『ずっと言い出せなくて』 その1 | 明日は こっちだ!

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『ずっと言い出せなくて』 その1  (ネット検索作品+ケンチ)


信じられないほど心が痛い。
彼女に会ってから今日まで、一年一年、一日一日、その痛みは
蓄積されていき、今は極限だと思う。それはもう彼女との未来
など有り得ないのだと実感してしまったからだ。
二ヶ月前のあの日に。

5年前、母が再婚した。嫁いで間もない冬のはじめ、嫁ぎ先の
お姑さんが亡くなった。その葬式の最中、彼女と初めて出会った。
彼女は母の再婚相手の姪っ子。歳は俺よりも2つ上。しかし小さ
な風貌のせいか幼く見え、またバタバタした葬式の最中でもあっ
たため、俺は紹介を受けていたにも関わらず彼女の年齢など頭に
なく、高校生だと思い込んでいた。だから別段、彼女に意識を払
っていたわけでもなく、ましてや当時の俺には結婚を約束してい
た彼女もいたため、そのファースト・コンタクトはなんてことな
く終わった。
俺は母の連れ子ではない。
今現在も離婚した父(今も健在)の戸籍に属し ている。
だから厳密に言えば彼女とは血のつながりどころか戸籍上も従姉
弟関係にあるわけではない。
「君さえよければ私や私の子供たち、そして
私の親戚たちのことを家族だと思ってほしい。でも重く考えないでね。気
を遣わなければならない人間などいないし、みんな君のことをすでに家族
だと思っているから」
母が嫁ぐ時、再婚相手の男性が俺に言ってくれた言 葉だ。
俺は彼の一言がすごく嬉しかった。
俺が育った家庭環境は親戚付き
合いなど希薄だった。父も母も親類縁者と付き合うことを避けて生きてい
る人間だったから。
だから彼の子供たち(一男一女)や親戚の人たち
(彼 は6人兄妹だったから一族の数はものすごく多い)がいっぺんに自分の家
族になったことが嬉しくてしようがなかった。そして事実、彼の言ったと
おりみんなあったかい人たちだった。
俺はなんの衒も抵抗もなく、彼のことを「お父さん」と呼んだ。
お父さん
の育った家庭環境も複雑だった。
お父さんの姓は「太田」だったが、親戚
の人たちは「田中」姓だった。それは田中の6人兄妹のうち、お父さんだ
けが太田家に養子に出されていたからだった。
しかし両家の交際が深かっ
たため、6人兄妹はほとんど離れ離れになることなく大人になったという。
その話を聞いた俺はますます、
この一族の一員になれたことを嬉しく思い、
こんな素敵な人たちのところに嫁いでくれた母に感謝すらしていた。しか
しそんな俺の気持ちが、後々自分の障害になるなんて、当時は思いもしな
かったんだ。

それからまもなくのある日、俺は彼女の実家に挨拶に行った。
オヤジさんは 渋い顔つきをしていた。すでに彼女から俺が婿入りの意思のないことを聞か
されていたからだろう。
座布団も茶も出なかった。まあ当然だろう、と俺は
気合を入れてオヤジさんと話し始めた。
「はじめまして。大塚と申します」
「話は聞いてる。認めない」
呆気にとられた。
「私たち夫婦に残されたのはこの娘だけだ。この娘までとられたらこの先、
私たちの面倒は誰が見る?」
俺はめげない。
「私が婿入りしないとしても、それはお義父さんたちの世話をしないという
ことではありません。ただ一緒に暮らせないというだけであって、お義父さ
んたちから彼女を奪うつもりはないのです。私を家族として認めていただき
たいのです」
ここまで理路整然と話ができたかはおぼえていない。オヤジさんは聞く耳を
持ってくれなかった。
「家族になりたかったら、戸籍上でも正式になりなさい」
太田のお父さんのことが頭に浮かんだ。血のつながりや戸籍についての考え
方、それは人によってこうまで違うものなのか。
そんなことを考えたり聞い
たりしたことがなかった人生だった俺だから、二の句が出てこなかった。
情 けないが彼女に目を向けた。ヘルプミーだった。
しかし彼女はずっと目を伏 せたまま、とうとう最後まで一言も口を開くことはなかった。
とりあえず、また今度お伺いしますと辞去した。彼女が車で送ってくれた。
車中は静かなものだった。
俺は戸惑いやら怒りやらで混乱した頭を押さえつ け、精一杯、虚勢をはった。
「まあ、時間をかけてがんばる…か!」
その俺の言葉も彼女は聞いていないかのように、ポツリと言った。
「無理かも…」
俺は爆発した。
「なんでだよ!?まだ一回目だぞ!ふたりでがんばろうって言っただろ!?」
彼女はすっかり怖気づいていた。すぐに冷静さを取り戻した俺は、やんわり
と、なだめすかしながら、しかし結論も出せずにこの日は彼女と別れた。

