【I'll be there...】



あらすじ


彼氏の浮気をきっかけに独り身に戻った薫は、ある朝不思議な夢を見る。彼女を抱きしめながら愛を囁くその声の主は分からないまま、どこか懐かしい感じのする聞き覚えのある声に心地良さを覚えた。そんな中、ある男達との出会いにより、忘れていた前世を取り戻すことになるのだった。


そこで、命がけの恋をしたのは…


「ずっと、傍にいるよ」


Who is it that I love?

(私が愛しているのは誰?)





*Prologue*



「どうして……いつもこうなっちゃうんだろ」


見知らぬ海にたった独り。

砂浜に腰掛けながら、沖を見つめる自分がいる。


(馬鹿だよなぁ、私。懲りない奴…)


「人間が生きて行くうえで必要なものは、愛?それとも、お金?」

「いやいや、健康でしょう。元気があれば何でも出来るっ」


自問自答してみる。



幕末志士伝 ~もう一つの艶物語~


本当はどれも必要なものばかり。

でも、人間が生きて行くうえで一番必要なのは…


人の温もりだったりする。


苦しい時や、落ち込んだ時。

一緒に呼吸をしてくれる人がいるかどうかで、大きく変わって行く未来。


(あ、あれ?)


不意に背後から抱き竦められ、その腕の中にすっぽりと包み込まれて顔を窺い知れない。


「やっと会えた」

「え…誰…?」


(……この温もり…何だか懐かしいような…)


「俺に出来ることなんてごく僅かだけど…少しでも、お前の気持ちが楽になるなら…」

「……っ…」

「ちゃんと、前へ歩いていけるようになるまで…」


耳元を擽る吐息が、切なさを増していくような気がして。胸元に添えられている彼の腕をそっと包み込んだ。


「俺が傍にいてあげる」


囁くような甘い声も、温かい指先も見知らぬものだった。でも、何故か警戒心は無く、なんて素敵な夢を見ているのだろうと思った。その時、


「……えっ…」


すぐ傍にあった優しい温もりは跡形も無く消え、見えるのは真っ白い天井ただ一つ。


(……やっぱ、夢だったか。そうだよね…しかし、良い夢見たなぁ。)


しばらくぼーっとしたまま時計と睨めっこしながら、今まで感じていた温もりを手繰り寄せ、私だけに囁いてくれていたあの甘い声を思い出す。


(それにしても、いったい誰だったんだろう。今の人…)


「あーあ、振り向いておけば良かった…」


現実は厳しい。

ついこの間、2年間付き合った彼と別れ、何となくまだ未練を残したままでいる。


「っていうか、独り言が増えたなぁ…」


もう少しベッドでまったりとする時間はあるが、重たい身体を奮い立たせ支度を済ませた後、軽い朝食を取ってマンションを出た。



清水薫、28歳。独身。


もう5年もの間、いつものように店へ出勤し、そこで頑張って働いて家へ帰るという平凡な生活が続いている。


(しかし、三十路を目前にドラマの1シーンみたいな夢を見てしまうとは…よっぽどだな、私…)


どこの誰かも分からない男性の、耳元を擽る甘い声と優しい温もりが甦る度に大きな溜息を零した。


そして、いつもの道を通り、いつもの電車に乗って辿り着いた職場でいつもの仕事を熟す。これからもずっと、そんな平凡な生活を繰り返すものと半ば決めつけていた。





1、Disappointed in love.

  (失恋ですよ。)



「はぁ……」

「どうしたの?今日はいつにも増して疲れきったような顔して…」

「あ、いえ…何でも無いです」

「何でも無いって感じには見えないけど…」


この長身で綺麗な女性は、オーナーの相馬亜希子さん。三つ年上の頼れるお姉さんである。


ふと立ち寄ったこの店に通いつめるうちに、亜希子さんと仲良くなり。もともと大好きな香りに包まれながら仕事がしたいと思っていた私は、パヒューマー(調香師)の資格を取得しここで一緒に働かせて貰っているのだ。


「もしかして、まだ引きずってる?」

「亜希子さんって、いつも鋭いなぁ…」

「というか、薫ちゃんが分かりやすいっていうね」


お互いに苦笑して、店先や店内の掃除を済ませて開店時刻を迎えるまで、支度しながらも私は今朝見た夢の話をしてみた。


すると、亜希子さんは微笑みながら今夜飲みに行こうと誘ってくれた。


「私で良ければ付き合うから。今夜は、とことん飲もう!」

「はいっ……ありがとうです」


(今は、とにかく仕事に専念しなきゃ…)


