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【あいらぶゆー】*古高俊太郎編*
あの夜以来、桝屋さんと会えない日々が続いていたが、私はこれまで以上に芸事に励むようになっていた。
“太夫にならはった暁には、わてがあんさんを…”
私をお嫁さんにしたいと言ってくれたその想いが、私を強くしてくれる。
そんな日々が続いたある晩。
「今宵、あんさんに会えて嬉しおす」
「私もです…」
会えない日々が、二人の想いをより強く引き合わせた。
「それと…」
脇に置いてあった風呂敷包みから取り出されたのは、沈香だった。
「いいんですか?頂いても…」
「これをわてやと思うて…」
「ありがとうございます」
けれど、桝屋さんは沈香を私に手渡すこと無くまた風呂敷包みの上に戻すと、優しく私の肩を抱き寄せた。
いつものお座敷での一夜。
でも、一つだけ違うことは…
「おんなじ香りに包まれ…」
「あっ…」
もう既に、少しひんやりとした指先が襟元から鎖骨へと滑りこみ、思わず逸らした首筋に熱い唇を受け止めていた。
「会えへん夜も…わてを忘れへんように…」
「桝屋…さ…」
耳元を掠める甘い吐息。
初めて心から桝屋さんの気持ちを受け入れ、私の気持ちを受け入れて貰いたいと思ったから、自然と手を伸ばすことが出来た。
「もう一度、言って下さい…」
桝屋さんの襟元に手を添えながらそう呟くと、「何度でも…」と、言って更に私を強く抱きしめてくれる。
やがて、受け止める優しい口付け。
唇はそのままに、その逞しい腕の温もりを肩と腰に受けたままゆっくりと畳に背を受け…
「ん…」
少しひんやりとした畳に背中をぞくりとさせながらも、躊躇わずに桝屋さんのうなじに手を回した。
「もう、決して離さへん…」
「……はい」
溢れそうになっていた嬉し涙が、耳元を擽り首筋へと滑り落ちていく。
その涙を、しなやかな指が優しく拭ってくれて…
「…っ…」
その指が頬から首筋へと流れ、そして、襟元へと差し込まれた。
息を呑む私の襟内の更に奥へと滑り込み、その手が乳房を掠め肩を襦袢の下からなぞるようにして開いてゆき、いつの間にか露わになってゆく首筋から、肩、胸元へと桝屋さんの唇が、甘い吐息を零しながら迫ってくる。
大好きな人から愛されている。
女の子にとって、これ以上の幸せがあるだろうか。
つらりと揺れていた行燈の灯りが消え、微かな月明かりだけに照らされた薄暗い部屋で、私達はいつまでもお互いの想いを分け合っていた。
【終わり】