美伊のお部屋

こんにちは、水無月美伊です。
小説とエッセイのページです。
どうぞごゆっくり(^^)


テーマ:
    *

 いつか圭子は、ロッカー室が怖くなっていた。
 ロッカー室は、他人の悪口を言うところだ。
 自分や友人の千晴も、さんざん言われているのだろう。
 それに。
 もし、一昨日の健人との一件が、他の誰かに知られたら――。
 圭子は複雑な気持ちで、ロッカー室に入った。
 すると。
「も~待ってたよ」
 圭子を見てそう言ったのは、法子だった。
「待ってたって、私を?」
「うん」
 法子は、どこか得意げに返事をした。
「いいこと教えてあげようと思って」
 圭子は嫌な予感がして、そのまま立ち尽くしていた。
「昨日の夜、安藤さんと一緒だったの」
「えっ?」
「安藤さんに抱いてもらったってことよ。勝負ありね」
 法子は言いたいことだけ言うと、部屋を出ていった。
 圭子は茫然として、その場に立ち尽くしていた。
 抱かれた――。
 そのこと自体もショックじゃないと言えば嘘だったが、先日の健人との一件がフラッシュバックされた。
 確かに何もなかったと言えばそれまでだが、二人は初めて、男と女としての行動に出たのだった。
 そして、圭子の気持ちを知ることもなく、隆は法子と――。
 なんだか、頭がおかしくなりそうだ。
 男性不信になりそうだ。
 その時、更衣室のドアが勢いよく開いて、千晴が入って来た。
 残業休憩だろうか。
「あら、圭子さん、今帰り?」
 千晴はいつものように、圭子に話しかけてきた。
「うん。千晴さんは残業?」
 圭子が訊ねると、千晴は首を横に振った。
「今日はそんな気分じゃなくて」
 やっぱり、隆の送別会のことを引きずってるのかな。圭子はふと思った。
「ねえ」
 圭子の思いに気づいているのかいないのか、千晴は言った。
「たまには、二人で呑みに行こうか」
「……そうね」
 圭子は頷いた。
 なんだか、今夜はシラフではいられない気もした。

