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【あいらぶゆー】*藍屋秋斉編*
「これなんてどうどす?」
「ありがとうございます」
店主から反物を受け取り、鏡越しに私を見つめる秋斉さんの柔和な微笑みと目が合う。
あの座興杯での戦いから数日の時が流れ、私と秋斉さんは着物を新調する為に呉服屋さんを訪れていた。
あの時、賽の目が5を出した時、思わず嬉しくて…
「それもよう似合うとる…」
「これ、可愛いですよね」
「それにするか?」
「はい」
この反物に合う帯や簪も揃えて貰い、飾りだけ受け取って帰ろうとした私の視線の先にあの扇子を見つけた。
(…これって、秋斉さんが持っている扇子と同じ…)
「これ、秋斉さんのと同じものですね」
「せやなぁ」
そう言って、開かれた扇子を手に取ると、秋斉さんは軽やかに手首を利かせ始める。
「この柄、素敵ですよね」
「気に入ったんか?」
「え…あ、はい。いつも、秋斉さんが持っているのを見てて、素敵だなって思っていました」
「…………」
個人的にも、ずっといいなぁと思っていた柄だったのだけれど、本当の理由は秋斉さんが気に入っていつも持ち歩いていることだった。
「すまないが、これもよろしゅう頼みます」
「へぇ、おおきに」
秋斉さんは、やって来た店主にその扇子を手渡した。
「あ、あの…そんなつもりじゃ…」
「こないな時は、遠慮せんと素直に甘えとくもんや」
「…はい。ありがとうございました!」
店主とのやり取りを見やりながら、小さく会釈をして自然と顔が綻んでしまうのを必死に堪える。
(…お揃いだぁ…)
そう思っただけで、やっぱり顔を綻ばせずにはいられなくて…。
着物の出来上がりを楽しみにしつつ呉服屋を後にし、少し先を歩く秋斉さんに寄り添い歩いて行くと、小さな神社に辿り着いた。
「折角ですから、お参りしていきませんか?」
「せやね」
短い石畳の階段を上ろうとして、ふと目の前にしなやかな指が映りこむ。
「えっ…」
「気ぃつけや」
「あ、ありがとうございます…」
その優しい手を取って一段一段ゆっくりと上がると、指先から伝わる温もりを感じたまま本堂へと歩みを進めた。
(…手、繋いだまま…)
そして、本堂に辿り着くと離された手を惜しみながら順番に鈴を鳴らし、手を合わせる。
(藍屋を背負って立てるような、立派な太夫になれますように…そして、いつの日か…)
そう願って、ゆっくりと目を開くと私を見つめる秋斉さんの柔和な視線と目が合った。
「随分と長いこと祈っとったが、何をそないにお願してはったんや?」
「太夫になれますように、と…」
「…そうか」
本当の気持ちは告げられないままだったけれど、相変わらずの微笑みに私も満面の笑顔を返す。
「秋斉さんの方こそ、何をお願いしていたんですか?」
「わては…」
ほんの少し逸らされた瞳が何を見つめているのか…。しばらくした後、秋斉さんは静かに口を開いた。
「いずれ、告げよう」
「え?」
「いや、なんも。わても○○はんとおんなじや」
少し照れたような顔の秋斉さんに微笑み、また差し出された温かい手に支えられながら階段をゆっくりと下りて行く。
「ありがとう…ございました」
無事に階段を下り、すぐに離されそうになった手を握りしめた。
「あの…このまま、手を繋いでいてもいいですか?」
「……ええけど」
私の問いかけにほんの少し視線を泳がせた後、秋斉さんはそう言って私の指を絡め取り、そっと傍に引き寄せてくれる。
その優しい手の温もりを感じながら、そっと寄り添って歩く。
いつの日か、二人だけで過ごせる日々を夢見ながら…。
【おわり】