黄色みがかった
綺麗な下弦の月が
空に浮かんでいた

嵐が明けて
一日ぶりに屋敷に戻ったウンスは
王宮の邸の湯殿より
遥かに狭い我が家の湯船で
チェヨンの話を聞いて
おかしそうに笑った


じゃあ 隠し子騒動の
黒幕はインギュさんだったの?


ああ その通り


チェヨンはすべすべの
ウンスの肌に
目を奪われながら頷いた


なんでまた?


イサのこと
密かにことを運んだのが
気に入らなかったのであろう
「某は直属の部下では
ないのですか?」と
怖い顔して聞いて来た


チェヨンは
呆れたように言った


あいつはやっぱり鬼門
俺にしてみれば
万一 謀反だとでも
言われた時に
彼奴に
迷惑がかからぬようにと
配慮したのだぞ


うんうん


それをだ
隊長には包み隠さず話すくせに
と こういうのだ
俺とチュンソクの信頼は
一朝一夕のものではない


うふふ まるで
インギュさんの悋気ね


ウンスは笑い
チェヨンは逃げるタンを
するっと捕まえて
ごしごしと頭を洗った


こら タン
おとなしゅうせぬか
石鹸で滑って転んでしまうぞ


やあ〜〜〜
や〜〜〜


チェヨンの荒っぽい扱いから
逃げだそうと
とことこ歩き出すタン


まったく目が離せぬ
イムジャといい
タンといい
俺はいくつ体があっても
足りぬ気がするぞ


うふふ
頑張って〜父上


ウンスは湯船の中から
声をかけた


でもどうしてイサが
あなたの隠し子
って話になったのかしら?


それは だな


チェヨンは集賢殿での
やり取りを思い出しながら
ウンスに話して聞かせた


━─━─━─━─━─


兵舎から戻った執務室の
チェヨンの机の上には
書簡が山積みにされていた


これ 全部読むのか?


はい 
読むだけではありませぬ
上奏をまとめ
王様にお持ちしなくては
なりません
上護軍ならば
すぐに片がつきましょうが


しれっと言い返すインギュ


お前 何か俺に恨みでも
あるのか?
隠し子などとでっち上げ
おまけにこんなに仕事を増やし


某がでっち上げたと言う
証拠でもございましょうか?
所詮埒もない噂話
皆 すぐに忘れましょう
それに 某は
恨みなどございませぬ
ただ 情けないのです
上護軍は某を頼りないと
お思いのようで


は?なぜそうなる?
俺はお前を頼りにしておるぞ


嘘です
ではなぜ 隊長には打ち明け 
某には倭冦の大将の件を
お隠しになるのです


隠したのではない
それにお前には
大役を任せたではないか


貿易港の復興計画ですか?
それとも
偽の大将を弔うことですか?


知っておったか?


当たり前!
ピョンナンドならば
倭冦を撃退した港として
ますます栄えることでしょう
ピョンナンドの役人に
十分指示を出してきましたし
商人達の力添えもあり
港はすでに元通り
西域の商人もじきに戻ります


そうか
それはご苦労であった


大将のにせの墓も
ピョンナンドの丘に
作って参りました


そう・・・か


あの場には他の兵士も
おりましたゆえ
だまされた振りをしましたが
いくら姿形が似ているとは言え
某が 大将だと思うと?
そこまで間抜けではありませぬ


まあ 世の中
知らぬ方がよいこともある
つまらぬ重荷を
お前に背負わせたく
なかったのだ


チェヨンは苦し紛れに
そう言った

チェヨンはイサを典医寺に
運ぶことを決めた時
万一に備え
別人をイサに仕立て
それを明かさぬまま
インギュにその遺体を
弔うように命じた

チェヨンにしてみれば
婚礼を控えたインギュに対する
配慮であったが
インギュはそれが
かなり不満だったようだ


配慮などいりませぬ
某はチェヨン上護軍の
直属の部下ではないのですか?
上官に信頼されぬことほど
悔しいことはありませぬ


では その腹いせに
俺の隠し子だなどと
吹聴したのか?


腹いせなどではありませぬ
あの空気の読めない
トクマン殿でさえ
典医寺の病人は倭冦の大将
ではないかと感じたのですよ


トクマンに会ったのか?


