それは突然のことだった
いや
予感はあったのかも知れない

ウンスが目覚めると
すでに
身支度を済ませたチェヨンが
難しい顔をして
ウンスの前に立っていた


おはよう
どうかしたの?
随分早いのね


ああ
起きたか?


チェヨンは屈み込んで
ウンスの頬に口づける
半分寝ぼけ
からだも気だるい朝
ウンスはぼんやりチェヨンを
見つめて
それからいつもと違う表情を
読み取った


なんかあったの?
怖い顔


起き上がると
寝衣の前がはだけて
白い肌があらわになった
チェヨンはそれを
両手で直して言った


屋敷に誰か来たようだ
ただならぬ気配


え?ま
まさか刺客!


ウンスは慌てて
タンを抱き上げた
まだ夢の中にいたタンは
びっくりした顔で目を開けたが
それが
ウンスの腕の中だとわかると
ほっとしてまた目を閉じた


落ち着けウンスや
刺客ではないゆえ
案ずるな
たとえ刺客が来ても
イムジャとタンは必ず守る


うん
そうよね
じゃあ?


表の様子を見て来る


わかった
私も行く


ウンスは急いで着替えを
済ませると
タンを布団で包んで
抱っこして
チェヨンとともに厨房へ
向かった

夜が明けて
辺りはしらじら明るいが
通いの女中たちも
まだ来ぬ時刻
厨房では
すでに火が起きて
大鍋から湯気が出ている

ヘジャはソンオクが
昨日持って来た漬物を
切っているところで
朝餉の魚をオクリョンが
炭で焼いていて
魚の少し焦げた芳ばしい
匂いが辺りに充満している
ソクテは庭で
薪割りをしてオンドルの
火加減を見ている

いつもと変わらぬ朝の風景に
ウンスは安堵した

ヘジャは起き出して来た
二人に気づき
料理の手を止めることなく
口を開いた


おはようございます
旦那様奥様
今朝も冷え込みましたねぇ
朝餉の支度にもう少し
かかりますから
奥でお待ちくださいませ


いつもと変わらぬヘジャの声
だが
視線が手元から離れない


おはようヘジャ
今朝は早いのね


ウンスが近づくと
ヘジャの手の甲に
ぽとりと雫が落ちた


雨漏り?


ウンスは訝しく
ヘジャの顔を見て
思考が停止した
気丈な女中頭が泣いている


どうしたの?
ヘジャ?
どうして泣いてるの?


なんでもございません


なんでもなくて
ヘジャが泣くもんですか


察したように
チェヨンは静かに聞いた


ソンオクか?
ソンオクが逝ったのか?


ヘジャはその場で
泣き崩れた
ソクテが駆け寄り
ヘジャの身体を支える


ヨン
馬鹿なことを言わないで
昨日会ったばかりなのよ!
元気だったもの


チェヨンはソクテを見た
ソクテは頷いた


先ほど実家から知らせが
明け方急に


そうか
此処はよいから
ソンオクのもとへ
ヘジャを連れて行け


タンを抱っこしたまま
肩を震わせているウンスを
チェヨンは抱きしめて
ソクテに言った


それは
なりません
チェ家の奥女中が
屋敷を離れては
母に叱られます
朝餉の支度も出来ないとは
母に合わせる顔がない


何言ってるの?
ヘジャ
朝餉はいいから
今すぐ
ソンオクのそばに行ってあげて
きっとヘジャを待ってる


いえ
お屋敷が何より大事な母でした
持ち場を離れては叱られます


何言ってるのよ   ヘジャ!
ヨン
早く行けってヘジャに
言って!


チェヨンは首を振った


これがヘジャの弔い方
好きにさせてやれ


ヘジャはソクテに支えられながら
黙々と料理を作っている


ソクテ
ヘジャの気が済んだら
実家に連れて行け
よいな


はい   旦那様


オクリョン
オクリョンも今日は
実家に帰りなさい


でも若様が


タンなら大丈夫よ


タンはウンスに名前を呼ばれ
目を開けた
大好きなオンマが泣いている

タンはくるまれた布団から
手を伸ばすと
ウンスの頬を触った
タンの指先から漏れる暖かな気が
ウンスの悲しみに寄り添うように
ウンスの心に沁み渡る


おんまぁ〜〜
けんちゃなぁ?


うん
大丈夫よ   タン


チェヨンは
腕の中にいるウンスの背中を
優しくさすって言い聞かせた


イムジャ
奥に戻るぞ
ヘジャの朝餉を待つのだ


ヘジャの悲しみを隠すように
寒花が降っている


*******


『今日よりも明日もっと』
大事なものはなんですか?



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