翌日は彼女とのデートだった。うまく事がすすんでいたら、本当は俺の両親
(もちろん太田のお父さんも含め)に挨拶に行くはずだった日。
甘かったな ~と苦笑しつつ、彼女との待ち合わせ場所である喫茶店へと入る。
いつもの 席に彼女がいた。
彼女はいつもと変わらなかった。俺もいつもと変わらない ように装った。
俺のバカ話にケタケタと笑う彼女に安心し、昨日の話を切り 出した。
「昨日は情けない終わり方になっちゃってごめん。甘かったよ俺」
下げた頭を戻すと彼女の強張った顔があった。…ん?なんだ?? 話を続け
た。
「早いうちにリベンジしたいから、お義父さんたちの都合を確認しといてく
れるかい?」
「うん。わかった」
彼女の顔がいつもの顔に戻った。また安心した。
「ゆっくりと、時間をかけてがんばろうな」
むしろ自分に言い聞かせるように言った。
そして彼女に会ったのはこれが最後になった。

オヤジさんたちの予定を確認するため、俺は何度も彼女に電話をした。
仕事が忙しくもあったので、直接彼女に会えなかったからだ。
しかしいつ 聞いても、都合が悪いらしい、の一言だけ。
オヤジさんは観光バスの運転手
だったから、そりゃ仕方ないかと始めのうちは納得してた。
しかし3週間、 4週間先の予定を聞いても同じ返事が返ってくる。
ああ…まだ彼女は怖気づ いているんだな、と感じ、
俺は少し彼女に時間を与えようと思った。
その話 が終わると、電話口の彼女の声はうってかわって明るくなった。
次のデート はあそこに行こうよ、
ホワイトデー期待してるゾ、etc.etc…。ちょっとム ッとした。
そんな目先の楽しみで誤魔化したって仕方ないんだぞ。優先すべ
きことから逃げるなよ、と。今度いつ会える?と聞いてきた彼女に、俺は仕
事を理由に
「ちょっとしばらく難しいな~」などと意地悪をした。会えない
ほどの忙しさではなかったけれど、彼女がオヤジさんたちの都合を取り付け
てくるまで会うまい、と俺は決めてしまった。

…今思うと、なんて度量の小さいヤツなんだ俺は。

そんなこんなしているうちにゴールデン・ウィークを迎えた。彼女の返事
に変化はない。
業を煮やした俺は、GWの予定を立てようと楽しげに話す
彼女を突き放した。
「出張があるから遊べない」非常に残念がったが、
彼 女は渋々納得した。
実際、出張の予定などなかったが、この野郎、GWを
ひとりで過ごして反省しやがれ、などと俺の心は最低だった。
自分もひとりでGWを過ごすことになるのに馬鹿だよねコイツ。

