【あいらぶゆー】*秋斉×古高編*(前編)



お正月の雰囲気冷めやらぬ、三が日が過ぎたある日のこと。


祇園神社(八坂神社)での参拝を終えて置屋に戻った私は、自分の部屋でお座敷へ出る準備をしようと秋斉さんの部屋の前を通り過ぎようとしたその時、


「あんさんがこない早くからここを訪れはるとは」


誰かに話し掛けるような秋斉さんの声が聞こえ、思わず立ち止まり聞き耳を立てた。


「まだ三が日が過ぎて間もないゆうのに、ほんまにすんまへん」

「そいで、どない御用で?」


(…話し相手は、桝屋さん?)


しばらくの沈黙が流れた後、桝屋さんの言葉に一瞬、目を見開いた。


「○○はんを身請けしたい、ゆう男がおるゆう噂を耳にしましてな」


(えっ……?!)


「そない噂、どっから聞かはったんや?」

「高杉はんから」

「また余計なことを…」


秋斉さんの溜息交じりな声がして、次いで再び桝屋さんの柔和な声が聞こえてくる。


「せやから、高杉はんらに先を越される前に○○はんを身請けしたく、馳せ参じた次第や」


(……!!桝屋さんが、私を??)


「そうどしたか。そやけども、高杉はんも難儀なお人やな」

「同感どす」


呆れるように話す秋斉さんに、桝屋さんは笑いながら答えた。


「太夫を目指す様になってから、その手の話を幾つか頂いとったことは確かやけど。○○はんは、この藍屋を背負って立つ太夫になるゆうてはるさかい…」

「それは、わても承知の上」

「せやったら…」

「○○はんの気持ち次第やけど、いずれは…」


───わてだけの女にしたい思うてます。


(…えっ…)


「随分と、はっきりものをゆう様にならはりましたな」


秋斉さんの低く抑えたような声がして、


「もう一人、難儀な男がおるさかい」


次いで、桝屋さんの柔和な声が聞こえた。


(…もう一人?)


またしばらくの沈黙。


「桝屋はん、この話はいずれまた」

「…せやなぁ」


(……?)


「ほな、また」と、言う桝屋さんの声を耳にし、その場を立ち去ろうとした私の目の前が明るくなる。


(ま、まずいっ…)


「あ…」


開けられた襖の先でぎこちない笑顔を浮かべる私に、秋斉さんの少し呆れたような視線と、桝屋さんの柔和な微笑みが注がれた。


「明けまして…おめでとうございます」
「おめでとうさん」

「…………」


それ以降何て言っていいのか分からないまま、とりあえず桝屋さんに新年の挨拶をすると、その後ろで秋斉さんが眉を顰めながら静かに口を開く。


「何か用か?」

「い、いえ…ただ、ここを通りかかっただけで…」


どぎまぎと答える私に、桝屋さんはくすっと微笑み、


「今宵も、顔を出しますさかい。そん時はまたかいらしい花魁姿を見せておくれやす」

「え、あ…はい…」


桝屋さんのしなやかな指先が、私の下ろしたままの後ろ髪を優しく梳いた。その指先から伝わる優しい熱が心地良さを感じて間もなく、


「ほな、また」


その場を後にする桝屋さんを見送り、隣にいる秋斉さんを横目で見やるといつもの柔和な視線と目が合う。


「桝屋はんは上客の一人や。くれぐれも粗相の無いように…」

「はい…」

「せやけど、嫌や思うことは遠慮なく断ってくれて構へん」

「え…」


戸惑いを隠せずにいると、秋斉さんは微笑んだまま、「そろそろ支度しなはれ」と、言って部屋へ戻って行った。


「…………」


嬉しいような、でもどこかすっきりとしない気持ちを抱えたまま、私は今度こそ自分の部屋へ戻りゆっくりと今夜のお座敷へ出る準備をし始めたのだった。



 ・



 ・



 ・



夕焼け空が藍色に覆われ始めて間もなく。


私はいつものように揚屋へと向かい、とあるお座敷へと出向いた。


(…桝屋さんかな?)