亜希子さんの言葉に甘え、私は今夜の女子会に想いを馳せながらいつものように、いやそれ以上にお香作りに勤しんだ。


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PM:8:24


閉店後、私達は久しぶりに近所のバーへと足を運んでいた。ここは、亜希子さんの彼氏が経営している店の一つで、私達は常連客として持成されるくらい通いつめている。


「おー、薫ちゃん。久しぶりだね」


この優しそうな二枚目が亜希子さんの彼氏、河野誠二さん。亜希子さんと同い年で、二人は大学時代からのお付き合いらしい。


「なんて言うか、ちょっといろいろあったので…」

「いろいろって?」

「じつは……2年間付き合ってた彼と、別れたんです」


少し驚愕したような表情の誠二さんと、苦笑する亜希子さんを交互に見やりながら、思いきって踏ん切りをつけたいのだということを打ち明けた。


「誠二にも話しちゃって良かったの?」

「はい、誠二さんになら…」


はにかみながらそう言い返すと、二人は顔を見合わせて苦笑し合い、


「それなら、俺も付き合わなきゃな」

「そうね、男目線での意見も必要かも」


そう言いながら、私を奥の部屋へと案内してくれる。



部屋へ着いて早々、テーブルを挟んで二人と対面して腰掛け、次第に運ばれて来るお酒や料理に手を付けながら、私は早速、これまでのことを話し始めた。


彼の浮気を知ってから、関係がぎくしゃくし始めたこと。それでも、私はそんな彼にまだ少し未練があることなどを素直に、ありのままを伝える。


「…馬鹿ですよね、私」

「そんなことは無いけど、やっぱりもう終わってしまった恋をいつまでも引きずるのは良くないと思うよ」


私の視線を受け、誠二さんは柔和な笑みを浮かべながら言った。


「誠二の言う通りだと私も思う。このままだと、薫ちゃんらしさが無くなってしまうしね」

「…ですよねぇ」

「でも、無理に忘れる必要は無いと思うの。なんだかんだ言ってこればかりは、時の流れに任せるしかないかな…」


いつの日か、本当に分かり合える人が現れるはずだと、言ってくれる亜希子さんに小さく頷いて、生ビールを飲み干した。


「もう一杯、生下さい!」


少し苦笑気味の二人の視線も気にせず、今夜は記憶が無くなるまで飲んでやるぞ!と、半分自棄気味に空になったビールジョッキを頭上に掲げていた。


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AM:0:04


結局、自棄酒を飲んだからと言って何かが解決する訳でもなく。ただ単に、気持ち悪くなってトイレに蹲る始末。


「…うぅぅ」


ドアを隔てて外から聴こえる亜希子さんの心配そうな声に、微かに答えることしか出来ないでいる自分が情けない。


「お水いる?」

「あ、もう大丈夫そうです…」

「そう…」

「すみません…ご迷惑かけちゃって…」


水洗してドアを開けると、亜希子さんはすぐに私を介抱するようにして横に寄り添ってくれる。


「薫ちゃんがこんなに乱れたの、久々だったからちょっと吃驚したけど…たまにはいいんじゃない?思いっきり飲んで吐き倒すのも」

「は、はぁ…」

「うん、さっきよりは顔色良くなったかな」


洗面所で手と口元を洗い、差し出されたハンカチをお借りして一緒に元いた場所へ戻ると、誠二さんともう一人見知らぬ男性の姿があった。




2、Considerably good-looking.

  (かなりなイケメンですよ。)



(誰だろう?この人…)


まだ霞んだ目を凝らして男性を見やり、やっぱり面識が無いことを確認しながらも、どこかで会ったことがあるような感覚に囚われる。


誠二さんと同じ紺色のスーツ姿、ラフにサイドへ流れる短髪。前髪が少し目にかかっている感じが、クールな感じを醸し出していて、どこから見ても崩れどころのないイケメンだ。


楽しげに話している中、私みたいな酔っ払いが戻るのも気が引けたけれど、亜希子さんに支えられて戻ると誠二さんからも手を貸して貰い元いた席へ腰掛ける。


「少しは落ち着いた?」

「はい…ご心配かけちゃってすみません」

「たまにはいいんじゃないか?薫ちゃんの気の済むまで酔うのも…」


(亜希子さんと同じようなこと言ってくれてる…)


用意された水を口に含むも、未だ完全に酔いが覚めた訳ではなく。いまだ、亜希子さんに肩を抱きしめられたままその肩に寄り掛かっている私の目前に、男性の顔が近づいて来る。


「大丈夫か?」

「え…あ、あの…あなたは?」


亜希子さんの肩から頬を離して男性に問いかける私に、今度は亜希子さんが私からグラスを奪ってテーブルに戻しながら言った。


「あれ、初対面だったっけ?誠二の友人で、藍屋秋斉くん。なんか、以前も薫ちゃんに紹介したような気がするんだけど…」


おかしいわね。と、言って誠二さんと見つめ合う亜希子さんを横目に、腕時計を見やりながらゆっくりと立ち上がる秋斉さんを見上げた。


(…以前、この人と会った事があったんだ。だとしたら、失礼なこと言っちゃったな。)


「秋斉、薫ちゃんを頼めるか?」

「その為に俺を呼び出したんだろ」

「バレてたか。お前なら引き受けてくれるだろうと思ってな」

「………」


悪戯っぽい笑顔を見せる誠二さんと、そんな誠二さんに少し呆れ顔の秋斉さんを交互に見やり、「車を取って来る」と、言い残しお店を後にする秋斉さんを見送る。


(誠二さんが、秋斉さんを…。偶然、ここで会ったわけじゃなかったんだ。)


その後も、何がなんだかイマイチ分からないまま亜希子さんと誠二さんに見送られ、図々しくも秋斉さんの運転する車の助手席を占領していた。




【#2へ続く】





~あとがき~


以前、「秋斉さんの職業」についてアンケートをお願いしたことがありましたが。あれから、ちびちびと認め続けていた、慶喜さんと秋斉さんの現代物語…


と、言っても…

慶喜さんや秋斉さんの、何かのエンド後というわけではないのですが…


なんつーか、最近この二人を書いてないなーって…


でもって、主人公は大人の女性という設定で。

秋斉さんの一人称は「俺」で、ほぼ標準語です。


自分で、「おいおい、これ以上連載を抱えてどうする!」という突っ込みをしながらも汗書きたくて書きたくて苦笑


これは、そんなに長くは続きません(たぶん)涙


これって、O型の短所でもある…のかな…

いや、ただ私が消化しきれていないだけですねガーン


それぞれの連載の最終回目指して頑張っているんですけど、またまた寄り道している感じです涙


もう一人自分がいればいいのにッヽ(;´ω`)ノ



今、「比翼の鳥」の続きを書きつつ、こちらも交互にアップしていけたらと思います。


って、こんな妄想爆発な現代物語ではありますが…


良かったらお付き合い下さいあせる