GW初日の朝、しっかりと仕事も休みだった俺は、生まれて初めての一人
旅を思いついた。手早く荷物をまとめて駅へ行った俺は、その場で行き当
たりばったりに行き先を決めた。広島。なんで広島??
とりあえず新幹線で東京へ。車内で何度となく彼女のことを考えたが、無
理矢理に心を浮き足立たせる。ハメはずしてやる。
東海道新幹線はグリー ン車に乗ってやるぞ。座席にゃテレビが付いてて、美人のアテンダントが
おしぼりやらコーヒーやら持ってくるんだ。
浮かれた俺の頭に、飛行機を使う考えなど浮かばなかった。
広島は良かった。
初めての一人旅ということもあったが、何もかもが楽しかった。気分も晴れ
かかっていた。
2泊目の夜、地元で有名なジャズバーへと足を運んだ。ほろ
酔いの頭をベースの音にのせて躍らせていた時、地元OLと思しき2人組が
俺に声をかけてきた。
「おひとりですか?」
「ええ」ウホ、逆ナンかい。
「一緒に飲みません?でも彼女に怒られちゃうかな?」
「んなもん、いませんいません。どぞどぞ」
うっとりと曲に耳を傾けつつ酒を飲む。会話も弾んだ。そしていつしか(な
ぜか)、話題は男女の恋愛心理になっていた。
A「このコ、今彼氏とのことで悩んでるんですよ」
B「聞いてもいいですか?」
俺「ん?なぁに?」相当酔ってた。
B「結婚しようってことになって、この間ふたりで実家に挨拶に行ったんで
  す。そしたら父が『認めん』て言い出して。彼は一生懸命説得しようと
  がんばってたんですけど、私は父の剣幕にびっくりしちゃって…何も言
  えなくなって…涙出てきたんです。そしたら彼と父がケンカになっちゃ
  って…」
…あんた方、もしかして俺のこと知ってます????酔いが醒めた。
B「帰り道、彼に謝ったんです。何も言えなくてごめんて。そしたら彼『泣
  いてるお前見てたら、なんだかお義父さんに腹がたっちゃってさ。なん
  でだろ?ごめんな』って。嬉しかったけど、なんだか気まずくなっちゃ
  って、それ以来彼とこの話題に触れてないんです。もう彼、結婚する気
  なくなっちゃったんでしょうか?」
俺、なーんも言えんかった。多分ぽけーっとした顔してたんじゃないだろうか。
「その彼氏なら大丈夫。多分、君から言ってくるのを待ってると思うよ」
なんとかそんな言葉を捻り出した。

2軒目に行く気にはなれなかった。
誘ってはくれたけど、大したことも言
えない俺に彼女らも肩透かしをくらっていただろうし。それよりも早く地
元に帰りたかった。
会いたかった、彼女に。ちゃんと会って、ちゃんと話
をしようと思った。翌朝、予定していたもう1泊をキャンセルしてホテル
を出た俺は、開店と同時にみやげ物屋を物色した。彼女の実家へのおみや
げを買い足した。

地元に帰った俺はすぐさま彼女に電話した。
「おかえり!出張、無事済んだの?」
「(後ろめたい気持ち全開)…うん。なんとか」
気を取り直して俺は言った。
「おみやげ買ってきたよ。お義父さんたちの分も。これ持ってまた挨拶に
行きたい。GW終わってからなら、お義父さんの仕事も一段落するだろ?」
彼女が言った。耳で聞いた最後の生声だった。
「…う~ん…まだしばらく無理っぽいみたい」
限界がきた。
「なんなんだよ!!逃げんなよ!!俺は○△□●▲■○△□●▲■!!!」
もう今となっては何を言ったのか、何を言えてたのかはわからない。
とにかくなじりまくってた気がする。押し黙る彼女。それが尚、ムカついた。
「俺、間違ったこと言ってるか!?もういいよ!!」

こうして俺の結婚話は終わった。トラウマが蘇ってきた。
今、しみじみ思う。ここで彼女と別れなければ、俺が短気でなかったならば、
従姉のあのコに恋することもなかったと。