そう思って襖を開けた先にいたのは、桝屋さんでは無く菖蒲姐さんの上客で、少しがっかりしたようなホッとしたような気持ちを抱えたまま、それでもいつものように笑顔で振舞った。



それから、しばらくして菖蒲さんが戻ってくると次のお座敷へと向かう。


「えーと、次は……ここかな」


障子の前で腰を下ろしながら中に声を掛けると、今度はあの優しい声が私を迎え入れてくれた。


(ま、桝屋…さん…)


少し高鳴る胸を抑え込みながら障子をゆっくり開けると、あの物柔らかな微笑みと目が合う。


「おしまいやす」

「おしまいやす…ようこそ、いらっしゃいました」


いつものように寄り添い、お猪口を差し出す桝屋さんにお酌をしようと銚子を握るも、昼間の一件を思い出して何となく手が震えてしまう。


「なんや、零しそうやね」

「すみません…」


なみなみ注がれたお酒を美味しそうに飲み干すと、桝屋さんは瞳を色っぽく細めながらお猪口を銚子の隣に戻した。


「さて…」

「えっ」


腰を抱き寄せられ、その端整な顔を間近にして戸惑いの色を浮かべていると、もう片方の手が私の頬を包み込む。


「あ、あの…」

「誰にも渡しとうない」

「…っ……」

「突然、こないなことをゆうてあんさんを困らせてしまうやもしれへんけど…」

「桝屋…さん」

「太夫にならはった暁には、わてがあんさんを…」


切なげな甘い吐息に酔いそうになりながら、ゆっくりと近づく私を愛でるような瞳から目が離せなくなり、とうとうその端整な唇を受け止めてしまいそうになったその時、


「失礼致します」


軽やかな少しくぐもった声が聞こえてすぐ、静かに襖が開いた。


(……っ…)


「桝屋はん、○○はんをいつも御贔屓にしてくれはっておおきに」

「…ええところで」

「そら失礼しました。挨拶だけでもさせて頂きたい思いましてな」


桝屋さんは、薄らと微笑む秋斉さんを見やると、「ほんまにそれだけどすか?」と、言って微笑んだ。


「…それだけどすけど」


秋斉さんの瞳が妖艶に細められる。


伏し目がちに呟く桝屋さんと、少し訝しげな表情を浮かべる秋斉さんを交互に見やっていると、「さいぜんの続きどすが…わての申し出を今一度、ここで伝えさせて頂きたい」と、言って桝屋さんは更に私を抱き寄せた。


温かい腕の中で身を寄せるしか出来ずにいる私に、桝屋さんは尚も囁くように口を開く。


「この際や、一勝負させて貰えまへんか?」


「えっ…」

「勝負?」


思わず桝屋さんを見上げると、秋斉さんも眉を顰めながら呟いた。


「座興杯はどないでっしゃろ?」

「誰にゆうてはるん?」

「勿論、藍屋はんに」

「そない暇は無い…と、普段ならゆうところやけど…」


そう言うと、秋斉さんはゆっくりと襖を閉めて私達の前に腰を下ろす。


「その勝負、受けて立ちまひょ」

「秋斉さん…」

「上客がこないまでしてゆうてはるんや、お付き合いせなあかしまへん」

「でも、本当に大丈夫なのですか?」

「挨拶周りもここで終いやさかい。○○はん、座興杯の支度を頼みます」

「は、はいっ!」


言われるがまま、座興杯の道具を持って再びお座敷へ戻ると、胡坐をかいた桝屋さんと向い合せに正座したままの秋斉さんが佇んでいた。


「お、お待たせしました…」


何となく重苦しい空気が緊張感を誘い、いつもとは違う二人にも戸惑いながら準備を済ませて声を掛ける。


「いつでも、出来ますけど…」

「申し訳ないが、引き続き○○はんには酌を頼みます」

「あ、はいっ」


(…桝屋さんはいつものように微笑んだままだけれど、秋斉さんのこんな真剣な顔、初めて見る。)


両者、お互いに座り直すと、先攻後攻を決める為に賽の目(サイコロ)を振った。


「ほな、お先にどうぞ」


二を出した桝屋さんより、三つ多い五を出した秋斉さんが先に駒を回すことになり、私から駒を受け取った桝屋さんは微笑みながら素早く回し始める。



艶が~る幕末志士伝 ~もう一つの艶物語~



座興杯とは、土佐に伝わるお座敷芸の一つで、大、中、小の器を用い、順番にその大きさが書かれた駒を回して出した大きさの器でお酒を飲んでいき、最後まで酔いつぶれることなく飲み続けた方の勝ちというもので、それぞれの器には小さな穴が開いていて、そこからお酒を零してしまっても負けが決定してしまうという、一件面白そうな遊びのように思えるが、我慢し続ける限り続いてしまう…。