 会社を出ながら、千晴は言った。
「この間はごめんなさい。酔ってたから」
「いいのよ、気にしないで」
 そんな感じで、圭子の千晴へのわだかまりはすぐ解けたが、心はどこか晴れなかった。
 千晴は、あんなにも隆が好きなのだ。
 そんな千晴に、隆と法子が寝たなんて言ったら、千晴は取り乱すに決まっている。
 法子に言われたことは、黙っていよう。
 二人で適当にぶらぶら歩いていると、会社の近くのホテルについた。
 女子会プランの、大きな看板が出ている。
「ここにしようか」
 二人はどちらからともなく、そのホテルのラウンジに入った。
「ねえ」
 運ばれてきたカクテルを傾けながら、千晴は不意に訊ねてきた。
「広瀬さんと、何かあった?」
「えっ?」
 圭子は、顔から火が出たかと思うほど熱くなった。
「――あったのね」
「うーん」
 確かに今日の昼休み、いつものように健人が圭子に話しかけてくることはなかった。
 それどころか。
 千晴の話はこうだった。
 千晴が仕事をしていたマシンの裏側で、健人と瞬が話しているのを、千晴は聴いた。
 瞬から切り出したのだ。
「中原さんと何かあったの?」
「なっ、何だよ、何もない、絶対ないぞ!」
 その健人の返事は、大事件があったんだと言っているのと同じだと、千晴にも感じられた。
 だけど、瞬はその性格上、
「ないならいいんだよ」
 と、健人を残して席に戻っていった。
「そうだったの……」
 圭子はぽつんとつぶやくと、意を決して、千晴にそっと耳打ちした。千晴は友達だし、下手に隠してもしょうがないと思ったのだ。
「広瀬さんに、抱きしめられちゃったの」
「ええっ!?」
「しっ!」
 圭子は、自分の唇に人差し指を当てた。
「ああ、ごめんなさい」
「まあ、広瀬さんノンアルだったって言ってたけど。ちょっと呑んで酔ってたのかもね。私はあんまり気にしないで、今まで通りでいたいんだけどね」
 食事を進めながら、圭子はそんなことを言っていた。
「でも、広瀬君は、圭子さんのことが好きなんじゃないの? 私にはそう見えるけどね」
 千晴のことばに、圭子はあやうく、千晴さんはどうなのと言いかけてしまった。
 瞬が千晴を思っているように見えるが、千晴の気持ちは、この間暴露された。
「なんだかなぁ」
 プチトマトを口に運びながら、千晴は溜息交じりに言う。
「私だけだな、男の人とそういう経験ないの」
「私だってそうよ。広瀬さんとは何もなかったと言えばなかったんだから」
「圭子さん、学生の頃彼氏いたって言ってたよね、その人とは?」
「手も握らなかったよ。あ、手は握ったか。とにかくその程度よ」
 章は草食系というわけでもなかったが、圭子にそういうことはしてこなかった。今思えば、遠慮していたのだろう。
 まあ、章が行動に出ようとした途端、圭子が拒絶したのだけど。
「だけど、困っちゃったな。安藤さんのこと」
「千晴さんだって酔ってたんだもん、仕方ないよ」
「でも」
 千晴は、声を改めた。
「安藤さん、石坂さんと寝たんだって」
「――!」
 圭子は、こんどはさっと青ざめるのがわかった。
 千晴が知っていたことにも驚いたが。
 圭子が、千晴のためにかくしておいたのに、千晴はこんなにあっさりと言ってしまうんだ。
 正直、怒りが込み上げてきた。
 でも。圭子は自分に言い聞かせた。
 千晴はこういう人なのだ、不器用な人なのだ。悪気はないのだ。
 圭子が黙り込み、千晴が追い打ちをかけてくる。
「圭子さん、正直に言ってね」
「えっ?」
「圭子さんも、安藤さんが好き?」
「……」
 長い沈黙の後、圭子はこくんと頷いた。
「私たち、恋敵だったんだね」
「……」
 不器用では済まされない、鋭い刃のような千晴の言葉に、圭子は何も言い返せなかった。
「でも、圭子さんはいいよね」
「えっ?」
「だって圭子さん、広瀬さんに愛されてるもん」
 いわくありげに言う千晴を前に、圭子はついに張り詰めていたものが切れた。
「やめてよ!」
 圭子が大声を出したので、他の客の注目を集めてしまったが。
 引っ込みがつかなくなってしまった圭子は、財布を出し、テーブルに五千円札を置くと、店を飛び出した。

 ホテルを出た圭子は、駅に向かって歩き出した。
 込み上げてくる涙を、どうすることもできなかった。
 千晴が圭子に対して、あんなに意地の悪い表情をしたのは初めてだった。
 もう、千晴とは友達でいられないかもしれない。
 健人とも、あんなことがあったし。
 ――同期の中で、ひとりぼっちになってしまった。

      *

 そしてそれは、千晴も同じだった。
 店を出て、とぼとぼと自分のワンルームに戻った千晴は、お風呂の中で、さめざめと泣いた。
 圭子には、健人がいる。
 自分には、誰もいない――。


 そして。
 隆が行ってしまう時まで、二十四時間を切った。
 明日の午前中の新幹線で、隆は引っ越しをするのだ。
 その日、定時に上がった由季と千佳は、隆の引っ越しの手伝いに行ったようだ。
 もちろん、法子も行っているのだろう。
 瞬と健人も、友人として行っている。
 もしかしたら、行っていないのは、千晴と圭子だけかもしれない。
 圭子は、総務部の忘年会だと言っていたが。
 千晴は、自分が行っても何の役にも立たないし、隆も迷惑がるだろうと思ったのだ。