はい 昨夜
王様にご報告のため
康安殿に伺い
夜警のトクマン殿と
行き交いました
そこで聞かれたのです
倭冦の大将はどうなったのか?と
理由を問うと
典医寺にいる患者が
医仙様の隠し子だという
噂になっていたと
でもそのようなこと
あろうはずがないから
もしかしてと・・・
某に確認を


あいつめ
余計なことを


チェヨンの呟きは
悪寒となってトクマンに届いた
ぶるるるる・・・


それにトクマン殿が言わずとも
典医寺の愚か者が
医仙様の隠し子ではないかと
噂したことなど
すぐに王宮中に広まります
さすれば 天界人
詮議をという話になるかも
しれませぬ
しかし あなた様が
よそに作った子供ならば
医仙様に同情こそ集まれど
詮議をと言う運びには
なりますまい


だからといって
何も俺の隠し子だなどと
面倒でかなわぬ


チェヨンは不満げに言った


王様には倭冦の大将を
ピョンナンドの丘に
埋めたこと
いくらでも朝議で
某が証言致しますと
お伝え致しました


だからそれは想定内
王様からお許しをいただき
そのような運びにしようと
思うておったのに
まったく
小賢しい策を労し過ぎだ


チェヨンはため息をついて
インギュを見つめた


━─━─━─━─━─


ウンスは労うように
湯船から上がると
チェヨンの背中を
流し始めた


うふふ
インギュさんたら
ほんとにあなたが好きなのね
チュンソクさんばかり
頼りにするから
ヤキモチ妬いたのよ
かわいいじゃない


イムジャ!
イムジャまで・・・


じゃあ 私は
夫に裏切られた可哀想な
妻の役かしら?


何を言うのだ
隠し子だとは認めぬ
王様のご決断さえいただければ
イサのことは
叔母上にも一役買ってもらい
チェ家の遠縁ということで
落ち着くであろう
それならばチェ侍医の
縁者だと言うのも
腑に落ちるしな


そう・・・
あなたの隠し子でも
私は気にしないのに


俺が嫌なのだ
俺の子はイムジャが
生んだ子だけだ


うふふ


手ぬぐいで洗われるのは
嫌だと言う
我が儘なチェヨンの
大きな背中に
ウンスは手のひらいっぱいに
石鹸を泡立てると
うれしそうに
鼻歌まじりで
くるくる円を描いて行く

タンも面白そうに
ウンスの横に戻って来て
小さな手のひらを真似して
よいしょよいしょと
動かしている


タン
父上を綺麗にしてあげよう
父上は今日はいろいろ
大変だったのよ


ネ〜〜〜


タンがくねっと
腰をひねり笑った


うふふ


白い湯気がもうもうと
湯殿に立ちこもる


よし
捕まえた!


自分の背中に手を回し
ばたばた
ばたつく
タンのからだを抱き上げると
チェヨンは膝に乗せ
タンのからだを
洗い上げる


すぐ済むゆえ
おとなしゅうせぬか


や〜〜〜〜


ウンスと一緒に
遊んでいるつもりだった
タンはチェヨンに
抱えられて
じたばたじたばた


タン
綺麗に洗ってもらおうネ
すぐ終わるから
じっとしているのよ


ごしごし洗われるタンは
チェヨンの肩越しに
大きな瞳で
ウンスを見ると
少し涙目で 
「あうあうあ〜」と答えた


それにしても
インギュさん
かわいいところあるわ


まったく
餓鬼でもあるまいに
自分が蚊帳の外なのが
気に入らないからと
何を考えておるのか?


チェヨンはやれやれという
顔をした


さあ タン
次は母上の背中を
流すぞ


きゃあ いいって
私はいい
ヨンはすぐ悪戯するから
もう どこ触ってるのよ
タン お風呂で
お乳を飲むのはやめなさい
ほら 父上が真似するわ
もう あなたたち!


厨房で片付けをしながら
ソクテと月を眺めていた
ヘジャのもとに
賑やかな声が聞こえた


楽しそうだねぇ


そうさな


やっぱり お屋敷は
こうでなくっちゃあ
奥様の賑やかな声
若様のかわいい笑い声
なんだかほくほくするねぇ


そうさな


それにしても
風が冷たい
もう秋さね


ああ 独り寝には
こたえる夜だ
ヘジャが隣にいないと
寒くてかなわねぇ


おやまあ
ヨボもそんなこと
言うんだねぇ


ヘジャは頬を緩め
チェヨン達の
笑い声を聞きながら
幸せそうにソクテを見つめた


庭のトラジの花が
夜露に濡れて
りんりんと鳴る鐘のように
揺れていた


*******


『今日よりも明日もっと』
愛する人が
よりいっそう
愛しく思える秋の夜



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