、見知らぬ男性が店の中へ入って来るのに驚き、まだ開店時間では無いことを伝えようとして、何故か不意に腕を取られ…


「やっと会えた…」

「え?」





いつの間にか、その男性の腕の中にいた。


不思議と嫌な気持ちはしなかったけれど…


(え、えええぇぇッ!?)


「ちょ、何するのッ?!」


真っ先に、変質者にでも捕まってしまった?と、思った私は、出せる限りの声を張り上げながら、両手で男性の胸元を押し退けた。


その時、私の名を叫びながら奥からやってきた亜希子さんに駆け寄り、


「あ、あああ、亜希子さん!あ、あの人が!」

「あら、慶喜くん!久しぶりね」

「けいきくん…って…」


にこやかに微笑む亜希子さんと、“慶喜”と呼ばれた男性の少し困惑したような顔を交互に見やり、私はただ、泣きそうになりながら小首を傾げるだけで…


「亜希子さんのお知り合いですか?!」

「薫ちゃん…」

「はい?」

「慶喜くんのことも覚えていないの?」


その、亜希子さんの、「慶喜くんのことも覚えていないの?」と、いう一言に、唖然としたまま。


「も、もしかして私。またやっちゃたとか…?」

「そのようね…」


小さくなる私の肩を抱き寄せながら、亜希子さんは慶喜さんと挨拶を交わし。改めて、私にも秋斉さん同様、誠二さんのお店で慶喜さんのことを紹介していたことを話してくれたけれど…


やっぱり思い出せないまま、苦笑を浮かべる慶喜さんの目前まで歩み寄り、ぎこちない微笑みを向けると、慶喜さんは、そんな私を見下ろしながら呟いた。


「…さっきは突然、すまなかったね」

「いいえ、私の方こそ…」

「目にした途端、想いのほうが先立って…つい、手を伸ばしてしまってた」

「………」

「俺のことも、徐々に思い出して貰えたらそれでいい」


少しはにかんだように微笑いながら、“徐々に思い出して欲しい”と言われ、これまた戸惑いを隠せずにいると、今度は、亜希子さんが慶喜さんを見つめ言った。


「ところで、今日はこんな時間にどうしたの?」

「報告したいことがあってね」


そう言って慶喜さんは、指先で目元に掛かった前髪を整え、ベージュのトレンチコートのポケットから何かを取り出して、亜希子さんに差し出した。


「これ、誠二さんも誘って観に来て」

「え、まさか…慶喜くん…」

「俺も、ようやく認められるようになったんだ」

「ちょっと本当に?きゃああ、おめでとう!」


チラシのようなものを受け取った亜希子さんが、喜び勇んで満面の笑顔の慶喜さんをハグする姿を見て、何がなんだか分からないまま、茫然としていた。その時、


再び、ドアが開くと同時に、紺色の着物姿で現れた秋斉さんの少し訝しげな瞳と目が合った。


「やっぱり、ここに来ていたか…」


(え、秋斉さん?)


亜希子さんと喜びを噛み締めていた慶喜さんが、チケットを受け取って嬉しそうな亜希子さんと共に、秋斉さんへと柔和な視線を向ける。


「繋がらないから心配した」

「ごめん、携帯を持ち忘れてしまって…」


可愛く舌を出して秋斉さんを見やる慶喜さんに、秋斉さんは厳かな表情のまま、慶喜さんの腕を取り、私達に一言告げて二人は店を後にした。


そんな、どこか不自然なやり取りを交わしていた二人を見送った私達は、いつの間にか開店時間を間近に控えていたことに気づき、お客さんを迎え入れる準備を急いで終わらせたのだった。



