こんにちは。原田綾子です。


先日、FBに上げた記事に

たくさんの反響をいただき、


「FBだと記事が流れてしまうから

何度も読みたいので
ブログにも書いて下さい!」


とか


「記事を紹介させてください」

メッセージをいただき

ブログにも書くことにしました。



あの日は青山に用があり、

電車に乗っていた時に書いた文章なのですが

書いているうちに熱くなってしまい・・・


駅に着いてしまったので

ここまでとなっていますが

本当はまだまだ書きたいことが溢れていて

その続きはまた書くとして・・・




よかったらお読みください。



・・・・・・・・・・・・



「原田さんを熱く突き動かすモノは何ですか?」


これは、今年8月に
師匠岩井先生に質問された言葉。

.

迷いに迷って教員を退職し
アドラー心理学を学び
2007年からこの仕事を始めた。


今日まで一度もやめたいとか
休みたいと思った事はなく、
心の奥底から湧き上がる熱い気持ちと
何かの不思議な力に
勝手に突き動かされるような
そんな感覚で
今日まで仕事をしている。




「原田さんを熱く突き動かすモノは何ですか?」


この質問の答えは、1つに絞れないが
順位をつけるとしたら、
1番の原動力になるモノがある。


それは、まだ本採用になる前、
臨採時代に
某小学校に異動になり、
学級担任を持った経験だ。


9月から私が担任なのに
4月から私で担任が三人目となる
荒れている学級。


前の担任の
ベテラン先生は病気休暇、
もう1人は退職されたそうだ。


子どもたちに出逢った日、
わたしは愕然とした。




噂通り、子どもたちは
席に着くことも、
こちらの指示が通ることもない。


騒然としており、
机の上に立って騒ぐ子や、
校庭に出て行ってしまう子、
暴力を振るう子など
授業どころではない
ひどく荒れた状況だった。




どうしたらよいのか
私は恥ずかしながら
登校拒否になりそうだった。


毎朝、ある信号まで来ると
心臓と胃が痛くなった。


学校が終わればヘトヘトになり
ストレスもたまり、
眠れない日も増え
ウイスキーをストレートで
一気飲みして寝た日もある。


でも、私が辞めたら
子どもたちは担任四人目になってしまう。


いま、出来ることを全力でやってみて
みよう。


それでダメならまた考えればいい!




経験の浅い私は
学級経営を研究した。


本を読みまくり
先輩先生方に質問し
1日が終われば、
今日子どもたちにかけた言葉を思い出し、

ノートに書き
そのときの子どもたちの反応も書いた。


うまくいかないことも多く
自分が情けなくなり
放課後教室で1人泣いていたこともある。


それでも、自分にできることを
ただやっていった。




朝、昇降口で子どもたちを迎え
一緒に校庭で遊び
私もまた不完全な存在であることを認めながら、

子どもたちに接していく。


そんな日々が一ヶ月ほど続き…

そして、
少しずつわかっていった。




子どもたちと
信頼と尊敬で繋がればよいことを。




強圧的で、不信感のある
縦の関係ではなく
相互尊敬と相互信頼で繋がった
横の関係。


そして、絶えず子どもたちを
勇気づけること。


image



ある中学校の校長先生が
クラスの不良生徒に手を焼いていて
困っていたとき
ある先輩先生に
自分の息子のように関われ
と言われて目が覚めたと言う。


愛を込めて接すると
それは必ず伝わる。


子どもたちは
親や教師が、自分たちの都合で
感情という道具を使って
自分たちを
型にはめようとしているのか

心から愛を持って接しているのかを
瞬時に見抜く。


自分たちは大切にされている
信頼されている
味方でいてくれる
応援してくれている

ということが分かれば
心の窓を開いていく。


それをその学級で感じた。




どんな子どもも
自分から進んで

困った行動をしているわけではない。


やり場のない気持ちを、
心の居場所が欲しくて
たた自分の存在を認めて欲しくて
子どもたちは荒れていたのだ。


大学でも、

初任研でも習ったことのない、

勇気づけのコミュニケーション。


人の無限の力を伸ばすのは、これだ!
と、わかったとき
私自身も少しだけ成長できた気がしていた。





子どもたちは
クラスとしても、
ある行事に一丸となって取り組み

成果を出すなど、

日々成長していった。


子どもたちからは
こんな薄っぺらい文では
表しきれないほどの宝をもらった。




この学級を担任していた年に
教員採用試験に合格し
晴れて本採用教員となった。


でも、仕事をしていく中で
やはり、わたしは
子どもたちに勉強を教えるのではなく
親子の心を扱った仕事をしていきたい
と、強く思うようになった。


退職し、この仕事を始めるまで
いろんな偶然が重なり
いろいろあったのだが、
長くなるので、この辺でまとめを。


私がこの仕事をしているのは
あの、
荒れていたクラスの子どもたちと出逢い、

人がどれだけ無限の力を持っているのか、

素晴らしい経験と感動を子どもたちにもらい

私自身が勇気づけられたからだ。



そして、
その学校のある「市」から
講演依頼を頂いた。


その学校の保護者も参加する。


私を育ててくれた街に
心を込めて
勇気づけの講演をさせていただこう。


出逢った子どもたちも
もうそろそろ親なる年になるだろう。


今も目を閉じると
あの子たちの笑顔が映る。


心の中で今でもつぶやくよ。
出逢ってくれてありがとう。


・・・・・・ここまで・・・・・・・・・・・





いつでも、わたしは

こどもたちにもらった心の宝に

勇気づけられています。


あれから十数年経った今でも

わたしの心を温めてくれる

子どもたちとの日々。




子どもたちだけではありません。


保護者の皆さまにも

大変お世話になりました。


荒れた学級を引き継いだ時
保護者の方達に

わたしの思い(学級経営の方針)が伝わるまで

少し時間もかかりました。



あるお母さまは


「先生は甘い!

もっと、こうやって、ひっぱたいてでも

子どもを厳しくしつけるべきだ!」


そう言って、

教室にある大きな教師用定規で

自分の息子のお尻を叩きました。



でも、必ず思いは届くのですね。

だんだん勇気づけが伝わり

子どもたちも変わっていき・・・


私が異動になる最後の日、
いちばん泣いて下さったのは

その保護者さまでした。




そして、同僚の先生方にも

お世話になりました。


短い教員生活でしたが

大きく影響を受けた先生が5人います。




勇気づけって、

何もその時だけの

言葉や態度じゃないんですね。


何年経っても、どんなに月日が流れても

いつでも自分の心を勇気づけてくれる

そんな言葉ってありませんか?


いや、言葉だけじゃない。

その人の眼差しだったり

見守る態度だったり

時に厳しい言葉だったり・・・


私の心のポッケには

いろんな方から頂いた

たくさんの宝があります。



たくさんの方に育てていただいたな・・・と

思うと同時に

今でも、受講生さんを始め

たくさんの方達から日々学びをいただいています。


感謝の気持ちを忘れずに

勇気のバトンを、繋げていきます。







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2作目            初作          分担執筆