駒の目で小を出し続けられれば少しは楽だろうが、大が出るとその分飲まなければいけない量が増えるので不利になり、なるべく小を出し続けるコツを掴んだ方が有利となる。


回っていた駒が止まり、最初に出した目は…


「中、か…」


中器を桝屋さんに手渡し、お酌をする。


「どうぞ」

「おおきに」


指先で穴を塞ぎながら、お酒を飲み干していく桝屋さんの喉仏が小さく揺れる。


「さすが桝屋はん。ええ飲みっぷりやね」

「○○はんの酌なら、何杯でも」


桝屋さんは、そう言って私に微笑むと、駒を秋斉さんに手渡した。


「藍屋はんの番どす」

「小が出ればええが」


次いで、秋斉さんが出したのは小器だった。


「ええ出だしや」

「どうぞ…」

「ああ」


差し出された小器にお酌をすると、秋斉さんも目を細めたままゆっくりと飲み干していく。


一見、地味に見えるこの戦いだけれど、まだ始まったばかり。


これを続けるうちに、どちらからともなく酔い始めていき、怒り出す人もいれば笑い出す人もいる。それに、いつの間にか眠り出す人もいれば、褌一丁になってしまう人もいた…。


この勝負の楽しいところは、我慢し続けた果てに見せるそれぞれの癖や、日頃見せない裏の顔が観られることだと聞いたことがあるけれど…


(この勝負、どうなるんだろう?そもそも、どうしてこんなことに…?)


どちらが先に駒を回せなくなるのか?


そんなお二人に微々たる変化が現れ始めたのは、ひたすらお酒を注ぎ続け10巡した頃だった。


お互いに、小の目を出すコツを掴みながらも、たまに大の目を出してしまった時は特に、「はぁ…」と、飲み干した時の声が色っぽさを増していき、いつもは乱れた姿を見せたことがないお二人が、身に纏っていた着物を一枚脱ぎ出した…。


「だ、大丈夫ですか?」


「まだまだこれからや…」

「心配せんでええ」


私の問いかけに、秋斉さんはにっこりと微笑み、桝屋さんも同じように私に微笑んでくれる。


(…そういえば、お二人が酔ったところを見たことが無いなぁ。酔うと、どんなふうになるのだろう?)


勝手にそんなことを思いながら、駒を回す桝屋さんの指先を見守った。





【後編へ続く】




~あとがき~


お粗末様どしたあせる


いよいよ、ブログ一周年企画一発目である、秋斉×古高編の前編をUPしてしまいましたあせる


その上で、じつはこの二人!漫才でいうところの突っ込み同士の組み合わせなんじゃないか?と思ったのと、京弁コンビやから…台詞と状況説明がいつもよりも難しかったですあせる


でもって、わたす…。

一度、この二人のバトルも書いてみたかったというのもあり、一回目はこういう感じにさせて頂きました音譜


温泉企画の時や、尊皇攘夷チーム(龍馬、翔太、古高、高杉)の話で、座興杯を取り入れた戦いを書いたことはありましたが、今回は秋斉×古高編ということで、これでも出来る限り色気対決をさせたいと頑張ってみましたきらハート


あとこの二人なら、お互いの嫉妬心を描くことが最優先かな?とも思い、いつも心の奥底で抱えている主人公への想いを吐きださせてしまいました…涙


あと、意外と長くなってしまったので、前編と後編に分けてUPさせて頂きましたあせる


後編はどない感じに乱れて行くのか??



もう、わたすの勝手な妄想世界ではありますが…後編UPの際も酔っぱらった二人を見守りに来てやって下さいませにこっ


※もしかしたら確認漏れがある可能性がありますので、主人公の名前を変更希望された方で、メッセージが届いていない!という方、申し訳ありませんが連絡下さい!


今回も、遊びに来て下さってありがとうございましたキラキラ