その間も、私は亜希子さんに質問し続けていた。慶喜さんはいったい、何者なのかということと、秋斉さんと慶喜さんの関係など…


その全てにおいて、ビビりまくってしまう内容に私は、


「ぇぇええ…それ、マジですか?」


と、口走ってばかりだった。


真顔で、「マジ」と、だけ返してくる亜希子さんに乾いた笑いが込み上げて来る。


「…だったら、尚更分からないなぁ」

「何が?」


俯いていると、私を覗き込むようにして顔を近づけて来た、亜希子さんの少し不安そうな視線と目が合う。


「いや、どうして私は…そんなに凄い人達を忘れていたんでしょう?」

「まぁ、そういうことって時々、あるし」

「でも、いくらなんでも全然覚えていないっていうのはどうかと…」

「まぁね…」





秋斉さんの家は、100年以上もある織師の家元であり。105歳で現役である織師の元で、修業した父親に影響を受けた秋斉さんもまた、現在、能装束を手掛けながらもその織師の元で修業中らしく。


慶喜さんも同様に、能楽師としての歴史を受け継いでいるらしい。


「二人は、一年くらい前、ある公演で一緒になって以来のお付き合いらしいんだけど。私から見たら、本物の兄弟みたいに仲が良いって感じ」


(そうだったんだ…)


それに、二人とも容姿端麗と来てる。と、言って、亜希子さんはパソコンの前でカレンダーのページを開き始めた。


確かに、慶喜さんも秋斉さんとはタイプが違うけれど、かなりなイケメンだった。後ろ髪を一つに結っていて、時折、前髪をしなやかな手でかき上げる仕草が、とても色っぽくて。


思っていた以上に、着物姿が似合っていた秋斉さんにも驚かされたけれど、慶喜さんの綺麗な、それでいて無邪気な笑顔からも目が離せなくなっていた。


「慶喜くんの舞台、来月の第一土曜日か、日曜日に行きたいと思うんだけど、薫ちゃんはどう?」

「え、私もいいんですか?!」

「当たり前じゃない」


立派なチラシを指差し、嬉しそうな笑みを浮かべる亜希子さんにどちらでも大丈夫だと答えると、亜希子さんは、スマホを手に取り、誰かに電話を掛け始めた。


相手は、誠二さんのようで。きっと、誠二さんからも良い返事を貰えたのだろう。通話を終えると、亜希子さんは微笑んだまま、「土曜日の19時からの回を観に行きましょ」と、言って、再びパソコンへと視線を向け、何やら書きこんでゆく。


(何なんだろう、この展開…)


二人の共通点は、和にあり、芸能に通じているということと…



『やっと見つけた…』


『やっと会えた…』



何気ない二人の一言が、頭の中でリバースしたまま。


こんなドラマみたいな出会いもあるもんなんだと、どこか自分なりに納得し、私はいつものようにやって来たお客様を、笑顔で迎え入れた。





【#3へ続く】





~あとがき~


慶喜さんは、何か芸能関係の仕事!と、最初から決めていた私w


ただ、秋斉さんの仕事を何にしよう…と、迷ってて。皆さんからも、いろいろお尋ねした結果…やはり、着物は着ていて欲しいかな、と思い。


現代では、慶喜さんを能楽師に。秋斉さんは、能楽師の着る装束を手掛ける織師になって貰うことにしてしまいました。


医者とか、先生とか、呉服屋の若旦那、華道家、茶道家、弁護士など!迷いましたぁ。


どれも、ピッタリすぎて♪



あと、ここでも、陰と陽に分かれて頂きました…


能楽師として、舞台に立つ慶喜さんの為に、秋斉さんは織師として着物を手掛けてゆく。みたいな;


もともと、能楽や織については興味があったので、今また、調べ直しながら今後も、書いていくつもりです。能楽の舞台も、またものすごく素敵なんですよね!


織師の手がけた着物を纏った演者の演技は、鳥肌ものです…



主人公は、二人と出会うことにより、前世での記憶を少しずつ思い出してゆくことになるのですが…


その間も、思い出してからも…

三人の関係を素敵に描いていけたら…なんてーのが目標です。


あと、前世というのは、艶が本編のこと(と言っても、徳川慶喜の史実を元に書くつもりなので、まるまる同じでは無いです)で。あと、ネタバレも無しの方向で(笑)書いて行きますッ。


あー、あの二人から取り合いされたら、もう、ね( ´艸`)


今回も、遊びに来て下さってありがとうございましたラブラブ!