その年の秋口の頃だったか。田中一族の娘さんの結婚式があった。
当然のように、お父さんが披露宴への招待状をくれた。まだ傷も癒えてい
ない俺に他人の結婚の祝福などきつかったが、その好意が嬉しかったので
参列することにした。
当日、式は田中一族が住んでいる土地で行われた。
その土地は俺やお父さんたちが住んでいるところからはかなり離れた田舎
で、同じ県内ではあるものの風景が全く違っていた。
快晴の下の田畑がな んだかきれいだ。披露宴までの待ち時間は一族の長兄の家でつぶすことに
なった。
すでに何人か親族が待機していたところに俺が顔を出す。よく来
たと迎えてくれる親族たち。
みんな方言丸出しだが、それがあったかくて 俺は好きだった。
そこに従姉のあのコ・恵子ちゃんがいた。軽く挨拶を交
わす。お互いなんとなく見たことあるな~という表情。
あ、あのコか。あ っちも俺のことをそう思っただろうな。
お姉さんの赤ちゃんをあやしてい
る彼女を、することがない俺は見るともなしに見ていた。なんだろう?や
けにオバサンくさい、いやいや、落ち着いている。
別段美人というわけで はないのだが、顔立ちに落ち着きが備わっている。
今時の高校生ってのは こんなに大人っぽいものなのか?
確かにそこいらのギャル然としたケバケ バしい女子高生とは違い、
見た目は清楚でパーティドレスもしっくりきて いる。
それにしても、なぁ。
披露宴が始まった。俺と恵子ちゃんの席は同じテーブルにセッティングさ
れていた。待ち時間の間にそこそこ会話を交わしていたので、俺はおもい
きって恵子ちゃんに歳を尋ねた。
…31歳。2コ年上だった。だよなぁ。
な んだか会話しててもギャップを感じなかったし、いやむしろ話が合うなぁ
と思っていたくらいだ。
「やべぇ…俺、高校生と意気投合してる…」なん
てなことを考えてたから安心した。
それからは披露宴そっちのけで彼女と の会話に盛り上がった。
彼女は方言と標準語の使い分けができていた。わ
ざと織り交ぜて会話する彼女は楽しく、決して嫌味な感じもしない。それ
もそのはずで、彼女も俺と同じく、県の都市部で働いていたからだ。
他の 田中一族の人間よりも都会的な感覚が感じられた。
間違っても春江伯母さ んのように
「健吾君(俺の名前だ)いいオドゴだなぁ~鼻高いし。鼻おっ
ぎぃオドゴはアソコもデカイって知ってっか?ひゃひゃひゃ。だがら見ろ、
ウヂのとーちゃんなんて鼻ちっちぇべ?ひゃひゃ」なんてことは言わない
(俺はこの、女だてらに下ネタを連発する春江伯母さんが大好きで、これ
だからこの一族との付き合いはやめられない、などと思っている。
ちなみ に春江伯母さんは花嫁の母だ)。
そしてお互いの会社が意外に近い場所で
あることもわかった。
披露宴が終わった。
俺はお父さんたち太田家の連中と一緒に帰ることになったが、恵子ちゃん
は2次会に参加するようだった。なんとなく恵子ちゃんと話し足りない感
じがした俺は、別れ際に彼女と電話番号の交換をした。会社も近いことだ
し、今度晩飯でも一緒に食おう、と。

