奥の間に寝ていた
タンを抱き上げ
チェヨンはウンスとともに
閨に入った

タンを起こさぬように
静かに寝かしつけると
ウンスの待つ寝台に潜り込む

すぐに覆い被さろうとする
チェヨンから身をよじって
すり抜けると
ウンスはチェヨンに尋ねた


ねえ 王宮の呼び出しって
一体なんだったの?


あ?
どうでもよいことだ


逸る気持ちを隠そうともせず
チェヨンは逃げたウンスを
ふたたび引き寄せた


ちゃんと話して
じゃなきゃ お預け


ウンスは起き上がって
自分のからだの前を布団で
ガードする


イムジャ・・・


言い出したら聞かない性格の
ウンスに
諦めたようにチェヨンが
渋々起き上がり言った


また王様がおかしな王命を
くだされたのだ


おかしな?


ああ 祝賀の儀の折
捕まえたパンサから
いろいろ埃が出て来たようで
それを綿密に調べよとの
密命だ


まあ   密命?


元に匿われている彼奴に
王室の財が
流れているかも知れぬと


ああ~それでかなぁ?
それに感づいていたから
元のタンサガンが
まだ徳興君は王位も高麗も
私のことも諦めていない
みたいなことを口走ったの?


ああ   そうかも知れぬ
イムジャを彼奴や元に
渡す気などさらさらないが
操りやすい徳興君を
王にすげ替えたい奇皇后の
思惑も見過ごせぬ
それに
王様もこの件はイムジャを
守ることにもなると仰せだ
まったく痛し痒しなのだ


うふふ
王様ったら ヨンの扱いに
慣れてるわね~
じゃあまた文官になるの?


笑い事ではないぞ
俺は文官になどならぬ
武官として密命を全し
悪人を引っ捕まえ
悪事をさらす
話はそれだけだ
では


チェヨンは
待ち切れないように
ウンスを押し倒した


ま 待ってよ
どうやって調べるの?
一人で役目を果たすの?


衣の合わせに手をかけて
慣れたようにはだけさせると
ウンスの細い肩が露になった


ねえ ヨン?


チェヨンはウンスの肩や
首筋に口づけるのが忙しく
半ば上の空で答えた


なんでも
イムジャの真似をして
ちーむを作るそうだぞ


ちーむ?


音を立ててウンスを吸う
チェヨンの口元が
仕方なしに言葉を放つ


ああ 悪人を取り締まる
ちーむ司憲書(サホンソン)
とか?言ってたが
密命ゆえ兵舎の俺の部屋が
密かな執務室になる
此度はウダルチも一緒だ
だが鬼門のあいつもいるのだ
文武垣根のない政が
王様の方針ゆえ


面倒くさそうなチェヨンに
ウンスは納得した


あいつ?
あ~ポムのお兄さん?
ほんとに
あなたに懐いてるのね
なんだか
おかしいくらいだわ


ウンスはくすくす笑った


もうよいか?
俺は今ひどく
ウンス欠乏症なのだ
これ以上待たされると
歯止めが効かぬ


いつも歯止めが
効かないじゃない
昨日の夜だって
宿であんなに


ウンスが照れたように
ごにょごにょと反駁する


昨日は昨日
今は今だ


もう朝になるし
旅から帰ってきて
休む間もなく出仕したのよ
疲れてるだろうから
少しでも
寝た方がいいんじゃない?


寝るよりイムジャだ


チェヨンはきっぱり言って
ウンスの肌に身を沈めた


━─━─━─━─━─


翌朝の朝餉は
ボルムタル村から運んだ
海鮮三昧だった

張り切ったヘジャが
腕を振るい
ウニを蒸したり
キンパの具材に使ったり
タンのためのお粥にしたり
と 朝から豪華な膳となった

通いの女中達の賄いにも
振る舞われユウやハヌルや
ミヒャンは思わぬご馳走を
喜んだ


留守にしてすまなかったね
また今日からよろしく頼むよ


あら こっちは
お給金をいただいて
お休みを貰えて
おまけにこんな贅沢な朝ご飯
言うことないわ


ユウが愉快そうに笑った


ほんとほんと


ハヌルが頷いて言う


なんだかヘジャさん
楽しそう
いいことありました?


めざとく
ミヒャンに言われ
ヘジャは頬を染めた


ああ
どうせわかることだから
言っておくけど
あたしとソクテさんは
夫婦になることに決めたんだ


えええええ~~~~~
朝からびっくりさせないで!
温泉で何かあったの?


女中達は豪華な朝餉以上に
驚いてみせた
ソクテは女中達に気圧され
たじたじだ


まあ そう言うことだから
よろしく頼むね


ソクテのことなど
お構いなしに
涼しい顔のヘジャが
笑って言った


━─━─━─━─━─


王宮へ向かうチェヨンを
見送るために
ウンスはタンを抱いて
屋敷の表へ出ていた


タンは昨日から
ずっと貝殻の笛が
お気に入りのようで
少しずつ
大きな音がだせるように
なっていた
ぶぅう~ぶぅう~と
鳴っている


すっかりお気に入りね


そうだな


チェヨンも目を細めて
タンを見た

門のまわりのスグク(水菊)は
まだかろうじて
花を咲かせていた


旅行 楽しかったわね
ヨンはますます
忙しくなるだろうけど
またボルムタル村へ
行きたいわ


あんな
のどかな暮らしが
恋しいか?


ええ 恋しいけど
旅はたまにだからいいのよ
宿のスグクは
素晴らしかったけど
我が家の庭のスグクが一番
目に馴染むわ
やっぱり 
私は此処が一番よ


そうか?


チェヨンは優しい眼差しで
頷いた


うん
さてと 
みんな少しだけ・・・


ウンスが
言い終わらないうちに
ヘジャの号令で全員後ろ向き

チェヨンはちょっとだけ
かがんでちゅっと
ウンスの唇に口づけた
それからタンの頬に
そしてもう一度ウンスに
今度は
しっかり唇を合わせた

なかなか離れない口づけに
ヘジャが急かすように言った


毎度毎度
そのように
切なく見合わずとも
夜にはまた会えますものを
刻限にございます
お早くご出立を!


もうヘジャったら
相変わらず厳しいんだから


高麗一の仲睦まじさにも
けじめは肝要


ああ   わかったわかった
イムジャ   行って参る
なるべく早く帰るゆえ
おとなしゅう待っておれ


チェヨンはウンスの頬を
指でなでそれから
愛馬チュホンに跨った


うん
気をつけて
いってらっしゃい


ウンスがチェヨンに
愛しそうに手を振って
チェヨンの姿が
見えなくなるまで
見つめている


どれだけ互いに
恋しいのか?
まだ離れがたいとは


ヘジャはウンスの
喉のくぼみに
たくさん咲いた
赤い花びらを見て呟いた


まあしかし
これぞ
チェ家の朝にございます


ヘジャはソクテと
目を合わせ
幸せそうに微笑んだ


タンが奏でる笛の音が響き
スグク(水菊)の花が
舞うように
ふわふわふわと揺れている


*******


『今日よりも明日もっと』
辛抱強く待つ恋を
優しく見守るあじさいの花



☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*


水菊の候におつきあい頂き
ありがとうございました

この後は
「水菊の候に寄せて」を
おまけのお話付きで
アップ予定です


*司憲書はharuの造語です
朝鮮王朝のドラマに
出てくる官吏の監察機関は
司憲府(サホンブ)ですよね~
ご了承くださいませ