播磨塾・中司です。




山崎の合戦で申し上げたいことがございました。




洞ヶ峠を決め込む!と言う慣用句がございますが・・・(これが本日のテーマです)




これは、井沢元彦先生の逆説の日本史よりのネタですが・・・




      洞ヶ峠を決め込む!・・・・・




 従来のイメージでは、洞ヶ峠で、筒井順慶が!明智につくか?羽柴につくか?様子を窺っていた、だから、このときの故事に因んで、洞ヶ峠を決め込む!とは、日和見の代名詞のように言われるようになった。




 まあー、だいたいこんな説明になると思います。




 ところが、




 順慶の子孫にあたる筒井康隆氏によれば、史実は、洞ヶ峠で、明智光秀が、筒井順慶(他にも味方になってくれる武将)を待っていた、待っていたのは、明智光秀である!!




 と言うのです。




 洞ヶ峠は洞ヶ峠で、慣用表現として残っていくでしょうが、史実とは違う可能性がある!こう言うお話でした。




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