 こんな気持ちでは、残業もはかどらない。
 千晴もまた早めに切り上げ、とぼとぼとアパートに戻ってきた。
 圭子とは、一応仲直りした。
 あの最悪の女子会のお釣りを圭子に渡さないといけなかったから、千晴は自分から総務部に出向き、圭子に頭を下げたのだった。
 圭子は、表面上は快く許してくれたが。
 二人が恋敵だったことが明るみに出た以上、圭子と友達でいられるだろうか。
 もし、それが負の方向に行ってしまったら。
 千晴には誰もいなくなってしまう。
 そんなことを考えて、アパートの入り口に来た時。
「杉本さん」
 後ろから声をかけられ、振り向くと。
 ――そこに、瞬が立っていた。
「岡林君――」
 そうだ。
 この人がいた。
 千晴をわかってくれる、唯一の人。
 千晴が懸命に涙を堪えていると、瞬は、困ったように微笑んだ。
「こんなところで待ち伏せして、迷惑だったかな」
 千晴は、涙を振り切るように、首を横に振った。
「お茶飲んで行って」

「引っ越しは?」
 瞬の前にコーヒーを置きながら、千晴は訊ねた。
「もう解散になったよ。みんなは呑みに行ったけど、俺はそんな気分じゃなくて」
 確かに瞬は、仲間とわいわいやるのをあまり好まない質だ。
 でも。
 千晴はわずかに期待した。
 どうして瞬がここに来たのか。
 少しでも、千晴を思って来てくれたのなら――。
「それから」
 瞬はコーヒーカップを置いて、声を改めた。
「中原さんから電話が来たんだ」
「圭子さんから?」
 瞬は頷いた。
「だって今日、総務部の忘年会でしょ?」
「お店のトイレから電話してきたみたいだよ。中原さん、ちゃんと仲直りしたいって言ってたよ。杉本さんとも、――健人とも」
「うん」
 自分で様子を見に来るのは気が引けたのだろう。それで、瞬に相談したのだろう。
「岡林君、知ってるの?」
 千晴は、お茶菓子を探しながら訊ねた。
「圭子さんと広瀬さんの間に何があったか」
「まあね」
 千晴が出した菓子皿に手を伸ばしながら、瞬は答えた。
「最初は健人、何も言おうとしなかったんだけどさ。今日、たまたま安藤さんと俺と三人だけになった時に白状したよ」
「そう」
「まあ安藤さんは大人だから、かわいいって笑ってたけどね」
 確かに。
 隆は法子を抱いたのだ。
「岡林君、圭子さんにはなんて言ったの?」
「健人には、俺を通さないで、メールでもなんでも、正直な気持ちを言った方がいいって。だけど、女の友情っていうのは、いろいろあるんだろ? 俺、よくわからないけど。だから今日来たんだ」
「……ありがと」
 圭子にメールしよう。
 電話でもいい。
 今までのことを謝って、こういうことがあっても、圭子と友達でいたいことを正直に言おう。
「さて」
 瞬は腰を上げた。
「そろそろ行くよ。今夜、俺の部屋に安藤さん泊めることになってるんだ」
「うん」
 千晴は、玄関まで瞬を見送ったが。
 靴を履いた瞬は、千晴に向き直った。
 そして、そっと両手を、千晴の背に回した。
 千晴は、何故か驚かなかった。
 そして、千晴にとっては初めての接吻が待っていた。
 そんなに強引ではなかった。舌も入ってこなかった。
「……嫌だった?」
 唇を離してから、瞬は困った顔をした。
「大丈夫」
 千晴はほほ笑んで答えた。
 瞬の背中を見送りながら、千晴は、久しぶりに元気が出たような気がした。
 きっと瞬が、口移しに元気をくれたのだ。
 隆はもう、会社にいない。
 でも、千晴は選んだのだ、瞬を。
 圭子はわからない。
 だけど、圭子もまた、健人を選ぶ日が来るような気がする。
 瞬が見えなくなるまで見送った千晴は、中に入り、カップを片付けながら、夕食の支度を始めた。
 

 
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