帰りの車中、ふと母が言った。
「アンタ、結婚もダメになったんだから次考えなさいよ。恵子ちゃんなん
かいいじゃない!アタシ、あのコ好きだわぁ」
言い方は悪いが本人に悪気はない。するとお父さんも
「そうだなぁ。歳も近いしいいかもしれんなぁ」
義弟や義妹もノリ気で言う。
「うん!健吾君と恵子ちゃん、合うんじゃないの?」
いきなりくっついちゃえコールの嵐だ。
俺は「そーねー、いいかもねー」と適当に軽く流した。まだこの段階では、
俺は彼女に異性を求めてはいなかった。会話は楽しかったし電話番号だっ
て交換したが、あくまで「血縁関係のない従姉=女友達」の図式でしかな
かったのだ。
1ヶ月ほど経った時だった。
俺は部屋の片隅にほっぽり投げていた物が気になりだした。
それは別れた彼女から借りていた本やCD。律儀な性格というわけではない
が、ちゃんと返さなければと思った。きちんと別離の言葉を口にして別れた
わけではなかったため、なんとなくケジメが欲しかったのだと思う。
でもと てもじゃないが、また会って手渡しする気はない。宅配便で送るため、彼女
のマンションの住所を教えてもらおうと数ヶ月ぶりにメールをした。返事は
すぐに返ってきた。
「私も借りていた物を送りますので貴方の住所を教えてください」
ハッとした。
俺たちは互いの住所すら知らないでいたんだと。
些細なことだ が、妙にさびしくて、やるせない気持ちになった。
彼女からの事務的なメー ルの文面を見つめながら、すぐに住所を送信した。
そして荷物を送る手筈を 整え、俺は今まで彼女と送受信したメールと、彼女のアドレスを抹消した。
だが期待していた解放感は得られなかった。
翌日の昼下がり、冴えない気持ちで仕事をしながらふと恵子ちゃんの顔が
頭に浮かんだ。
人と話したくてしようが無かった。
俺のプライベートを知 らない相手と。
俺は恵子ちゃんに電話をした。
なぜかドキドキする。恵子
ちゃんが電話に出た時、思わずビクッとなって脇腹を攣った。
脇腹を押さ えながら、俺は恵子ちゃんを食事に誘った。
今晩どう?と彼女。
即日となるとは思ってなかったが、是が非でも行きたかった俺は、普通な
ら残業コースとなる仕事を終業時間30分前には片付けた。
この仕事は穴 だらけになっていて、翌日ひどい思いをすることになったのだが、
俺は空 いた30分でネットをつっついた。
食事の場所選びだ。
知ってる店は全て 別れた彼女と共に行っている。
それらの店は避けたかった。
久しぶりの店 探しは楽しかった。

待ち合わせぴったりに彼女と会った。
よっ、という感じで彼女が敬礼する。俺も返す。それだけなのに心が弾んだ。
店まで彼女を案内する道中、「歩くの早いね~」と言われた。
俺の足はもう スキップに近かった。
選んだ店はモニターで見るよりも印象が良くて安心した。
席につく時、俺は言った。
「今日は『どうぞマダム』って、椅子は引かないけどいいよね?」
もちろんジョークだ。笑いながら彼女が言う。
「じゃあ、いつもは引いてんのかいっ!」
これだ。これがいいんだ。打てば響く鐘、とでもいおうか。
こちらが差し出した話題にすかさず乗ってくる。披露宴の時に彼女と話して
いて好印象を持った原因はこれだった。別に芸人のようにツッコミ役を探し
ていたわけではないが。
食事は美味しかった。もともと美味しい店だったのだろうけど、女の子と一
緒に食事することで更に美味しくなった気がする。
異性が食事のテイストを 上げるってこと、久しく忘れてたよ。
しかし…彼女は酒が強い!
俺は人並み 程度だったから、会話に夢中になるあまりついついいつもの酒量を超えてしまっていた。ギブだ。
名残り惜しかったが店を後にし、彼女を送るためにタ クシーに乗り込んだ。
ひどい酔いでクラクラ。車体の揺れが拍車をかける。
だが彼女のテンションは高く、俺は搾り出した笑顔でそれに応じた。
彼女のマンションは俺のアパートに近かった。車で10分といったところ。
また一緒に晩飯をと手を振り、彼女は車外へ。
走り出すタクシーをじっと見 送る彼女。
俺はリアウインドウから最後の笑顔を振り絞ってそれに応えた。
300mほど走ったところでタクシーが門を曲がった。運転手さんストップ
してください。
蚊の鳴いてるような声で車を止め、俺は外に走り出た。
何年 ぶりだろう、吐いたのは。
滝のようにゲーゲーしながら、俺は辛いんだか嬉 しいんだかわからなかった。



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