私には、父とも、母とも、果たせなかった約束がある。


まず、父とは。
「私が大きくなってお酒呑めるようになったら、一緒におでんの屋台で一杯やろうね」
という約束だった。
この約束を果たせなかった要因はいろいろある。
長野におでんの屋台がなかったこと。
私が下戸になってしまったこと。
そうこうしているうちに、父は天国へ行ってしまった。


そして、母とは。
私が大学生の時、学園祭のバザーで、手作りのモノを出すことになった。
しかし、私はバンドと劇の練習で、作っている暇がない。
そこで、母登場というわけだ。
母は、私の替わりにケーキを焼く条件を一つだした。
それは、将来私が結婚して子供が生まれて、
その子供が大きくなって、同じことを頼まれたら、
やってあげるということだった。
私は、二つ返事でその条件を引き受けたが。
私は結婚も出産もしなかったので、
この約束も果たせなかった、というわけ。
まあ、ひょっとしたらこれから結婚するかもしれないし、
その時に相手に連れ子でもいたら、果たせるかもしれないが、
そんなことがあるかどうか。


余談だが。
父が逝ってから、よく父の夢を見るが、
少し前に見た夢は、ちょっと印象に残っている。
父と私が、旅館だか民宿だかの和室に布団を並べて寝ていて。
私は「父と娘とはいえ、こっちは年頃?の娘なんだから、
別の部屋に寝ればよかったなぁ」なんて思ってた。
そこで、
「そういえば、お父さん死んだんだっけ」と、はっと気づく。
「そうか、私のところに泊まりに来てくれたのね」と。
そして夜明け前。
父がむくりと起きて、「もう行くぞ」と、部屋を出て行った。
私は廊下まで父を追いかけていって、
「また来てくれる?」
と言ったら、父は「おう」と頷いて、廊下の角を曲がって行った――。


お父さん、来世では一緒におでんで一杯やろうね。
そしてお母さん。
いつか私が、お母さんのためにケーキ焼くから、
それで許してね。